第五章 ロイドVSガイア

 道明寺かすみは、警視庁公安部の森石章太郎と共に理事長室に行った。教頭と体育教師の国定修はそのまま職員室に直行させられた。国定はともかく、教頭は名残惜しそうだったが。

(一日に二度も訪れるなんて思わなかったわ)

 かすみは苦笑いしながら、森石の後に続いた。すると、

「どうですか、この学園? やり甲斐があるでしょう、香苗さん?」

 森石が理事長の慈照寺香苗に話しかけたので、かすみはギョッとした。

(どういう事?)

 森石はアンチサイキックなので、心を読み解く事ができない。その上、香苗の心も覗けなかったので、かすみは香苗が敵ではないかと危惧していたのだ。

「確かにやり甲斐がありそうですわ。ね、道明寺さん?」

 香苗が微笑んでかすみを見たので、かすみはビクッとしてしまった。

(相手の心が読めないって、これほど混乱する事なの?)

 かすみは顔を引きつらせて香苗を見ると、

「そ、そうでしょうか?」

 それだけ返すのが精一杯だった。森石がそのやり取りを見ていてニヤリとし、

「そうか、お前には言ってなかったな。香苗さんは俺の大学の先輩なんだよ」

「ええ?」

 かすみはつい大声を出してしまった。何か尋ねたいのだが、声にならない。

「取り敢えず、理事長室に行こうか。話はそれから」

 森石はかすみの背中を押して、廊下を進んだ。


 その頃、天翔学園高等部を立ち去った異能者サイキックの一人であるロイドは路地を歩きながら、得体の知れない能力者の気配を感じていた。

(これはさっき仕掛けて来たのと同じサイキックだな)

 ロイドは力の流れを読もうと意識を集中させた。

(それにしても、周囲に全く気配がなかったのに、突然力だけを感じさせるとは、一体どういう能力者なんだ?)

 ロイドは自分の人生を振り返ってみたが、数多く倒して来たサイキックの中にも、ここまで力を自在に使える者はいなかった。

(かつてのチャーリーですら、ここまでの力はなかったな)

 戦いの中で死んで行った旧友との比較においても、今回の敵は驚異的な力を持っていると思われた。

「む?」

 ロイドはハッとして上を見た。するとそこには路線バスがあった。

「く!」

 ロイドはすぐさまその場から瞬間移動し、落下して来たバスから逃れた。バスには乗客は乗っておらず、呆然自失の運転手がいるだけだったので、大惨事には至らなかった。但し、運転手は鞭打ちになったろう。

「何!?」

 ところが、そこから数十メートル離れたところに現れたロイドの頭上に更に小型の重機が落ちて来た。

「くそ!」

 ロイドは再び瞬間移動をした。今度は近くにあったビルの屋上に逃れた。頭上には何も現れなかったので、彼はホッとしかけた。重機は路地のアスファルトに減(め)り込み、横倒しになって地面のヒビを広げた。

「何だと!?」

 ところが次は、屋上のコンクリートの床がメキメキと引き剥がされ、ロイドに向かって尖った状態で飛んで来た。

「おのれ!」

 瞬間移動しても同じ事の繰り返しだと思った彼は、念動力サイコキネシスでそれらを消し飛ばした。息が上がっていた。ここまで続けざまに力を使った事はない。ロイドの体力は極端に消耗していた。普段はガラス玉のように冷たい目をしているのがロイドだが、今は目が血走り、顔は怒りで紅潮していた。

『なかなかやるな、ハロルド・チャンドラー』

 心の中にダイレクトに声が響いて来た。ロイドは目を見開いてしまった。精神に攻撃を受ける事を警戒し、ブロックをしていたのだ。それなのにまるで何も障壁はなかったかのように敵に侵入を許してしまった。

『何者だ?』

 ロイドは何とか平静を取り戻し、尋ねた。

『我が名はガイア。アルカナ・メディアナ様につかえる最強の能力者だ』

 声の波長も質も何かの力で変えられているらしく、相手からは性別も年代も読み取る事ができない。

精神測定サイコメトリー能力か?)

 ロイドの表情に焦りの色が浮かぶ。

『想像通りだよ、ハロルド。サイコメトリーを使って変質させている。故にお前には我が正体は見抜けない』

 敵はロイドを嘲笑うかのように告げた。しかし、ロイドには反論する事ができない。

(奴はどこにいる? 俺が探ろうとしている事すら、サイコメトリーで見抜いているのか?)

