004.猿達の報復

「リラを助けてくれた事は感謝する。だが貴様のような黒髪黒眼に用は無い」


 道中の狼の群れを蹴散らした。

 その後で、リラの仲間達を見つけた。

 彼女の仲間達の所に送り届ける。

 その最初の第一声がその言葉だった。


 言葉を放ったのは軽装の鎧に身を固めてる男。

 槍を携えている。

 百五十センチぐらいで緑白の肌。

 見た目少年のようなだ。


 彼の瞳には何故か怯えている。

 更には、怒りのようなものが混在していた。

 俺はそう感じている。


 黒き鬼が何なのかよくわからない。

 だけど、相当嫌われているようだ。

 おそらく、彼彼女は黒髪に黒眼だったのだろう。

 猪の肉を焼いてリラと食べた。

 その時も、彼女は心無しかずっと怯えているようだったし。


「黒い三メートル位の猪に襲われてましたよ。たまたま俺が倒したから良かったですけど。今後はちゃんと目を離さないようにしてくださいね。今度同じ事があれば助からないかもしれませんし」


 リラは村人達に連れていかれた後だ。

 腹が立ったのもあるだろう。

 思わずそんな事を言ってしまった。

 俺の言葉を聞いた目の前の緑白肌の男は青褪める。


「黒角猪(ブラックホーンボア)を倒しただと?」


「本当の事です」


 いつの間に戻ってきていたのだろうか?

 そこにはリラが立っていた。

 隣には白髪の混じり始めた緑髪の男。

 鎧に身を固めている。

 彼は小柄で浅黒い肌。

 それなりに年配の方のようだ。


「私はテテチ・バルヴァルと申します。アキト様、リラを助けて頂いてありがとうございます」


 頭を下げたその男とリラ。

 俺に文句を言ってきた男。

 少し遠めに見えている村人らしき人達も頭を下げた。

 そのほとんどに若干恐れとか怯えとかそんな感情を感じる。


 最初に頭を下げた男が頭を上げる。

 するとリラも含めて、他の者も下げた頭を上げた。

 その間、十秒ぐらい。

 男は村長か何かなのだろう。


「黒髪黒眼の方が、何故このような所にいるかは聞きますまい」


 いや、俺こそそれを教えて欲しい。

 それが本音なんだけどね。


「リラを助けて頂いたのは事実のようです。皆が怯えてしまうので、申し訳ないが村にお連れするわけにはいきません。それでも大した事は出来ませんが、せめてものお礼をしたいと思います。何かもしご希望があればお伺いしたいのですが?」


「希望? 調味料、塩とか胡椒とかって手に入りますか?」


「シオ? コシャウ?」


 通じないだと?

 日本語のようで日本語じゃないのか?

 それとも名称が違う?


「えーうんと? 香辛料で塩は海水に含まれている物で、しょっぱい味の粉かな? それで胡椒はピリッと辛い粉みたいなのかな」


「コシャウ? は残念ながらわかりませんが、シオ? ですか? それなら同じ物かはわかりませんがございます。ソルテと呼ばれる白い粉状のものですが」


 ソルテと言うのか?

 たぶん同じ物だろうさ。


「あぁ、たぶんそれですね。支障のない程度でいいので。後可能であれば俺のサイズに合うような服があれば」


「わかりました。ただ、服については難しいかもしれません。三日後昼位にこの場所にお越し頂く事は可能でしょうか?」


「わかりました。三日後ですね」


「はい。お願いします」


「だいぶ夜も更けてきてますし、俺はそろそろ行きますね」


「アキトさん、ありがとうございました」


 そう言ったリラ。

 まだに少し怯えているようだ。

 俺は彼女に手を振りながら別れた。


 黒き鬼が何なのか?

 そこまで俺を恐れた理由。

 聞いてみるべきだったかな?


 まあ、また機会もあるだろうか。

 とりあえず帰ろう。

 俺は森の中を進んでいく。

 しかし、この判断が間違いだった。

 その理由は森の中に入りしばらく進んでから判明する事になる。


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 アキトさんは五年前のあの時の人とは違う。

 同じ黒髪で黒眼で顔も似ている。

 だけど、違う人だ。


 頭ではわかっている。

 でも、心が怯えてしまった。

 アキトさんは私を助けてくれた命の恩人のはずなのに。


 本当なら村に招待して感謝をするべき。

 でもあの時の恐怖が蘇って、私は強く言い出せなかった。

 目の前で惨殺されていく村の人達や白虎人(ホワイトウェアタイガー)の屈強な戦士達。

 武を誇る白虎人(ホワイトウェアタイガー)がまるで赤子のようだった。


 黒い甲冑に身を包んだ黒髪黒眼の男。

 その瞳は虚ろで、まるで操られている人形みたいだった。

 今でも時折夢にまで見てしまう光景。


 きっと私の怯えは気付かれていた。

 でもアキトさんは責める事も文句を言う事もなく、優しく私に接してくれた。

 それだけじゃなく、皆と合流するまでの護衛もしてくれた。

 ちょっと目付きが悪い人だった。

 でもきっと、とても優しい人なんだと思う。

 いつまでも怯えているだけじゃ駄目。


 実の父ではない事は気付いているけど、育ての親であるテテチ。

 もしかしたら言うだけ無駄かもしれない。

 でもテテチもアキトさんには凄く感謝していた。


 その理由は私を助けてくれた事だけじゃないんだと思う。

 理由がなんなのかはわからない。

 でもまずはテテチパパに私の意志を伝えて説得しなきゃ。


 パパは怒ると本当に怖い。

 今日の事は今までにないぐらいの激怒だった。

 でもその後に無事で良かったって言って涙を流して抱きしめてくれた。


 だから私のパパはテテチなんだ。

 パパは、私が何か伝えたい時、ちゃんと伝わるまで話しを聞いてくれる。

 だから今回もきっと大丈夫。


 アキトさん、命の恩人のアキトさん。

 私頑張るから。

 村の皆が受け入れてくれるようにちゃんと話すよ。


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 森の中に入ってから三十分も経過しただろうか?

