21

 ゲゲレゲゲゲレゲゲゲゲレゲゲゲ。


 ゲゲレゲは鳴いている。


 ゲレレゲゲゲレレレゲゲゲゲレゲ。


 右拳に掴まれたレーテは傘を振るい、人差し指の付け根に突き刺す。


 ゲェェェェゲゲゲレゲレゲレレゲ。


 ゲゲレゲは一瞬悲鳴を上げたが手を離さない。


 「・・・・・・・・!」


 レーテの体はゲゲレゲの顔に向かって持ってかれていく。


 ゲゲレゲの口がどんどんと開かれる。その口蓋にならぶ牙はバラバラに並んでいる。


 (これに咀嚼されたらひとたまりもない。)


 肉塊。肉塊。脳裏にちらつく肉塊。


 "喉に飛び込むんだ。"


 その脳裏に響く声。(だれ。)


 "あなたの愛する青年の、かつての友達だ。"

 声の気配はレーテの足。足に掴まっているマルカレン=ゲゲレゲの胎児だ。

 "私はあなたを守る。あなたの愛する青年のために"

 (あなたは・・・)レーテは心で語りかけた。(マルカレンなのか、ゲゲレゲなのか。)

 "マルカレンの魂であり、ゲゲレゲの残骸でもある。" 胎児の声。 "故にゲゲレゲとも同じ。だからゲゲレゲの意識に語りかけることもできる。ゲゲレゲがあなたを食べようとした時、ゲゲレゲに働きかけて麻痺させる。そうしたら、あなたはゲゲレゲの脳に問いかけてほしい。何があなたをそんなにおかしくしたのですか、と。"

 (・・・わかった。)レーテはうなづいた。


 大口を開いたゲゲレゲはレーテを口内に運び込み、そして手を離す。


 "今。"


 レーテはゲゲレゲの口の中に入る。ゲゲレゲレゲレゲレという鳴き声が爆音で聞こえるが、徐々に弱まってくるのを感じる。


 "麻酔は成功しました。さあ、今すぐ脳に向かってください。"


 足にしがみつく小人は言った。レーテは傘を閉じて直線上にし、それをまっすぐ振るう。ゲゲレゲの喉は切り裂かれ、血がどぼどぼと落ちてくる。傘を腰につけ、切り口に手を入れてレーテは潜る。そして指先でゲゲレゲの体を破壊しながら潜り進んでいく。行く先々は血まみれであるが、意識の光が近いのを察知する。

 そこにレーテは手のひらを掲げて語りかける。

 「教えてくれ、ゲゲレゲよ。お前は何がおかしいのだ。その心をききたい。」


 一瞬垣間見える妻と子供。笑い声。その二人は惨殺される。原因は突然堕魔人になった自分。しかし気がついたその時は正常な脳状態。


 これは只の堕魔人ではない、とレーテは知った。堕魔人のほとんどは魔に陥って思考パターンの全てが異常であることがしばしばだが、ゲゲレゲに限っては、ほとんど普通の人間と同じなのである。

 (これは病気か。)レーテは知った。(ゲゲレゲだった人間は、なんらかの事情で脳が損傷していて、衝動が抑えられない。)

 食べる。殖やす。それらは動物の生理的欲求であり、突発的に膨大なものとなる。

 (何かがトリガーとなって、その衝動が暴走し、一時的に堕魔人と化す。)

 病変である。この堕魔人は病気なのだ。

 (癒さねば。)今までこの呪文は、死にかけた堕魔人にしか使わなかったものだった。それを今、病変した部位に対して行う。鎮めの呪文、「レーム・ナフラ」。


 ゲゲレゲの病気よ、静まれ。静まりたまえ。


 気がつけば、レーテは落ちていた。ゲゲレゲだったものは黒い塊となって崩れようとしていた。幸い、金属の鎧の部分から先にがしゃんと地面に追突した。しかし激しい痛みは伝達し、レーテは苦しんだ。足は完全に壊れてしまった。手も左腕の部位が使い物にならないほど歪んでいる。


 (あ、終わってしまった。)


 レーテは悟った。ヘルモはもうすでに、カラ王に連れ去られていた。自分はもう動けない。そして意識が混濁していく。


 (終わってしまった。)





 (ヘルモ・・・。)





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