003.瘤少女

 俺は再び歩き始めた。

 既に二時間か三時間は経過していると思う。

 森の中は、徐々に暗くなりつつあった。

 最悪帰りは途中で野宿かもしれないな。

 そんな事を考えながら進んでいく。


 不思議と生き物と遭遇しない。

 出会ったのは、むかつく赤い猿が三匹だけ。

 こんなにも森の中だ。

 野生生物の一つや二ついてもおかしくない。

 そう思いながら、そこまで深くは考えなかった。


「くそ? 一体この森は何処まで続いているんだ?」


 更に進んでいく。

 しばらくして、光が見えた。

 木々の切れ目から、明かりが漏れているのだ。


「お? 光だ!? やっとか?」


 森を抜け草原に出た。

 飛び込んできた光景。

 所々に木々はある。

 だけど、今までと比べてその間隔は段違いに広い。

 しかし驚いたのはそんな光景ではなかった。


 三メートルはあろうかという黒い猪。

 前に向いた長い角があった。

 刺されたらただでは済まないだろう。

 その猪の直線状の存在。

 怯えて、今にも泣き出しそうな少女に驚いた。


 白っぽいワンピース。

 何かの刺繍が施されている。

 白い肌で、空のような水色の髪。

 少し尖った耳がちょこんと見える。

 可愛い感じの横顔だ。

 額が盛り上がってるようにも見えた。


 悠長に分析している場合じゃないな。

 状況はよくわからない。

 だけど、猪って奴は確か神経質だったはず。

 警戒心が強いんだったな。


 悪い予想は当たるものだ。

 その猪は少女に突進しだした。

 俺は、足首より下を覆うだけにしていた黒鬼の力を全解放。

 全速力で走り出した。


「間に合え!!!」


 無意識だった。

 だけど、そう叫んでいたようだ。

 その声に少女が微かに反応を示した。

 こっちを振り向く。


 だがその時には俺の目の前に猪。

 鼻先を殴り飛ばしている。

 彼女にどう見えていたのかはわからない。


 猪はそのまま吹き飛んだ。

 木をなぎ倒していく。

 更に岩に激突して動かなくなった。

 昨日からうすうす感じていた事だけど。

 もしかして見掛け倒しとかじゃないのか。


「怪我は無い? 大丈夫か?」


 少女の側で俺は屈んでいる。

 きょとんとしていた。

 額に小さい瘤のようなものが二つある。

 それが、横から見て盛り上がってるように見えたようだ。


「く・・黒髪に・・黒眼・・・く・・く・・く・・」


 まさか俺を見て意識を失った?

 目付きは確かに悪い。

 だけど、気絶される程の不細工ではない・・はず・・。

 なんかわかんないけど、壮絶にショックだ。

 泣いていいですか?

 まじで泣いていいですか?


 そのまま数分間呆然としていた俺。

 しばらくして現実に帰還する。

 やり切れなさとやるせなさと悲しさを抱えた。


 ほうって置く訳にもいかない。

 少女をお姫様抱っこ。

 転がってる猪の側まで歩いていった。


 猪は完全にノックアウトされている。

 っていうか天に召されているようです。

 自分は決して弱くは無いとは思ってた。

 だけど、まさかここまでなるとは予想外ですよ。


 少し離れた草原に少女を寝かせる。

 彼女が目覚めるまで、猪を処理する事にした。

 上半身裸に下もトランクスだけの状態で処理を始める。


 さほど時間を置く事もなく少女は目覚めたらしい。

 第一声は俺を見てあげた叫び声だったけどね。

 うん、第一声がそれって再びショックなんですけど。

 本当泣いていいですか?

 男泣きに泣いていいですか?


 服を着て身嗜みを整える。

 その上で、彼女から少し離れた所に腰を下ろした。

 震える声で何を言っているのか最初は全然わからなかったけど。


 怯えた小さな声で繰り返される。

 何度も聞いてやっと理解した。

 黒き鬼さん、御免なさい食べないでください。

 そんな感じの事を言っているようだ。


「いや、性的な意味なのか食事的な意味なのかわからないけど、食べないよ? 食べるような顔に見えるのかな?」


「えっ? だって・・黒髪に黒眼・・黒き鬼・・」


 黒髪に黒眼でカニバリズム。

 人食いのそんな種族でもいるのだろうか??

