005.涙のリラの頼み事

 目覚めた時、俺は即座に自分が何処にいるのか把握出来なかった。

 回転の鈍い頭で昨夜の出来事を思い出す。

 そうだ、リラ達と別れて森を進んでいると赤毛の猿達に襲撃されたんだっけな。

 何とか逃げ切る事は出来たけど。


 アッ?

 そう言えばここは何処だ?

 あぁ、そうか。

 穴を見つけて、その中で眠ったんだった。


 横穴から外にでた俺は、昨夜の記憶を思い出しながら考える。

 しばらく考えて辿り着いた結論。

 俺は完全に自分の今いる場所がわからなくなっていた。

 要するに、迷子になったわけだ。


 とりあえずは森の中に戻らなければどうしようもない。

 気だるい体を奮い立たせて、森の中に再び足を踏み入れる。

 空腹を訴え始めたのを自覚しつつ。


 途中でラズベリーのような小さな赤い実の鳴る低木を見つけた。

 水分補給も兼ねて一つ食べてみる。

 甘酸っぱい味が口の中に広がった。

 俺の知るラズベリーよりも甘味が強く、デザート的な感じだ。


 何本か同じような低木があるので、腹を満たす事も兼ねてどんどん食べていく。

 そうして見つけた七本。

 七本のうち、三本をほぼ丸裸にした所で食べるのをやめた。


 一応満足したので水を飲もうとした。

 だけど、腰にさしていた水筒が見当たらない。

 何処かで落としてしまったようだ。

 猿に襲撃されてる時かもしれないな。


 どうするべきか迷う。

 まずは大まかな現在地を把握するべきだ。

 頭の中で知る限りの地理を思い浮かべる。


 横穴で眠っていた影響だろうな。

 体の節々が微妙に痛い。

 そう思いながら、俺はとりあえず森を真直ぐ進む事にした。

 必ず何処かで昨日の戦いの惨状の後に遭遇するはずだと思う。


 そうして一時間もあるいただろうか?

 木々に付着している赤黒い物を発見。

 体が欠損していたり、斬り裂かれている赤毛の猿の躯も二体見つけた。

 たぶん俺がやったんだろうな。

 近づくと、群がっていた虫達や小型の栗鼠のような生物は散り散りに逃げていった。


 そして更に血の跡を追って歩を進める。

 三十分も歩いただろうか?

 そこで判明した事。

 最初に見つけた血の跡から蛇行はしている。

 それでも血の跡が、東に続いている事がわかった。

 状況から考えれば昨日は東から西に進んでいた事になる。


 このまま東に進めばリラと出会った草原。

 逆に西に進めば湖。

 昨夜の寝床の横穴は北という事になるのだろうな。

 推測だけども進む方向が決定。

 俺は西に向って足を進める事にした。


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 残っていた魚を焼き魚にして平らげた俺。

 片付けだけは行い、ベッドに寝転がっている。

 昨日一日の出来事はいろいろ疲れた。


 特に夜の猿達との激戦。

 その日は何もする気にならなかった。

 せめて夕食の為に、何か確保するべきだったんだろうけど。


「リラ可愛い娘だったな。何か不思議な気高いオーラを感じた気もするし」


 何考えているんだろうな俺?

