回想と休息の部・2

オド編

22

 「おら!立て!」

 筋骨隆々の男が監禁されたレーティアンヌに乱暴に呼びかける。

 「立てっつってんだろう?」

 この男が、カラ王の魔術学校の助手どころか、堕魔人であったことは後々戦士レーテになって知ることになる。

 「どうして立たないんだ?」

 レーティアンヌは涙に濡れた顔を男に見せて言った。

 「親友を、殺した、カラ王様が、わかりません!だから、従いたくありません!」

 美しい女の泣きじゃくる顔。通常の人間ならば心を痛めて優しくするところだろうが、この堕魔人は違う。

 「メソメソ泣くなんて戦士として情けねえな?」そう言ってレーティアンヌを張り倒す。

 「よし、立てないのなら、倒れてろ!この命令は聞こえるな?」

 レーティアンヌは横たわっている。それを見て堕魔人が近寄り、肩を持って「おい!聞いてるのか?」と揺さぶりながら聞いた後、「何、体を起こしているんだ、倒れてろって言っただろう?」と言って勢いよく肩を床に突き飛ばす。揺さぶり起したのはそっちなのに・・・と理不尽さにレーティアンヌは呆然として言葉が浮かばない。「お前はおもちゃみたいに言うこと聞いて楽しいな。」そう言って堕魔人は蹴り飛ばす。

 「そのくらいにしておけ。」堕魔人の背後からカラ王の声。堕魔人は王の背後に引き下がり、今度は王がレーティアンヌに話しかける。「レーテ。私はお前に真実を教えたい。そして強い戦士になってほしい。この思いが伝われば私としては何よりだ。」

 「・・・・・!・・・・・!」レーティアンヌは泣きじゃくる。

 「これから旧世代技術である電気を使った、魔力増強実験に協力していただこう。理論上強い力を得るが、極めて苦痛が伴う。だが、君は苦痛を知らなさすぎる。だからちょうどいいだろう。」

 カラが引き下がり、ネジネジの部隊たちが現れて蹲るレーティアンヌを持ち上げる。





 戦士レーテは目が覚めた。そしてすぐに泣いた。ヘルモが・・・・ヘルモがあんな目にあうと想像するのは耐えられない。「ヘルモ・・・・ヘルモォ・・・・。」自分は本当にヘルモを愛してしまったんだな、とこの胸の痛みで再確認するのである。

 「おや、起き上がったかの。」野太い老人の声がする。レーテは慌てて「ちょうど通りかかったら、お前さんが随分と派手に転がってたもので、ほっとけなくなって拾ってしまったよ。」首を振り向くと太った老人が見える。老人は鍋で何かを煮ようとしている。「ついでに、小さいのがお前さんを大事そうに寄り添っていたのでな、そいつも拾ってきた。」老人が指差す方向に向きなおすと、マルカレン=ゲゲレゲの胎児が眠っていた。なんだかレーテの心がホッとした。「お前さん堕魔人にでも襲われたのかえ?」

 「ああ、まあそんな感じだ。」レーテは右腕が無事なことを確認して動かし、体制を整える。どうやら金属部分であった左腕も脚も失われている。

 「残念だが、お前さんのその精密にできていた義手や義足はかなり捻じ曲げられて使いものにならなそうでな。お前さんの身体が刺さりそうで危ないから抜いて、そこの麻袋に入れてある。」

 「ありがとう。」レーテは丁寧に返事をした。「私は、戦士レーテ。あなたは?」

 「わしはオド、という名前じゃ。」老人は答えた。「各地をさすらいながら生きている。おや、鍋料理が出来上がったようじゃ。食べるかの?」

 「大丈夫。私はほとんど食べなくても生きていける。」レーテは答えた。

 「そうか。奇特な人じゃの。ならばわしが全部食べるぞ。」そういって老人オドは大きな鍋の中に直接サジをいれてがつがつと食べる。「そういえばヘルモというのは誰じゃ?」

 「ヘルモ・・・!そうだ、ヘルモ!」レーテは思わず大きな声をあげたのでオドは思わず食べるのを止めた。「あの子を助けなければ、いけない・・・!あの子は、カラ魔王の手に捉えられている。カラ魔城に向かわなければ・・・・ここは、どこですか?」

 「嬢さんや。お気持ちは伝わったが、その体ではとても無理じゃ。」

 「私の体は何度も壊れた。そして何度も修理した。教えてほしい。オドよ。ここはどこだ。」

 「・・・ここは、ウーラム山脈の森。たしか、ここから北に向かえばカラのかつての故郷であるサルバ村にたどり着く。もしも行けるのなら、わしが案内しよう。」

 「いいのか?」

 「わしは暇なさすらい人だ。人助けできるのならその方が嬉しい。」

 「・・・・ありがとう。」

 レーテは安心して、また眠りに入った。しかしその事でまた悪夢を思い出す・・・。





 「実に失望した。」カラ王は、すでに顔が渦巻かれたレーティアンヌに冷たく言った。「こんなに私の人格再定義を拒絶した人間は初めてだ。」

 「人格再定義・・・!?」レーティアンヌは唖然とした。「人格再定義は、沈黙した堕魔人をやり直す再生の魔術のはずだ・・・。カラ王様、意味が全然違います。」

 「そんな甘っちょろい方法をいちいち面倒くさく通すから、堕魔人が蔓延することがわからないのか。」カラ王は言った。「しかし、お前は私の人格再定義が効かないばかりか、ネジネジを殺しかけた。なぜだ、なぜうまくいかない?」

 「他の人たちは諦めただけだ。本来うまくいくはずのないものだ。」

 「本来?」カラ王が腕をさっと振るうと、レーティアンヌの左腕がたちまち切断された。「・・・・ッ!・・・・。」全身縛られているレーティアンヌはもがくことしかできない。「本来、とか、正直なんて寝言は愚民が吐く言葉だ。愚民どもの吐く真実はこのようにブチ殺せば消える。」

 「う・・・許さぬ・・・・う・・・・」本当はお前は間違っていると反論したいのだが、感情の暴走が激しい。

 「なぜそうやって自分を抑え込む?」カラは不思議そうに言った。「堕魔人になってしまえば全てが楽なのに。もう一本切ればわかるかなあ。」そして今度は腕を振るってレーティアンヌの左脚を切り落とす。

 「・・・・・・」

 「うーん、それとも、こうかな。」

 右脚がぼとりと落ちる。あたりはレーティアンヌの血で汚れている。

 「それとも、これかな?」

 カラはレーティアンヌの偶像(idol)であるファレンの万年筆を取り出して、粉々に粉砕する。

 「やっぱり予定通り、精神を破壊せねばうまくいかないか。」

 カラ王はレーティアンヌの胸に手のひらをつける。「レーム・ナフラ・アルディーデ。」

 癒しの呪文の変形である、その最終宣告がレーティアンヌの頭のなかを駆け巡る。意識の断裂。視界の崩壊。目の前の認識が何かわからない。真っ暗。あ。


 「あれ、死んでしまった。」

 

 カラ王の声。


 「こいつはゴミ捨て場に捨てておこう。」


 そして持ち上げられる感覚。


 レーティアンヌは死んでいなかった。なぜか、なぜだか、強烈なまでに生きる事を渇望していた。死んではいけない、と思っていた。だけど、このままでは、体がもたない・・・。


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