 そもそも黒き鬼って何だ?

 いや、言い得て妙っていうか間違ってもいないけど。


「黒き鬼ってのが何なのか知らないけど、俺はこの大陸の人間じゃないからさ・・・・たぶん」


 最後のは独り言だけど。

 どうすればいいんだろう?

 少しは落ち着いたのかな?


「俺は黒牙 晶人(クロガ アキト)って言う名前だ。アキトでいいよ。君の名前は何かな?」


「え・・あ・・う・・リラ・レラ・です」


「リラ・レラか。リラって呼んでいいかな?」


「あ・・う・・・はい」


「とりあえず怪我はないかい?」


 リラは怯えている。

 俺は最大限優しく問いかけているはずだ。

 目付きの悪いのはいかんともしがたいけど。


「え・・は・・う・・だ・大丈夫・・」


 少し余裕が出来たようだ。

 立ち上がったリラ。

 自分の体を少し動かして確認している。


「黒きお・・アキトさん・・助けてくれたです? ありがとう」


「そっか。良かった。そう言えば日本語話せるんだね」


「ニホンゴ? じゃないです。ジャパパネ語です。ある程度知識のあるリラ達小鬼族(ゴブリンゾク)はこれです」


「ジャパパネ語?」


「は・・はい」


「そんな緊張しなくていいよ。本当食べたりしないから」


「うぅ・・そうですか?」


 こんなに怯えられるとはな。

 逆に俺の方が悪いみたいじゃないか。


「そうだよ。ところでリラは何であの猪に狙われていたのかな?」


「あ、アキトさん倒したですか?」


 驚いた顔で猪の亡骸を見ているリラ。

 確かにでかくはあるな。

 だけど、そんな驚くような事でもないと思う。


「まあ、そうゆう事になるかな」


「凄いです。アキトさん。村の人総出で倒すような魔物って聞きました」


「え? そうなんだ?」


 総出がどれぐらいの人数かわからない。

 だけど、相当強いようだ。


「それはともかくとして、どうしてあそこにいたのかな?」


「パパ達に連れられて遊びに来てたです。でも気付いたらはぐれてたです」


 今にも泣き出しそうになったリラ。

 非情に悲しげな顔だ。

 迷子になったって奴か。


「そしてあの猪に遭遇したって事か」


「はいです」


「それじゃリラのパパ達を探さないとだね。リラはどっちの方にいたの?」


「あっちです」


「そうか。それじゃ探そうか」


 そこでリラのお腹が鳴った。

 一気に羞恥心で耳まで真っ赤になる彼女。

 その光景をみた俺。

 ちょっと可愛いななんて思ってしまった。


「まずは腹ごしらえだな」


「・・ご・・ごめんなさい」


「いいさ。あの猪は食えるの?」


「食べれます。一度食べた事あります。おいしかったです」


「そうか。それじゃ、食事をしてから探そうか」


「あ・・え・・は・はい。ありがとうございます」


「リラはそこで休んでていいよ」


 そう言うと俺は放置していた猪の側へ。

 トランクス一枚になった。

 解体作業の続きをする為だ。

 かなり大きな猪だ。

 だけど、食料として持ち帰るつもりもない。

 解体は正直雑だった。


 魔術で無理やり血抜き。

 解体も適当だった。

 食べれれば問題ない。

 言葉の通じる相手と出会えて安堵していたのだろうな。


「無詠唱ですか? 凄い!!」


 怯えた眼差しではある。

 だが、時たま彼女の声が聞こえていた。

 じっと解体する様子を見ている。

 どうも何かに興奮しているらしい。


 周辺にある岩等や木。

 使えるものは何でも使った。

 自作の吊るし焼き器。

 そこに猪の肉を吊るして焼いた。


 肉は悪くないと思う。

 香辛料も何もないただの焼いた肉。

 何か一味欲しくなる味わいだった。


「おいしくはないかもしれないけどな」


 俺の言葉を聞いたリラ。

 それでも、お腹が空いていたのだろう。

 猪の焼いた肉を食べ始めた。


 無言で食べ続ける。

 決して、味の感想は言わなかった。

 俺が聞いても答えない。

 食べている間も、彼女はやはり怯えたままだ。

 これが俺と瘤少女リラとの最初の出会いだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る