15 嗜好品

 わたしは結局のところ、誰かに依存して生きている。頼るというのでは生温い。依存とか、寄生とか、そういう生き方をしている。寄生虫はわたしの胸に棲んでいるんじゃなくて、私自身が寄生虫だった。そんなことを思い出しながら、わたしは悶えた。孤独が苦しかった。空気に溺れているような感覚だった。波打ち際に打ち上げられた魚が空気の中で窒息死するように、わたしも窒息していた。寂しさに首を絞められ、酸欠に喘いでいた。

 わたしを抱くお父さん。でも、それを求めたのはわたしの方だった。

 お母さんが死んで、わたしは寂しかった。だから、わたしはお父さんに甘えた。お父さんが男だと分かっていながら、お父さんに擦り寄った。無駄に膨らんだ胸をお父さんの腕に押しつけて、お父さんを惑わした。

 お父さんにとって、お葬式のあとの一晩は地獄だったに違いない。数日前に死んだ最愛の人、それと瓜二つの娘が、あの手この手で誘惑してくる。降魔の誘惑に耐えるよりもっと過酷な一晩だったことだろう。

 そして、お父さんは誘惑に負けた。「ごめんよ、ごめんよ」と、お父さんは謝っていた。涙を流しながら、わたしを押さえつけ、謝り続けながら、わたしを犯した。

 誰に謝っていたの?

 わたしに?

 お母さんに?

 自分自身に?

 お父さんはすごく苦しんでいた。今でも変わらず、毎晩苦しんでいる。わたしがいなくなって、お父さんはきっと救われているはずだ。だから、警察には行かないだろう。ずっと帰ってこないで欲しいと願っているだろう。

 でも、わたしだって、ちゃんと頑張っていた。アルバイトをして、それはもう真面目に働いて、お金を貯めていた。早く家を出るために。私自身とお父さんを、解き放つ為に。何から? お互いを傷つけあうだけの関係から。

 けど、わたしの罪はきっと許されない。罪がわたしを追い詰める。それから逃げ続けなければならないことが、わたしへの罰だ。

 ブーン、と蝿の羽音がして、わたしは急に正気に戻る。ふとベッドに目をやると、誘拐犯が起きていた。

 もし、今ここで、誘拐犯に殺されたら。きっとわたしは不幸な被害者になれる。罪人ではなく、かわいそうな女の子として死んでいける。罪から逃げ切ることができる。

 わたしは酷い人間だ。自分の罪を善良な誘拐犯に押し付けようとしているのだもの。「誘拐犯さん、わたしを殺して」なんて、わがままなお願いをするんだもの。わたしはきっと、誰よりも冷たくて、酷い人間だ。

 こんなわたしを誰も愛してくれない。自業自得なのは分かっている。だけど、愛されたい。お父さんが愛しているのはお母さん。わたしはその代用品だ。つまり、アダルトビデオみたいなものだ。使われて、捨てられる。決して誰からも愛されない。

 成型肉のようなわたし。

 胸とかお尻とかに脂肪をたっぷり注入して、美味しそうなフリをしている。

 お母さんの代用品でしかない。

 コピー食品のわたし。

 お父さんはそんなわたしを毎晩食べる。それほど美味しくないのに。酸化した質の悪い脂肪に胸焼けを起こすって分かっているのに、わたしが美味しそうなフリをするから、お父さんはわたしを毎晩食べる。

 お父さんが苦しんでいるのも、私自身が悩んでいるのも、本当は全部がわたしのせい。食べられたくなければ、美味しそうなフリをしなければいいだけ。メイクの雰囲気を変えたり、ロングヘアをばっさり切り落としたり。それだけで、わたしはお母さんと似なくなる。そうしたら、お父さんはわたしを食べたくなくなる。そう分かっているのに、わたしはお母さんの真似をする。お母さんと同じアイシャドウ。同じチーク。同じ口紅。ロングヘアーもお揃い。そうして、お父さんを騙している。

 嘘をついてでも愛されたい。こんなわたしじゃ愛されるはずも無いのに。

 心の中の空っぽが激しく誰かを求めている。温かな指で触れられる事を求めている。硬い情欲を求めている。ぽっかり開いた寂しさの穴を埋めてくれる人を探している。お父さんも、誘拐犯さんも、わたしの毒牙に掛かっただけ。全部わたしのせい。全部わたしが悪い。わたしが悪い女というだけで、他の誰も悪くない。わたしは悪い女。だから、わたしは罰せられなければいけない。

 わたしは自分の手首を見つめた。気味の悪いミミズのようなすじ。リストカットの痕は、一生消えない。だから、わたしは手首にナイフを突き立てる。これが罰。これが償い。一生残る贖罪の痕。滴る鮮血が、わたしの心の空っぽを欺瞞の快楽で満たしていく。

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