「ブルー・エトランゼ Blue Etranger」企画書③各話あらすじ

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽



【各話あらすじ】



 第一話「父さんの青い花」



 初めまして!あたしは安藤ルカ。極東の島国の、とある異国情緒あふれる港町に住んでいる、13歳の女の子。母さんはパン屋さんをしているの。そのせいか、いつも早起き。毎朝、港の蒸気船の汽笛の音で目が覚めて、港を見下ろす丘に登るのがあたしの日課。そう。6年前、家を出ていった父さんが帰ってくるのを、こうして一人でずっと待っているの。父さんは園芸家。ブルー・エトランゼっていう父さんの青い花があたしは大好き。ある日、その待ちに待ったあたしの父さん、安藤高志から一通の手紙が届いて……!あたしはその花の種の入った、花びらの押し花が飾られた父さんのペンダントと一緒に蒸気船に乗って旅をすることに。ちょっと怖いけどワクワクする気持ちが勝ってる。そう、とうとうあたしは、父さんを探して旅に出るんだ!




第二話「旅立ちと出会い」



 この蒸気船がどこへ向かっているのか。やっぱり少しだけ不安。「ねぇブルー・エトランゼ。教えてよ……父さんはどこにいるの?」そう呟いたら、後ろから変な人が!? その黒ずくめの服装の女の人は、あたしの独り言を盗み聞きしてたみたい。そのペンダントの青い花の押し花を見るなり、目の色が変わって!「あんた、それどこで手に入れたのさ!? ちょっと見せなよ」——よく見たら、あたしより少し年上くらいの女の子。でもやっぱり黒ずくめのスーツ姿でサングラスをかけた男二人組も一緒にいて。明らかに怪しすぎるんですけど。でもその時、横からあたしの手を取って甲板を走り出した一人の男の子が!「待てェ——!」息せき切ってパーティの人ごみに逃げ込んだ二人。白い子猿を連れたその子は全く動じず、かえって誇らしげにお辞儀して「初めまして!僕はテオドール・シャムロック。ティオって呼んでくれ!」その初めましての挨拶に、あたしはほっとしてにっこり微笑んだの。




第三話「謎の蒸気船」



 そのパーティは、この蒸気船クイーン・リズ号の初出航を大々的に祝ったもので、その主催はケペレル社っていう、今あたしたちの世界で画期的に使われてる、蒸気機関を大々的に船の航海に使ってる会社の社長さんらしくて。でも、あんなに若い人だと思わなかった。推理探偵ごっこ、じゃなくて小さなサーカス団にいるティオは色んなことを推理するのが得意らしくて、この船はミステリーツアーの船なんじゃないかって。そしたら、その若い社長さんが……いつのまに後ろに!? この人もあたしの青い花のペンダントに興味があるみたい。でもダメ。ブルー・エトランゼは父さんの花だもの!眼鏡の奥の瞳がちょっとだけ怖い。でも、誰にも渡さないわ。




第四話「嵐の夜」



 風雲急を告げる、の言葉通り、ちょっぴり追い詰められたかもしれないあたしを、またも庇ってくれたティオ。「……ヤクタ・アーレア・エスト(賽は投げられた)。お嬢さん、君の処女航海に幸運を」そうお辞儀して、ケペレル社の若い社長さんは笑って船を降りてったわ。でも本当に嵐がやってきて。行く先もわからない蒸気船クイーン・リズ号。本当に大丈夫なの? パーティは当然お開き。そしてさっき追いかけてきた黒ずくめのお姉さんと二人組にまたみつかっちゃった。でも、それどころじゃないくらい嵐が酷くなってきて……!それでもあたしは大丈夫だって信じてた。大好きな父さんがきっとどこかで守ってくれてる。でも、オズワルドっていうこの船の社長さんのさっきの笑い顔が気になる。空を覆った真っ黒な雲と激しい雷雨が一晩続いて。冗談じゃないくらい船は傾き、何だか人も減ったみたい。サーカス団の団長やおばさんたちと、はぐれてしまったティオ。船倉で震えながらうずくまって眠るあたしとティオ。そして一人目覚めたあたしは、嵐が去った瞬間、不思議な歌が、どこからか響いてくるのを聞いたの。


 



第五話「地底界アガルタ」



 変なの、どうして?確かあたしたちは蒸気船に乗ってたはず。でも、目覚めたそこは夜行列車の中で、その薄暗闇の中、時折外で定期的に光る青い光に目を凝らすと、これは地下鉄なんだって思った。ガタゴトと揺れるその寝台車の中で、あたしとティオはまだ夢でも見てるのかなって。その時、どこからともなく声をかけられて。「おめざめかい?お嬢さん」その声の主に振り返ると「こっち、こっち」見上げると、ふわふわした綿帽子みたいな何かが目の前に浮いていて。びっくりしたわ。だってその綿毛が喋ってるんだもの!「僕はルルド。この世界の聖虫だよ」この世界?あらためて外を見ると、もう夜が明けたのか、それとも地下を抜けたのか、朝陽が差していて……。「ここはアガルタ。僕たちの世界、地底界アガルタさ」その言葉に、あたしとティオはもう一度驚いたの。




