第十章 忠治暴走
道明寺かすみと森石章太郎は、手塚治子の仲介を経て、駅前の英会話教室の講師であるジェームズ・オニールと会う事になった。
「今日はこれから仕事なので、明日の夜会いましょうと言っています。どうですか?」
治子はジェームズとのテレパシーの会話を森石に伝える。かすみは、治子の声は聞き取れるのだが、ジェームズの声は全く聞き取れない。彼自身が警戒しているのか、コントロールができないものなのか、判断はつかないが、自分とはレベルが違う能力者である事は間違いないとかすみは思った。
「それで構わないと伝えてくれ。とは言っても、俺の声も相手には聞こえているんだろうけどな」
森石はやりにくいなと呟いた。かすみも治子に頷いてみせた。
「俺は会わない。しばらく様子を見させてもらう」
異能の力においては、やはりレベルが違っていると思っているロイドがそう言ってまたしてもいきなり瞬間移動で姿を消したのを見て、
(ロイドはまだジェームズさんを疑っているのかしら?)
かすみは考え込んだ。ロイドが苦戦したと言う敵の一人であるガイア。そして、そのガイアと引けを取らないとロイド自身が認めているジェームズ。確かに味方だという事がはっきりしない限り、ロイドは接触をしないだろう。
「ロイドさんは、ジェームズに助けられたのが屈辱なのかも知れないわ」
治子が店を出る時にぼそりと言った。それは森石には聞こえない程度の声だった。
「そうですね」
かすみも、ロイドが非常にプライドの高い男だという事は理解しているので、治子に同意した。
「お前達だけで帰れるよな?」
森石は治子に嫌われていると思っているせいか、すっかり暗くなって街路灯が点(とも)り始めた通りに出るなりそう言った。かすみはクスッと笑って、
「小学生じゃないから、大丈夫よ、森石さん」
治子も、森石の心までは読めなかったが、彼が落ち込んでいるのはわかったので、
「今日はご馳走様でした、森石さん」
笑顔で礼を言った。すると森石は何を勘ぐったのか、
「おい、二人して、俺を始末しようと考えていないか?」
「森石さんを始末しようと考えるとしたら、中里先生か、新堂先生じゃないですか?」
治子は笑いを堪えて言う。中里先生とは、かすみが通う天翔学園高等部の保健教師である。豪快な性格で、腕っ節も強そうだが、反面、乙女な面もある繊細な女性だ。そして、新堂先生とは、現在森石が正式に交際している天翔学園高等部の英語と国語の教師である。
「洒落にならない事を言わないでくれよ」
森石は嫌な汗を身体中から噴き出して、治子を引きつった顔で見た。治子とかすみは再び顔を見合わせて噴き出した。森石は面白くなさそうに口を尖らせ、
「大人をからかって遊ぶんじゃねえよ、小娘共が」
そう言いながら二人に背を向け、
「じゃあな!」
一人で舗道を歩き去って行った。かすみと治子はしばらく森石の背中を見ていたが、彼の姿が人混みに紛れると、反対方向に歩き出した。
「かすみさん」
不意に治子が言った。かすみは予期していたので驚きもしなかったが、治子が何を言おうとしているのかは意識をガードしているのでわからなかったため、彼女の顔を見て、話を促した。治子はチラッとかすみを見てから進行方向に視線を戻し、
「絶対に生き残りましょうね。くだらない大人達の欲望のせいで命を落とすなんて、バカらしいから」
かすみはまさかそんな事を言われるとは思っていなかったので、一瞬言葉に詰まったが、何とか笑みを浮かべ、
「ええ、もちろん。私の将来の夢は、結婚して女の子と男の子を産む事ですから」
それはもちろん、冗談だ。そんな未来が自分に待っているとは露程も思ってはいない。自分は死ぬまでひとりぼっち。そう思っているのだ。
「そんな事ないよ、かすみさん。私と留美子がいるよ」
治子はかすみの左手をそっと握りしめた。治子の言葉が嘘ではない事がそれではっきりとかすみに伝わって来る。異能の力を持った者同士にしかわからない孤独感を共有している。かすみは治子の優しさに触れ、泣きそうになった。
「かすみさん……」
かすみが心の底から自分に感謝しいるのがわかり、治子も泣きそうになっている。
「お休みなさい。また明日ね」
治子と別れ、かすみは誰も待っている事のない自宅へと向かった。
(また、ロイドが来てくれないかな?)
