6

 「随分と厳重に管理するんだな。」レーテはフルヌトという、村長の部下の案内人役と共に地下へ地下へと下っていた。

 「忌まわしきものですので・・・。」

 「忌まわしいのに、葬いはしないのか。」

 「滅相もない。恐ろしい・・・恐ろしい・・・・。」

 弔いもしたくなくなる忌まわしさ。多分その場で焼却して灰をこんな深いところまで置いたのであろう。その酷い仕打ちにレーテは何も感じないわけにはいかなかったが、まあ、そんなものだよな、と、マスクの中で軽くため息をつく。

 「ここです。」フルヌトは壺を示す。蓋にはおもしがついている。フルヌトは「私は遠くにいます・・・」と言ってレーテのはるか後ろに立ち退いた。やれやれ、臆病者だなあ、と思いながらレーテは壺の蓋をあける。ジョージ・マルカレンの遺灰が壺の半分ぐらい入っている。

 (全然たいした事ない魔力だな・・・。)

 村長曰く恐ろしい魔力とのことだが、遺灰には人体が触っても全く無効化する程度の弱い魔力しか入っていなかった。そもそも人間には魂を有しているので、意識せずとも常に魔力を有しているのである。

 (しかし、これだけ弱いと何の魔力だか推定が難しい・・・堕魔人の特定に時間がかかりそうだ。)

 レーテは左肩から二の腕までの部位の蓋を開けた。試験管が詰まっている。

 「レーテ様・・・それは・・・」フルヌトはそれを見て驚く。

 「ああ、これは本当の腕ではない。魔力で動かしている。」

 「なんと・・・。」

 「本当の腕ではないから、魔力のあるものを採取する場所に適しているのだ。」レーテはそう言って試験管を取り出し、壺のなかに差し込んで、灰を取り出す。そして、その試験管を左肩に入れて、蓋が閉まる。

 「レーテ様、それは非常に危険ではありませんか?」

 「まったくたいした事がない。人が触れてもすぐに消えてしまう弱い魔力だ。」

 「そうなのですか・・・」

 「しかし、この遺骨はしばらくここに保管してほしい。誰かが採取する事のないように頼む。」

 「お、おお、わかりました。」フルヌトは、レーテが壺の入った部屋を出るのを確認すると扉に鍵をしめた。

 


 マルカレンの死体が発見されたのは夜のことだ。レーテはそれを目撃した中年女性を街中で発見し呼びかける。

 「もう一度聞きたいことがある。」

 「あら、あの事件?」

 「そうだ。二点ほど聞きたい。一つは、死体を発見した時、する前、他の異変がなかったかどうか。例えば、誰か人影を見たとか、口論とか悲鳴があったとか。」

 「うーん・・・・」女性は首をかしげる。「全然思い当たらないのですよねえ。私はただ妙な匂いがするから振り返ったらマルカレンの死体があった、って記憶だけ。」

 「なるほど・・・ではもう一点、マルカレンとはどういう男だ?」

 「彼は素敵な人よ。恨まれるような動機もあるはずがないのに・・・。」

 しかし堕魔人はしばしば常人の恨みを超越していることが多い。

 「逆にいい人故に、境遇が良くて、妬まれるという事はないのだろうか。」レーテは言った。

 「むしろ彼は苦労人なんです。両親が死んで、村じゅうで助け合って生きてきた。」

 「マルカレンの両親はなぜ死んだのだ?」

 「堕魔人に殺されたんです。ゲゲレゲって名前・・・」ゲゲレゲ・・・レーテは目を見開いた。「・・・有名な堕魔人なのでご存知かもしれませんが。」

 「もちろん、知っている。」レーテは言った。「そいつの行方は知っているか。」

 「さあ・・・全然わかりません。」女性は困惑する。

 「まあわかった。情報ありがとう。時間使わせてすまない。」レーテは片手を上げて光の玉を作り出す。「これは精神を楽にするエネルギーだ。疲れた時に使うがよい。」

 そしてレーテは女性の拳に光の玉を置く。女性は驚いてじっとレーテを見つめてばかりいた。


 

