8

 ダーニャ・カンブラはその日いつものように朝起きてあたりまえの1日を過ごすはずだった。自分用の朝ごはんを作ってはその味に自分自身で料理の上手さに満足するのが定番である。今日も目玉焼きは美味しい。ダーニャは果物が好きだったので、朝食の目玉焼きとパンの他にたくさんの果物を食べた。

 彼女は独り身の中年女であったが特に人生において孤独を感じた事もなく、女同士でそれなりの話し相手に恵まれていた。しかしながらダーニャは全てにおいて友人たちに好意的に迎えられた相手ではない。というのも彼女は自慢話が好きであり、話題に関連付けてすぐに自分の功績を誇りたがったからだ。昨日も、レーテ様からお話をうかがったわと何度も言って元気玉を見せびらかしていたので、近所の女達はしばしめんどくさそうに相槌を打っていたものである。

 今日も皆は元気にしているかしら、とダーニャが外に出て道を歩いた時、レーテの後ろ姿が見えた。「あ、レーテ様!」とダーニャが手を振ると、レーテが振り向き、右目で鋭くダーニャを射抜くように見つめたのでダーニャは狼狽えた。

「レーテ様・・・?」

 レーテはダーニャに一歩二歩と近寄っていく。「もう一度聞きたいことがあるんだ。」

「はあ、何でしょう、レーテ様。」

「臭い匂いがすると思って振り返ったら、マルカレンの死体があった、と言ったな。」

「はい。」

「その前何をしていたか覚えているか?」

「はあ・・・普通に歩いていたと思います・・・。」

「思います・・・覚えていないのか。」

「ずいぶん前の事ですし・・・。」

「確認するが、それは本当にひどい臭いであるな。」

「はい、もう、ほんと、鼻のまがりそうな」

「そこで私は疑問におもってしまったのだ。臭いに気がついて振り返ったら死体があった。つまり通り過ぎていた。その前に気づいていなかったのか?と。」

「・・・・。」ダーニャは考え込んだ。「どういう事なのでしょう。」

「これだけが説明がつかないんだ。」レーテは言った。「堕魔人の特徴を知るためだ。何か重大なヒントかもしれない。振り返る前に異臭に気づかなかったのはどうしてか知りたい。」

 そう言った直後にレーテは唐突に後ろを振り返った。「なぜついてきた!」

 ヘルモが建物の角から現れた。「レーテさん!彼女を詰問しているのか!彼女は問題ない!普通だ!」

 何てことを言うのだ・・・。レーテは言った。「そうではない!」そしてダーニャがおろおろと頭をふりながらレーテを見て言った。

「あの、普通とは何でしょう・・・。」

「次の犠牲者が出ないうちに、って言いながら彼の家を出たから、彼は誤解しているのだ。」レーテは言葉を選んでいた。「それで、気づく前に本当に何もなかったのか知りたい。ただそれだけだ。」

 しかし、ダーニャもふと気がついたように目を見開き瞳を震わせた。「あれ・・・」レーテはダーニャの様子に目を丸くする。「記憶が・・・」ダーニャは呟いた。「無い・・・・。」

 しばしの沈黙。その様子をジロジロと見る村人達もいる。

「記憶が無い?」レーテは言った。

「忘れてるとかじゃなくて・・・本当に、虚無というか、抜け落ちてる・・・」ダーニャは青ざめた。「ほんとうだ・・・当たり前みたいに思ってたけど・・・なんで・・・わから無い・・・。」

 ヘルモは目を激しく開けた。「レーテさん!」「わかっている!」レーテはダーニャを見た。それまで普通の人間ような雰囲気だったはずのダーニャの体から激しい瘴気が薫っていた。それはダーニャも感じていたらしい。

「え、私・・・」

 ダーニャの皮膚が勢い良く破れ、その肉塊が地上に排泄されるように広がっていった。

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