第2話

 放課後。美咲は剣道場に向かった。

 剣道場の入口には味のある字で『剣道場』と書いてあった。

 ここに来るのは気が重い訳でも、楽しみな訳でもなかった。普通に、ただ、呼ばれたから行く。そんな感じだ。

「あ、田中さーん」

 昼休みの上級生が出てきた。防具につけられた名札には、『野崎』と書いてある。顧問はまだ来ていないらしく、姿が見えなかった。

「こんにちは、来てくれて嬉しいよ。ここ座って座って」

 椅子を出されて、促されるままに座る。美咲の他に、男子が二人座っている。女子の姿は見あたらなかった。

「もう、稽古始まるからさ、見ていってよ」

「他に一年の女子はいないんですか」

「あ、いるよ。あの子」

 野崎の指さした先には防具をつけた生徒がいた。入部したということらしい。

 あの子、知ってる。確か隣の支部で入賞した子だ。

「じゃあ、もう稽古始まるから」

 途端に、野崎の顔が真剣になる。ふっと昼間に見せた穏やかさが消えて、ゆらりと燃える闘志に変わったような気がした。

 野崎が「始めるよ」と周りに声をかけると、「それ、俺の台詞」とキャプテンらしい男子が呟いた。

 男子は十人ほど。女子は、六人。全員が全員、真剣な顔をしている。

 整列して、礼をして、面を着ける。号令ははきはきしていて、聞いていて心地が良かった。

「切り返し、始めっ!!」

「はいっ!!」

 一歩入って、大きく面。体当たりして左右面――。


 あ、なんだろ。なつかしい。


 稽古が始まった瞬間、そう思った。なんだろう、そわそわする。落ち着かない。血が騒ぐっていうのかな、こういうの。

 そういえば私、中学の時、授業とHRが終わったらすぐ教室を飛び出して、急いで着替えて防具をつけて、それで稽古してた。真剣に稽古して、稽古が終わったら仲間と「疲れたね」って笑い合ってた。いつもいつも、充実してた。負ければ悔しかったし、勝てば面白かった。

 どうして忘れてたんだろう。私は、剣道が好きだったのに。

 正直、座っているのが辛かった。今すぐ稽古したい。着替えて防具つけて、竹刀をふりたい。技をだしたい。

 どうにか休憩まで耐えて、水分補給に道場を出た野崎に話しかけた。

「先輩。私、部活入りますね」

 ぱっと野崎の顔が明るくなった。

「ほんと?」

「はい。明日防具持ってきます」

「わあ、嬉しい!! 私野崎里奈っていうの。よろしくね、美咲ちゃん!」

「よろしくお願いします」

 美咲は野崎と他の女子に向かって頭を下げた。女子がよろしくと言ってくる。

 この人たちが、仲間になるのだ。

「女子、盛り上がってるとこ悪いけど、始めるよ」

「うん、了解」

 野崎が返事をする。

「じゃあ、今日は見ていってね。多分、先生もうちょいで来るよ」

「はい」

 正直、もう素振りでもしたいのだが、こればかりはしょうがない。服装だって制服だし。

 また全員が面をつける。

「……みんな強そう」

 小さく呟く。

 周りの学校がどんなかは知らないが、このメンバーならそれなりに通用するのではないだろうか。

 稽古を積み上げて、試合に臨んで――。私はどこまでいけるだろうか。どこまで通用するだろうか。どこまで強くなるだろうか。いいや、自分だけの話じゃない。このメンバーでもだ。

 楽しみだ。これからが。

 昼間のぼんやりとした気持ちが嘘のようだ。今は、全然違う。わくわくしてしょうがない。

 頑張ろう。強くなろう。

 美咲は拳を握った。これからに期待して。

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部活と思い出と未来 椿叶 @kanaukanaudream

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