第六章 仲間

 手塚治子。かつて、道明寺かすみと戦った事がある異能者サイキック。それが今は、共に戦う仲間である。その治子が、新たな仲間に出会った。ジェームズ・オニール。駅前にある英会話教室の講師である。彼もまた異能者なのだ。

「治子、大学の講義は大丈夫なのか?」

 ジェームズは公園を出たところで、治子に尋ねた。二人の身長差は二十センチ以上ある。治子は顔を赤らめたままでジェームズを見上げ、

「まだ大丈夫です。もう少し、貴方の話が聞きたいです」

 誰が見ても、治子はジェームズに恋をしている顔だった。ジェームズは苦笑いして、

「そうか。わかった。では、もう少し、我々の仲間の事を教えよう」

「ありがとうございます」

 治子は嬉しそうに微笑み、ジェームズに微笑み返されて、はにかんだ。


 一方、かすみは、警視庁公安部の森石章太郎と共に、理事長室にいた。アイボリーホワイトの革張りのソファに座ると、かすみのミニスカートは更に太腿を剥き出しにした。だが、何故かパンチラはしない。森石もそれに気づいているので、彼女のムチムチした太腿を眺めるだけに留めている。

「道明寺さん、そこに座ると、森石君が目のやり場に困るだろうから、こっちに座りなさい」

 理事長の慈照寺香苗が自分の椅子を勧めて来た。森石はビクッとしたが、何も言わない。かすみは微笑んで、

「ありがとうございます、理事長先生」

 素直に応じて、理事長の椅子に座る。代わりに香苗が森石と相対する形で向かいのソファに腰を下ろした。彼女はグレーのパンツスーツなので、森石の視線を気にする必要はない。

「さて、では、説明していただきましょうか、森石君。どうやら、私がこの学園の理事長に就任できたのは、貴方のお陰のようだから」

 あからさまに作り笑顔だとわかる香苗の言葉に森石はバツが悪そうな顔になり、かすみは目を見開いた。

(どういう事?)

 彼女は森石を見た。森石は頭を掻きながら、

「参ったなあ。香苗さん、そこまで見抜いていたんですか。手配させた連中が何かヘマをしたんですかね?」

 すると香苗はニコッとして、

「そんな事はないわ。只、メンバーが悪かったわね。誰も彼も、貴方と繋がりがある人達だったのよ」

「ああ、なるほど……」

 森石は頭を掻くのをやめ、ポンと手を叩いた。かすみは、森石の心も香苗の心も覗けないので、キョトンとしている。

「相変わらず、人の考えを読む力に長けていますね、香苗さんは。ひょっとすると、俺の心もお見通しですか?」

 森石は戯けた調子で尋ねた。香苗は肩を竦めて、

「残念ながら、貴方の心までは覗けないわ。貴方のポーカーフェイスぶりは有名でしょ? だから、何とか読み取れないものかと頑張ってみたんだけど、ダメね」

 かすみは香苗もサイキックなのかと思い、ギョッとして森石を見ると、かすみの様子に気づいた森石が、

「違うよ、道明寺。香苗さんはサイキックじゃない。いや、それは不正確かな? 攻撃をする力を持ち合わせていないと言った方が正しいか」

「理事長先生はアンチサイキックなの?」

 かすみはハッとして香苗を見た。ところが今度は香苗がキョトンとした。

「え? アンチサイキックって何?」

 森石は苦笑いして、

「説明しますよ」

 森石は香苗とかすみに同時に説明した。香苗は大学時代、心理学を専攻し、表情に現れる人間の心理状態を研究していたという。そんな中で、森石と仕事上の付き合いが始まったのだ。香苗はかすみがサイキックだと知り、非常に驚いた。

「専攻していた学問の性質上、その手の話はにわかに信じられないんだけど、森石君が言うのなら、真実なのね」

 香苗は部屋の隅にあるコーヒーメーカーの電源を入れながら言った。

「そう言う香苗さんだって、サイキックなんですよ」

 森石が言うと、香苗は笑って、

「その話は信じられないわ。そんな力を感じた事はないわよ」

「香苗さんの力は、感じにくい力なんですよ。な、道明寺?」

 森石がいきなり話をふって来たので、かすみはハッとして、

「え、ああ、そうですね。現に理事長先生の心の中は全く見通せません。私の友人に千里眼クレヤボヤンス能力の持ち主がいますが、その人も理事長先生の心が覗けなかったそうです」