 ロイドは首を動かさずに目だけ動かして周囲を見たが、それらしき人物は見当たらない。

『さて。そろそろ止めを刺そうか、ハロルド? それともまだ遊び足らないかね?』

 声が挑発して来た。ロイドは歯軋りしたが、どうする事もできない、相手には自分の居場所は掴まれているが、自分は相手の居場所を把握できていないからだ。

(奴の居場所を探す事はできないのか?)

 ロイドは起死回生の策を考えたが、何も思い浮かばない。力の差が歴然としているのがわかるため、何をしても防御される気がしてしまうのだ。

『もう降参なのか、ハロルド? 情けないな』

 声が更に挑発して来た。

(この発音……。 英国訛りか?)

 声の波長も質も変えられていたが、発音はそのままだったのだ。ほんの僅かな差異だったが、ロイドはそれを見抜いた。

『さすがだよ、ロイド。確かに私は英国生まれだ。それを見抜いたのは称賛に値する。よって、君の寿命を五分だけ延長してやろう』

 声はそれでも余裕よゆう綽綽しゃくしゃくだった。全く動じた様子はない。

『偉そうな事を言っているが、俺の前に姿を見せられない臆病者のようだな』

 ロイドが挑発仕返した。

「ぐう!」

 その途端、彼の脳は大きな石を乗せられたかのような感覚に陥った。サイコメトリーの応用だ。

『図に乗るな、ハロルド。私を侮辱する事は許さない』

 ロイドは意識が飛ぶ直前に解放された。

『こんな殺し方は好かないのでね。言葉には気をつけたまえ、ハロルド』

 敵の言葉にロイドは頭を振りながら、

『育ちが悪いのでね。大目おおめに見てくれないか?』

 とぼけた応じた方をした。

『さて。延長時間も終わった。そろそろ死ぬか、ハロルド?』

 その言葉が言い終わらないうちに屋上全体を焼き尽くしそうな規模の巨大な火の玉が出現した。火の玉はやちまち屋上にあったフェンスを熱で歪ませ、端に置かれていたベンチを溶かしてしまった。

「くそ……」

 消耗しているロイドには瞬間移動はきつかった。その時だった。

『ロイドさん、予知能力を使えますよね?』

 どこからか、女子の声がした。ロイドはハッとした。そして、微かに残っている力で予知能力を使った。そこへ折り重なるように別の力が入って来た。

『何をした、ハロルド?』

 ほんの少しだが、敵が狼狽えたのがわかった。巨大な火の玉は一瞬で消失し、屋上は灼熱地獄から解放された。

『仲間に助けられたな、ハロルド』

 それを最後に、敵の気配は完全に消えた。ロイドはそのまま屋上に倒れてしまった。


 それからどれくらいの時が経ったのか把握する事もできない状態で、ロイドは目を覚ました。

「ロイドさん、大丈夫ですか?」

 視界には、天翔学園大学に進学した手塚治子がいた。ロイドはゆっくりと起き上がり、周囲を見渡す。そこは屋上ではなく、公園のベンチの上だった。

「急に起き上がらない方がいいですよ」

 そう告げたのは、金髪碧眼の白人男性だった。着ているTシャツがきついのか、身体が筋骨隆々のせいだからなのか、まるで張りついているかのように見える。角刈りの鋭い目つきで、鼻が高い。

「誰だ?」

 ロイドは治子に尋ねた。治子は微笑んで、

「ジェームズ・オニールさんです。駅のそばにある英会話教室の講師をしている人よ」

 ジェームズは治子の紹介を受けて、ロイドに右手を差し出した。

「よろしく、ロイド」

 ところがロイドはその右手を無視して立ち上がると、

「礼は言っておく。だが、俺は誰にも手を触れさせる事はしない」

 そして、力が回復したのか、瞬間移動してしまった。治子は溜息を吐き、

「ごめんなさい、オニール先生。愛想がない人で」

 ジェームズは微笑んで治子を見ると、

「気にしないで、治子。確かに彼は凄い力の持ち主なのはわかったよ。仲間は一人でも多い方がいいからね」

「そうですね」

 治子は俯いて頬を朱に染め、応じた。

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