ふとそんな事を考えてしまい、かすみは恥ずかしくなって立ち止まった。
(そんなに甘えたりしたら、ロイドに悪いよね)
寂しく笑い、また歩き出した。
どこかで、かすみ達の敵が話をしていた。
「忠治はどうした?」
一人が尋ねた。するともう一人が、
「止めるのも聞かずに、道明寺かすみのところに行ってしまいましたよ、ガイア」
ガイアと呼ばれた人物はフッと笑い、
「構わんさ。所詮あいつはその程度。もうすぐ増援の
「相変わらず、冷酷非情ですね、ガイア」
するとガイアは相手を目を細めて見て、
「お前には言われたくないよ、クロノス」
クロノスと呼ばれた人物はニヤリとして肩を竦めた。
かすみは真っ暗な家の前に着いた。門扉を押し開き、玄関のドアに歩み寄ろうとした時、人の気配を感じて、
「誰!?」
鋭くて低い声で叫んだ。だが相手は何も答えず、フワッとかすみの前に舞い降りて来た。その人物は見上げる程の身長で、しかも横にも大きかった。
(この人は?)
かすみはその人物に心当たりがあったが、
(それにしてはおかしい。一度もそんな気配を感じた事がなかった)
納得がいかない事がある。だが、そんなかすみの思索を打ち破るかのように相手は力を発動して来た。
(
その波動が届く前に、かすみはその場から瞬間移動した。波動はその後方にあった門扉を粉微塵に打ち壊してしまった。
「そんな遅い攻撃では、私には届かないわよ」
かすみは家の屋根の上に上がっていた。敵は黒いニット地の目出し帽を被り、上下黒のスウェットを着ているのが確認できた。だが、そんな変装は全く意味をなさなかった。
「どういうつもりですか、国定先生?」
かすみは真顔で尋ねた。目出し帽の男はギクッとしてから溜息をつき、肩を竦めた。
「何だよ、そんなに早く見破られるとはな。つまらねえな」
脱ぎ捨てられた目出し帽の下から現れたのは、高等部の体育教師の国定修の顔だった。国定は悪びれる事もなく、
「そんなところに立っていると、パンツが丸見えになるぜ、道明寺?」
下卑た笑みを浮かべて告げた。しかし、かすみは動じずに、
「どんなに覗いても、絶対に見えませんよ、先生」
意図的に脚を開き、前に身を乗り出してみせた。国定は余程見たかったのだろう、思わず覗き込んでしまった。その時、頭上に底の直径が二十センチ程の植木鉢が突然出現し、落下して来た。
「ぐわっ!」
慌てて身をかわしたが、避け切れず、植木鉢は国定の右肩を直撃してバラバラになった。
「いてえじゃねえか、クソアマ!」
国定の顔が凶悪になり、サイコキネシスの波動が巨大に膨れ上がった状態でかすみに向かって放たれた。
(できるかな?)
かすみは右手を前に突き出し、強く念じた。
「許さねえぞ、クソアマ!」
唾を飛ばして怒鳴った。するとかすみは、
「許さないのは私の方よ、国定先生。貴方はアルカナ・メディアナの組織の人なのね?」
国定はピクンと反応したが、
「そんな事はどうでもいい。俺はてめえを心ゆくまで愛でるために来たんだよ。あの方のお考えなんか、関係ないのさ」
また下卑た笑みを浮かべた。かすみは全身に寒気が走るのを感じた。
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