[2]

 真壁は3日後の夜、同僚の有村純平と一緒に巡回していた。

 輝くような大通りから枝道へ曲ると、途端に照明がまばらになった。飲食店、風俗店の看板が薄暗く、頭上に連なっていた。

 真壁の方が先に、気づいた。

 街灯から少し外れた場所に、1台のステーション・ワゴンが停まっていた。銀色の車体は、半ば闇の中に隠されていた。ワゴンの傍らに、男が立っている。黒い革のジャンパーを着込み、耳に当てていた携帯電話を、ズボンへしまうところだった。

 通り過ぎる時、真壁は後部座席に、何か白いものを捉えた。若い女性の脚。

「職務質問(バン)、かけるか?」

 有村が、まるで真壁に決定権があるような言い方をした。気にしている間もなかった。真壁は「ええ」と答え、男に眼を向けた。

 おそらく30代。金色に染めた短髪。同じ色と長さの髭を顎一面に生やしている。

「大丈夫ですか?」

 有村が心配そうな声音を作り、男に近づいて行く。真壁は男の傍らをすり抜け、車体の後部座席にすばやく接近した。

 ガラス越しに、女性の横たわる姿が見えた。ベージュのコートから伸びた両脚が、車内の暗がりに消えていた。細いふくらはぎが青白く見える。

 真壁は女性の顔をよく観察しようと、ワゴンの後部を回り込んだ。懐中電灯で、車内を照らした。

 若い女性だった。コートにくるまり、瞼を閉じていた。ブラウンの長い髪。10代にも見える横顔に光を当てると、女性は一瞬、身じろぎした。

「ちょっと」男が声を上げた。「彼女、寝てるんだ」

 真壁は電灯を消した。夜目に慣れ、わずかな街灯の明かりだけで、車内を窺うことはできた。有村と男の会話が耳に入る。

「客待ちです」男が言った。「次の客が決まるまでの間、休んでるんです。事務所?ちょっとここからだと遠いんですよ。名刺?・・・これですけど、戻って休むより、ここでひと寝入りした方がラクですから。彼女、昼は別の仕事してるらしくて」

「無店舗型性風俗の営業開始届は、ちゃんと出してるの?」有村が言った。

「当然です。届出証は、事務所に」

 男は誇らしげに答え、身体検査も気軽に受け入れた。顔見知りだという生活安全課の警察官の名前を口にして雑談を始め、いかにも場馴れした様子だった。有村も、寝入る女性を起こしてまで車内捜索するつもりはないようだった。

 座席を寝床に、女性は少し体を丸めて、コートだけを上掛けに寝入っているように見えた。どこかあどけなさも残る寝顔に、真壁は次第に自分の方が場違いであるように思えてきた。

 男は有村に断ってから明るい場所へ、飲料水の自動販売機へ歩き出した。自販機の明かりに、男の顔色の悪さが映える。厚みのある上着と、痩せた首回りが不調和に見える。

 真壁は再び電灯をつけた。ある予感がしていた。背後から投げつけられた男の怒号を無視して、車内を照らした。

 再び車内に浮かび上がった女性の青白い顔に、見覚えがあった。

 口がわずかに開いている。唇はきつい口紅の色で艶があるように見えたが、その奥の表皮は乾いている。ファンデーションが崩れたのは、たくさんの汗が流れた証左。ゆっくりと瞼が開いた。

 虚ろな眼差しが真壁の方を向いた。未だ夢の中にいるように、ほんの少しだけ女性は微笑んだ。

 そして、震え出した。

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