23

 「生き物として捨てるのも何か癪だな。」と言ってカラに金属ゴミ廃棄場に放り投げられたレーティアンヌ。その姿は、左腕も腹から下もなく、顔も半分崩壊した完全に死にかけた姿で出血しながら鉄くずに埋もれている。心もまったく無く、呆然と夜の空を見上げながら生きたい。ただ生きたい。という飢えを抱きながら、死を迎えようとしている。

 その飢えに舞い降りる懐かしくて暖かい気持ち。なぜだろう。奇妙だ。鉄くずの中が懐かしい。

 

 『レーテや、レーテ。』

 今のレーテに同じく体の半分が破壊され、鉄骨を露わにしたファレンの言葉。

 『わたしが死んでも気丈に生きろ。』


 おじさま。

 

 カラに精神を壊され、自分の心に何を抱いているのかレーティアンヌにはわかっていない。ただ、金属廃品の中にファレンを思い出した時に、新しい何かが目覚めたのだ。


 わたし。生きなきゃ。


 出血が止まった。腕一本しかないけれど、驚くほど身軽で自由に感じる。もうレーティアンヌは、次に何をすればいいのかわかっていた。ファレンが魔術で作動する意思をもった機械人形だった事が、レーティアンヌとって全ての指標であった。


 (もう私は精神だけで生きるのだ。)


 右手をゆっくりと動かす。


 (ファレンを思い出せ。そしてファレンにかけられた魔術を僅かでもいいから思い出せ。)


 残った右手で金属の棒を取り出し、左肩につける。レーティアンヌは驚いた。魔術が左腕に伝播している。勝算を感じた。残り二本の棒で足を代わりにつける。きわめて不器用でグロテスクな姿で、ゆっくりと立ち上がろうとするが、しかしバランスが悪く転んでしまう。


 (めげない・・・めげちゃだめだ!レーテ!しっかり!)


 転んで、ネジネジにねじられた顔が切れてしまい、青い液体が付着する。


 (難しくても今はこれに慣れて、逃げる事!ここから、あの隠れ家まで近いのだから!)


 もう一度、手をついて立ち上がり、レーティアンヌはよろよろと歩き出す。


 (偶像(idol)の万年筆が破壊されてしまった今、頼るのは、ファレンの傘しかない・・・。私の大事な人の傘・・・。)


 それは、秘密の館に大切に隠されていたのだった。





 そんな事を思い出しながら自分の体を修理する戦士レーテ。オドが拾ってくれた自分の残骸を右指の魔術で微妙に修正しながら、こんな大掛かりな修理をしたのは、あのゴミ捨て場で蘇った時以来だな、と思った。ネジネジの爆発に巻き込まれた時もここまで壊されなかったから、ゲゲレゲはやっぱり手強い相手だった。あんなに高いところから落ちたのは初めてかもしれない。

 (やっぱりもうちょっと強度を高めないといけないな・・・。)そう考えながら丁寧にレーティアンヌは修理していく。自分は本当はヘルモを失った悲しみで嘆きたいぐらいなのだが、直面したくもないから、こうやって修理に熱中している。

 「さすが戦士。」オドの声が聞こえた。「手際がいいのう。」

 「こんな体がガタガタな戦士はそんなにいない。」レーテはフッと笑いながら言った。

 「いやはや、今時戦士の存在自体珍しいからの。」オドは側に座りながら言った。

 「ああ、そうだな。」レーテはなぜ堕魔人と戦う戦士が激減したのか、当事者として一番理解していた。つまり、カラは初めから戦士を減らすつもりで魔術養成学校を建てて広く人を集めたのである。学校の生徒たちは暴力と支配によって最強の傀儡の堕魔人に仕立て上げられていった。これがカラ流の「人格再定義」である。戦士が減った代わりに、カラの陣営が着実に強化されていったのである。クイーナはもしかしたら、それに耐えきれないから殺したのかもしれないのだ。

 そんなところにヘルモが連れ去れられた・・・。

 「涙を流しておる。どうしたのじゃ?」オドは言った。「もしかして、ヘルモ、という人のことか?」

 「ああ。そうだ。」レーテは言った。「私はもう人として全てを捨てたと思っていた。でも、そんな私を人として愛してくれたのがあの子だけだった。だからうっかり愛の心を開いてしまった・・・。」

 「ふむ。」オドは考え込む。「・・・見たところ、思ったよりも早くあなたは体が治りそうじゃから、さっそくカラの魔城に向かおうかの。」

 「本当に?」レーテは俯いた。「自分のわがままだというのに・・・。」

 「いえいえ。」オドは笑った。「この荒んだ時代に、愛の心を忘れないのは、素晴らしい事だ。」

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