7

 翌朝、考えをまとめたレーテは一旦ピラス村長の元に赴き、そして急ぎ足で村を歩いた。(向かうは村長から聞き出したヘルモの住処・・・。)

 ヘルモの住処はぼろっとした小さな小屋であった。人の気配すら薄い。一人暮らしなのだろうか。

 レーテはその戸口を叩く。

 「誰だ?」扉の向こうから聞こえたその声は、予想外に幼い少年の声であった。

 「ヘルモ・グリーンブルか?」

 「ああ、そうだ。誰だ。用件を言え。」

 「私はレーテ。マルカレンを殺した堕魔人退治のために調査している。」

 「帰ってくれ。その話はしたくないんだ。」

 「気持ちはわかる。だが、君のためにも村のためにも最後の確認をしたい。」

 「・・・・・。」ヘルモは沈黙していた。

 「マルカレンは死んでいないかもしれない。」

 「・・・・・。」やはりヘルモは沈黙していた。そして、しばらくして、扉が開いた。

 「あんたもそう思うのか。」少し痩せこけた目に隈のある10代の少年が、レーテと同じくらいぞんざいな口調で現れた。

 「ああ。」あんたもそう思うのか、という言葉にヘルモの悲痛な叫びが垣間見えたレーテは、すべてを理解したようにうなづいた。ヘルモはレーテの異様な出で立ちをじろじろと眺める。体のほとんどが金属の鎧で覆われ、右目と長い栗色の巻き毛以外人間の身体が見えない。

 「あんた相当堕魔人にやられたんだな。」

 「わかるのか。」

 「俺は、その、心のゆらぎ、魔術のゆらぎが多少見えるらしい。だから魔術がそんな使えねえ村人たちの心の汚さも見えちまって、ついつい感情的になって嫌われるんだ。だが、お前は気に入った。俺の敵ではない。聞きたいことがあったら聞いてくれ。」

 「わかった。」十代の少年にしては精神力が立派だなと思ったレーテは少ししゃがんでヘルモと同じ目線になって語りかける。「事件のあった夜、マルカレンと君は口論していた、と聞いた。何があったか聞いてもいいか?」

 「ああ・・・。」ヘルモは少し悲しい翳りを見せた。「説明が難しいけど、まず、マルカレンとどういう仲だったのか説明させてくれ。」

 「ああ。」

 「俺はマルカレンと同じく両親をゲゲレゲに食われてしまった。その頃は乳児だったので、孤児院に入ったのだが、どいつもこいつも嫌いで思わず抜け出した。だが、身寄りもなく、本当に飢えて苦しくて、自分は死ぬのではないか、という危機感に何度も立ち会った。そのうちその危機感にも慣れてしまったが、そんな時、俺を助けてくれたのはマルカレンだった。」

 「うん。」

 「最初はマルカレンに助けられてばかりですまねえ、申し訳ねえと思っていた。食うもの住まいもくれたし、村人のいじめから守ってくれたのは彼だ。だが、徐々に気づいてきた。俺の感じ易い気質に、マルカレンも必要としていたらしいということにな。」

 「マルカレンにも何か抱えていた事があったのか?」

 「まさに。俺の魔術を感じ易い気質で共感してほしかったみたいなんだ。マルカレンはどうやら、両親がゲゲレゲに食われて消化され、吐き出されたのを目の前で見ちまった。だから今でも肉体の残骸を夢に見るってよく言ってたなあ。」

 「うむ・・・」その話を聞きながらレーテは徐々に確信を強めていく。

 「俺は人物観察眼はまあまあ鋭い方でね、彼はいい人である事を代償に、己をほとんど忘れてしまった事はわかったんだ。そしてマルカレンも自分自身それを嫌っていて、時々、僕はどこにいるんだ、自分がわからない、ってひどく呻いた時もあったものだ。」

 「そうか。」

 「口論の原因はそのマルカレンが病んでいた時だった。どうも様子がおかしいので、夜まで話を聞いてたが、そのうち、『僕はもういい人でいるのが飽きた』とか『もう自分なんていらないんだ』とか『死にたい』とか言い出した。さすがに見かねて俺は『いい加減にしろよ!しっかりしろよ!軟弱者』って怒鳴ったら、彼は怒り出してしまって、さんざん俺の悪口を言った後にどこかにいって見失ってしまった・・・。そしたらあの事件・・・・。ああ、悪かったと思ってる。」そしてヘルモはレーテをまっすぐ見た。「あのさぁ、本当にマルカレンは堕魔人になっちまったのか?」

 「君の話を聞くとマルカレンは堕魔人になった可能性が非常に高い。それに君の話だけではない。マルカレンの遺灰とよばれるものの魔力を調べたらわかったこともある。」

 「マルカレンの魔力?」

 「その遺灰に秘められた魔力を調べた結果、体の中身を全て捨てて、皮だけの姿で彷徨い、新たな寄生主を探す堕魔人の仕業である事に気付いた。」

 「・・・・。」ヘルモは当たってほしくない予想が当たったかのように目を見開いた。

 「それはまるで、自分を脱ぎ捨てたくて、でも、他人にすがりつくマルカレンそのものであった。」

 「そんな・・・。」

 「マルカレンの死骸があった時点でマルカレンが確定だ。これは殺人事件ではない。ある男が堕魔人になってしまった哀れな物語・・・」そこまで言いかけて、ふと村に向かう前の人格再定義士アラスタの言葉を思い出した。

 『おそらく、奴によって既に誰か死んでいます。』

 誰かが死ぬ瞬間というのは大きな魔力の揺れ動きである以上、アラスタほどの明晰な者であれば間違えないと思ってもいい。

 すると誰が死んだのか。そこでマルカレンの"死体"を見つけた女性の証言を思い出す。

 『私はただ、妙な匂いがするから振り返ったらマルカレンの死体があっただけ、で。』

 そこで、レーテはハッとした。

 よく考えたら、それはありえない。第一に鼻は前方についているのだから、ほのかな匂いでない限り、臭いに気づいて振り返るという事がそもそもあまりない。そして、マルカレンの内臓が散らばっているのなら、それは相当の腐臭である事は間違いない。振り返ったらいた、なんて相当至近距離である。嘘か、あるいはマルカレンの死体が現れるその時まで記憶がなかったか、どちらかである。


 もしかしたら、彼女は既に死んでいるのでは。

 

 「レーテさん?」ヘルモはおずおずと尋ねる。

 「すまない、行かなければいけない。次の犠牲者がでないうちに。お礼は後でする!」レーテはそう叫んで身を翻して走って行ってしまった。もしかして、マルカレンの事かな、と思ってヘルモは後をつける。

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