 あんなに怯えられて、結局最後までそうだった。

 黒き鬼が何かは知らない。

 だけど、トラウマ的な何かがあるのかも。

 いや黒髪で黒眼がそうなのかもな。


 結局その日は、湖で食料を手に入れた。

 前と同じ方法で手に入れて焼いて食べたのだ。

 うん、鍋の一つでもあればもう少しレパートリーが増やせるんだけどな。


 失くしてしまった水筒を、新しく作りながらそんな事を考えていた。

 さすがに木の鍋じゃ燃えて灰になって終わりだしな。

 それでも、塩らしきものが手に入るかもしれない可能性は、数少ない嬉しい事だった。


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 タイガル王国からの関与しないという書状もある。

 伝令が到着するのは遅くても明後日の夜。

 明々後日中にはシャルドナのブラ元王の忘れ形見が手に入っていよう。

 このサウザン・ドウナがシャルドナの血を娶るのだ。


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 テテチ・バルヴァルは焦っていた。

 突如攻めてきた一団。

 サウザンの徽章を盾に記している。


 自分もかつては戦士団の一翼を担っていた。

 とはいえ、自分達の戦力は十五人。

 しかし、村に進軍してくる彼らは百を超えている。

 蹂躙されて終わるだけの戦力差だ。


 村の周囲は壁で覆われている。

 その為、ある程度の篭城は可能だ。

 だが、備蓄物資が豊富にあるわけでもない。


 勝ち目は全く見えなかった。

 せめてリラだけでも逃がさなければ。

 そう思い探してみるテテチ。

 しかし、すぐに彼女を見つける事は出来なかった。


 先発隊と思われる三十人程の集団が、閉じてある村への入口へ到達した。

 その報告により、非戦闘員の村人の一人にリラの探索を託す。

 勝ち目が見えない戦いだと理解しながら、彼は入口へ急いだ。


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 あれから約束の日まで、余り遠出はしなかった。

 暇を持て余しながら過ごしている。

 精々が魚を取りに行ったぐらいだ。


 そういえば野菜的なものを全く口にしてないと、突然思い至った。

 適当に散策して探してみる。

 だけど、残念ながらそれらしいものは見つけられない。


 きのこの類ならばそれなりに見つける事も出来た。

 だけど、安全なのか危険なのか判断出来なかったので断念。

 そうしてビタミン不足を感じながら約束の日となった。


 道中でトラブルに巻き込まれる危険性も考慮。

 朝ご飯を食べた後に直ぐに用意をして俺は出発した。

 予定よりも早く約束した場所へ到着してしまう。

 もちろん梓と梢は、ちゃんと持参して来ている。


 そういえばこっちに来てから全くしてなかった。

 梓を抜き放ち、日課にしていた剣術の稽古に勤しむ。

 とりあえずただの素振りから始めた。


 気付けば、かなりの時間が経過していたようだ。

 思わず熱中してしまっていた模様。

 正直、どれ位時間が立っていたのかわからない。


 休憩がてら、その場に座り水筒の水を一口飲む。

 ふと、何処かで聞いたような声が、遠くから聞こえてきた気がする。

 最初は気のせいだと思った。

 だけど、どうやらそうではなさそうだ。

 でも、最初は何を言ってるのかさっぱりわからなかった。


「ア・・・・・」


 間隔は一定ではないが確かに聞こえる。


「ア・・・・ん」


 何処かで聞いた声なのは間違いない。

 まさかこんな所に知り合いがいるわけないし。


「アキ・さーん」


 フル回転で稼動する脳。

 そして気付いた。

 この声はリラだ。


 何故こんな所にいるのか?

 何故叫んでいるのか?

 さっぱりわからない。

 しかし、そう認識した俺。

 水筒の口を閉じ腰に差す。

 梓を手に握り駆け出した。


「アキトさーん」


 声は心なしか震えており、今にも泣きそうな感じを受ける。

 そうして走りだして見つけたリラ。

 何が起きているのかわからないが、ただ事では無い事だけは確かだ。


 リラを追いかけてきたとおぼしき一団。

 数は十五名か。

 緑色の肌に醜い顔立ちをしている。


 額にはリラと同じような瘤があるようだ。

 軽装だが金属製っぽい鎧に身を包んでいる。

 その手には、剣だったり斧だったり槌だったり、武器が握られている。

 所属を表すのか?

 十五名全員が同じ紋章の盾を持っている。

 盾には、黒いトンカチみたいなものが二つ、交差していた。


 俺はリラを取り囲む前に、リラを守るような形で間に飛び込んだ。

 突然の俺の登場にその場の全員が驚いているようだ。

 しかし、次の瞬間には警戒した目になっていた。


「ア・・」


「ア?」


「アキトさん。アキトざんだ。アキドざーん」


 いや、リラさん。

 何があったのかわかりませんが?

 泣きながらそんなに名前を連呼しなくても・・・。


「ニンゲンフゼイガナンノヨウダ?」


 一団のリーダーなのか?

 グラディウスっぽい武器を手に持っている醜い緑顔が言葉を発した。

 他はガウガウとかグギャとかグルとか言ってる。

 何を言っているのか、意味はさっぱりわからない。


「醜い緑顔だな。お前らこそリラに何のようだ? つーか臭いぞ」


 俺の挑発めいた言葉にリーダーっぽいのが怒ったようだ。


「ヤッチマエ」


 その言葉を合図に始まった戦い。

 梓を抜いた俺は手前のリーダーっぽい奴から片付けていく。

 どうやら俺の動きに全くついてこれないようで一方的だった。

 十五名全員にきっちり大地にキスをさせた。

 リラと相対する形で屈んで優しく話しかける。


「リラ、大丈夫かい?」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔のリラ。

 それでも首を縦に振り大丈夫である事をアピールする。

 腰に差している水筒を開けて、落ち着かせる意味も込めて一口飲ませた。

 水を飲んで少しは落ち着いたようだ。

 いまだに涙声ながらも言葉を紡ぐリラ。


「アキドさん、お願いじまず。村を助げで下さい。鎧で武装じだアグジゴブギンの軍勢が村にぶらに・・・」


 そこから先は涙声過ぎて全く解読出来なかった。

 何か良くわからない。

 だけど、、予想以上に予想外の事態になっているようだ。


 正直村人を助ける義理なんてない。

 しかし、ソルテだかも手に入らなくなる。

 こんな顔で頼まれたら断れないな。


「リラ、村まで案内してくれ」


 そう言うと俺はリラに背中を差し出す。

 俺の行動の意味が飲み込めないのか動かない。


「俺がおんぶして行く。二人で歩くよりその方が村に早く辿り着けるはずだ」


 その言葉に俺の真意を理解したリラは、おずおずと俺の背中に体を預けた。

 ほんのり盛り上がっている柔らかい感触を背中に感じる。

 若干邪な事を考えつつ、リラの案内で俺は村へ疾駆した。

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