「手塚治子か。そうか、だとすると、香苗さんの能力は俺と同じか、もっと上という事になるな」

 森石は何故か嬉しそうに頷いた。かすみはニヤッとして、

「今、治子さんの事、思い出していたでしょ? 相変わらずエッチなんだから」

 すると珍しく森石は狼狽えた。

「おいおい、他人ひと聞きの悪いことを言うなよ。俺は年がら年中、そんな事ばかり考えている訳じゃないぞ」

 森石はチラチラと香苗を見ながら、かすみに異を唱えた。

(なるほど、理事長先生は森石さんにとって厄介な存在なのね?)

 だが、香苗はすでに何の事なのか察したらしく、

「そうなの。変わらないわね、森石君。大学時代も、随分とたくさんの女子を泣かせたって聞いたわ」

「勘弁してくださいよ、香苗さん。そんなの、嘘ですよ。俺は至って真面目な大学生でしたよ」

 森石は顔を引きつらせて言い訳をした。かすみは森石のアンチサイキック能力をある意味無効化してしまった香苗の存在に興味を惹かれた。

「話がすっかり脱線してしまったわね。本題に戻りましょうか。貴方が私をこの学園の理事長になるように仕向けた理由は何かしら?」

 香苗は真顔になってソファに深く座り、脚を組んで尋ねた。森石も真顔になり、

「この学園で、この一年の間に何が起こったのか、ご存知ですよね?」

「ええ。二人の理事長が続けて不慮の死を遂げている。そして、教職員が幾人か、退職したり、事故死したりしているらしいわね」

 香苗は足を組み替えて言った。森石は大きく頷き、スーツの内ポケットから一枚の写真を取り出して、ガラスのテーブルの上に置いた。かすみの顔が強張る。それは国際テロリストのアルカナ・メディアナの顔写真だったのだ。

「この男をご存知ですか?」

 森石の問いに香苗はスーツの内ポケットからケースに入った眼鏡を取り出してかけると、写真を手に取ってじっくりと見つめた。

「どこかで観た事があるような気がするけど?」

 でもわからないという顔で、森石を見た。森石は香苗から写真を受け取って、

「国際テロリストのアルカナ・メディアナです」

「ああ。だから見覚えがあったのね」

 香苗は眼鏡をケースにしまい,テーブルに置いた。森石は写真を内ポケットに戻し、

「道明寺は、そのアルカナ・メディアナに狙われています。貴女の前の二人の理事長はそのテロリストと繋がりがありました」

 さすがに香苗はそれを聞いて顔色を変えた。当然だろうとかすみは思った。

「天馬翔子は、道明寺をメディアナに引き渡そうとしましたが、うまくいかず、逆に道明寺の命を狙いました。小藤弘は、その天馬翔子の恋人だったらしく、かすみ達に復讐するために理事長になりました。結果として、二人は命を落としました」

 淡々と語る森石を見る香苗の顔は確実に強張っていた。かすみも二人との壮絶な戦いを思い出し、緊張していた。

「今度は恐らく、メディアナの子飼いのサイキック達が仕掛けて来るはずです。いえ、既に仕掛けて来ました。だからこそ、貴女に理事長としてここにいて欲しいのです」

 森石の言葉に香苗は目を見開いた。

「私に死んでくれという事?」

 香苗は顔中に汗を滲ませていた。かすみも両手が汗ばんでいるのを感じた。森石は真剣な表情のままで、

「そうではありません。貴女はアンチサイキックと言って、超能力による攻撃を受け付けない異能者なんです。ですから、連中の攻撃を受ける事はありませんし、連中に操られる心配もありません。まさにこの学園の理事長に打ってつけなんですよ」

 ようやくかすみは森石が香苗を理事長にした理由がわかって来た。

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