 遠くから徐々に聞こえてくる複数の奇声に俺は気付いた。

 その数は十や二十ではすなまさそうだ。


 足首から下だけに展開していた力を全身に開放。

 梓を右手に、梢を左手に構えて少し速度を落としながら進む。

 正直調子に乗ってたのかもしれない。


 視界の効かない暗がりの森の中。

 気配だけで迫ってくる何かを感じた。

 数がどんどん増えているのはわかる。


 感じる数が百を超えた辺りで数えるのをやめた。

 直前に来るまで目視するのは中々難しい。

 気配と風の流れだけを頼りに、襲い来る何者かと対峙する。

 しかし状況と数に、かわしきれない攻撃も出て来た。


 叩きのめしながら俺は走り出す。

 しかし足元さえもはっきりと見えない状況。

 さほど速度を上げる事も出来ない。

 全開で展開しているので、攻撃を受けても少し衝撃が来る程度。

 だけど、部分展開と全力展開では最大限界時間が異なる。

 疲労度も考えれば、長時間全力展開をしていたくはない。


 最初は鞘のままで叩いていた。

 だけど、余裕がなくなってくる前に対処の方法を俺は変える。

 一発だけ牽制用のマガジンのままで、襲い掛かってきた一体に発砲。


 暗がりではっきりとはわからない。

 銃撃時の一瞬の光で、真っ赤な毛と猿顔が見えた。

 一体目を貫通し更にその後ろにいるのにも着弾。

 たぶん森を進んでた時に遭遇した猿の属する群れなんだろう。

 復讐なのかなんなのか?


 一瞬怯んだ隙に、梢を腰に戻し梓の鞘を左手に二刀流にする。

 総数でどの位の数がいるのかわからない。

 だけど、長期戦になればなるほど消耗するのは明白だ。

 時に梢で斬り裂き、時に鞘で打ち据えていく。

 排除しながら、森の中を簡易住宅に向って進む。


 もうどれ位の数を屠ったのかさえわからない。

 精神的余裕も無くなりつつあるし、それなりに疲労感も感じている。

 冷汗なのか動き回っている為の汗なのかもわからないが、全身にウェット感も感じた。


 途中から無我夢中だった影響もあるだろう。

 最初のうちは感じていた罪悪感もなくなっている。

 頭の中にはこの窮地を切り抜けることしかなかった。


 どれ位戦い続けていたのだろうか?

 数十分な気もするし、数時間な気もする。

 全滅させたのか恐れをなして逃げたのかはわからない。

 だけど、突然ピタリと襲撃はやんだ。

 俺は気配を探る余裕もなく先を急ぐ。


 森の中での数の暴力。

 単体では俺の方が強い。

 そうだとしても、周囲の状況次第ではこうも翻弄されるものなんだ。

 俺はその時はじめてそう感じた。


 口うるさく言われた事。

 自分の力を過信する事なく、常に周囲の状況を把握し、奢れる事なく冷静に対処しろ。

 今更ながらにその言葉の意味を悟った気がする。


 ヘトヘトに疲れた俺はどうやら方角さえも見誤っているようだ。

 木々が少なくなり岩場が目立つ場所に出た。

 その中の一つに取り合えずは横に慣れそうな横穴を見つける。

 中には何もいない事を確認し、梓を鞘に戻した俺は泥のように眠りに落ちた。


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 その日起きた猿によるアキト襲撃事件。

 猿達の全滅と言う結果で終わった。

 この結末は周囲の村々には嬉しい出来事となる。

 真相が判明し伝わるのはもう少し後の事だ。


 アキトを襲撃した猿。

 紅猿(クリムゾンモンキー)は知能が割と高く、雑食性だが好んで肉を食べる傾向がある。

 今回の群れの数は、推定二百強。

 縄張り意識と仲間意識が強い猿だ。

 その為、群れの仲間が倒された場合は必ず報復すると言われている。


 今回の場合はアキトが最初の三匹を叩きのめした。

 殺さなかった為、に報復相手が簡単に露見している。

 彼のわかりやすい特徴も相まって、襲撃されるに至った。


 しかし猿達は一つだけ重大な事を見逃してしまっていた。

 彼我の戦力さである。

 数の暴力でも、ダメージをほぼ与えられない相手だった。


 もしかしたら猿達も理解していたのかもしれない。

 だが生物本能よりも報復するという種族本能が上回ってしまったのだろう。

 その為、この森に住み着いた紅猿(クリムゾンモンキー)の群れ全滅。

 被害を被っていた森の周囲にある村々にとっては、有り難い出来事となった。

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