 ゲゲレゲ。覚えている。私が小さい子供だった頃に奴は突然現れた。身の丈30メートルはあり、紫の体に白い薄ら笑いを浮かべた顔で、人を次々と丸呑みにして飲み込んでは吐き出す。ゲゲレゲレゲレと低い声で呻くからあのような名がついた。村があそこまで堕魔人の死体を極度に恐れた理由がわかった。ゲゲレゲに食べられた死体には卵が産みつけられ、死体を栄養にして5メートルほどのゲゲレゲの子分を育てるからだ。聞けばマルカレンの死骸はひき肉のような肉塊と聞く。マルカレンもゲゲレゲに食べられ、その食べ残しとなって散らばったのだろうか。だが、ゲゲレゲのいるところ、必ずあの気持ち悪い鳴き声があるはずだし、何せ奴は巨大なのでひどく目立つ。だからゲゲレゲが現れたら確実にバレてしまう。しかし、あの女性が何もなかったと言っていた。他に聞き込みをしてみよう。

 

 

 「あの日?全然、何もなかったよ。」

 「俺、公園歩いていたんだが、何にも見なかった。」

 「寝てた。」

 「家にいた。」

 「家族で夕食していましたがとくに音はありませんわ。」

 「勉強しててわからない。」

 

 「ジョージ・マルカレン?」日が暮れようとした時、広間である男がレーテに眉を潜めながら言う。「あの日そういえば口論してるの聞いたんだよな。」

 「なんだって?」レーテは驚いた。「誰と?」

 「彼の親友のヘルモってやつ。マルカレン酔ってたのか、珍しくヘルモにひどい悪口を浴びかせていた。」男は気付いたかのように目を丸くした。「俺はよくわからないがその場を立ち去ったが、もしかして、あの時止めてればよかったのかな。もしやヘルモが・・・・。」

 「どんな人なんだ、ヘルモって。」レーテは聞いた。広間で走り回った子供がレーテにぶつかった。

 「あのマルカレンとは友達とは思えぬぐらい、性根の悪い奴でね。」男は顔をしかめた。「しかもやたら感じやすいとくる。すぐに喧嘩ふっかけたり、言われたくない事をずけずけ言ったりするんだ。」

 「ヘルモはどこに普段いるかわかるか。」

 「家の中じゃないのかねえ。あいつ嫌われ者だから、マルカレン以外会う人がいなかった。」

 次はヘルモの家に聞き込みだな、と思った直後に、「夜の時間ですよー!」と道けが広間に現れ、馳け廻る子供に魔術を使って色とりどりのボールを浮かせて注目を集める。「さあ、子供たちもみんなも家にお帰り。」

 堕魔人が現れたものだから、夜の時間は家に帰る命令が村で下されたのである。仕方ない、ヘルモの聞き込みは明日にしよう、と思ってレーテはピラス村長の用意した宿に帰る。

 

 

 

 レーテは左腕の蓋を外し、中からマルカレンの遺灰のつまった試験管を取り出す。遺灰の魔術は微力ながら保たれている。全く見た事のない魔術である。まったく、つかみどころのない事件であると言える。レーテは最も気の進まない方法を試して見る事にした。まず、左腕の試験管をもう一本取り出す。試験管に漏斗を差し込む。次に仮面を外し、自分のねじれた右顔に漏斗を当てる。これで少し力を入れれば、自分の顔に仕込まれた、ネジネジの永久機関の液体が出てくれるはずだ。アラスタの言う通り、これは魔力を増強する液体である。この漏斗越しに採取した青いどろりとした液体を、遺灰の詰まった試験管に流し込む。たちまち、遺灰はうっすら光り出す。これが悪さするんじゃないだろうな、と思ってレーテは身構える。

 ちょうどその時ネズミが試験管のそばからいきなり現れ、油断したレーテはうっかりネズミが試験管を倒して割るのを許してしまう。うっすら光った遺灰にネズミがふりかかる。どんな不潔な館なのだ、とレーテが思ったその時、ネズミが急に痙攣を起こして倒れる。レーテは驚いてネズミを凝視する。そしてネズミの皮が剥がれ、どろどろぐちゃぐちゃとした中身が机の上に醜く散乱する。そして皮が宙に浮かび、レーテの機械仕掛けの左腕にまとわりつく。吸い取ろうとしている事に気付いたレーテは慌てて右の人差指で強い電撃をネズミの皮に与え、たちまちそれはやけ焦がれた。机に散乱したネズミの臓器は、ふたたび指から電撃を送る事で燃やし去り、その上を指でなぞって魔術の痕跡を消す。

 危なかった・・・。とレーテは思った。そしてさっきのネズミの光景を思い出す。皮が剥がれ、肉塊が床に飛び散り、皮だけが浮かんで、私の腕にまとわりついた。

 

 レーテは気づいてしまった。

 

 この事件の真相に。




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