第六話「蒸気機関車の船長」



 ここは地底の異世界、アガルタ。そして蒸気船に乗っていたはずのあたしたちは、いつのまにか不思議な蒸気機関車に乗っていた。ルルドっていう喋る綿毛の妖精にもびっくりしたけど。どうして!? ティオの得意の推理探偵ごっこも、さすがにこの事態を予測できなかったみたい。「君たちは選ばれてここに来たんだよ」そのルルドの言葉に、あの嫌なケペレル社の社長の笑い顔が思い浮かんで思わず頭を振ったわ。まるでいつでもどこかで見られてるみたいで……。地底だなんて信じられない。だってここには太陽もあるし、日の光も射してる。でも少しだけ寒い。ここは今、冬なの?「ちょっと違うね」ルルドに連れられて、あたしたちは先頭の機関車へ。そこで待っていたのは無口でいかにも不機嫌そうな、この船のいかつい船長さんだった。




第七話「甲虫蒸気艦ヴィンダリア号」



 何だか招かれざる客みたい。思わずそんな感想がこぼれるほど、この蒸気機関車の船長さんは、ものすごく不機嫌そうだった。そのしかめっ面を見ていると、この列車が決して楽しい旅をするためのものじゃないってことが薄々分かったの。蒸気機関車なのに船長?「——甲虫蒸気艦ヴィンダリア。それがこのふねの名前だ」やっと喋ってくれた船長の口から出た、この不思議な蒸気機関車の自己紹介。そうしているうちに、ものすごい轟音が列車の外で響いて、あたしとティオは悲鳴をあげることに。「スズメバチだ」その船長の言葉に冗談なの?って思ったけど、決してそうじゃなかった。「スズメバチは君たちの地上から来たギャングみたいな連中さ」……招かれざる客って、あたしたちのことじゃなかったみたい。ルルドに説明されて、あたしはそう納得した。




第八話「働き蜂の青年」



 スズメバチの尋常でない攻撃に思わず震えあがった、あたしたち二人。でもヴィンダリア号の装甲は、そんなものに動じないくらい厚いんだって身をもって知ったの。「客席には無限シールドのバリアもあるからね」ルルドもまるで毎度のことのように涼しいカオ。そして反撃。ああっ!? この機関車には砲塔もあるみたい。嘘みたいな轟音がまたしても響いて閃光がほとばしる。でも外でスズメバチを攻撃してるのは、ヴィンダリア号だけじゃなかった。空を飛ぶ不思議なまるい形をした何かに人が乗っていて。「あれは働き蜂さ。働き蜂7人衆ラプトのヴィマナだよ」そのルルドの説明に被るように、誰かの声が胸の中に聞こえてきたの。いいえ、それは会話?《——ヴィンダリアが還ってきたからって。ちょっとダリアン!》《お前のやり方に付き合っている暇はないな……シェスカ》甲高い女の子の声と、そして低い声。まるで喧嘩でもしているよう。それでもその的確な攻撃が、次々とスズメバチの飛行艇を後退させていくのが分かった。ダリアンという働き蜂の青年がリーダーを務めるラプト。でも彼らは決して仲間同士で仲がいいって訳じゃないみたい。




第九話「マリー姉さんとの再会」



 「ちょっと何なのよ!?」間近に耳に響いてきた、新たな甲高い声にあたしとティオは振り返る。いつのまにか黒ずくめの衣装は脱いで、ちょっと派手目なドレスに身を包んだ上流階級のお嬢様。けど、その赤毛の大きな瞳の人には見覚えがあった。そう、あたしのブルー・エトランゼを狙ってた、例の怪しいお姉さん!あっ、あんた!赤毛の姉さんは、あたしを見つけるなり、また大きな声をあげて。「このマリー・ゴールドねえさんを舐めんじゃないわよ!」思わず胸元に隠したペンダントをギュッと握るあたし。「ルカ!」お供の二人組もいて、ティオも身構えたけど、ここアガルタで怖いものなんて、もっと全然他にそれらしいものがあるらしかった。……働き蜂のラプトは彼らの母艦ウルティマ・トゥーレに還って行き、つかの間の静寂が訪れた。




第十話「女王蜂の姫」



 この甲虫蒸気艦ヴィンダリア号には、さっきまで蒸気船にいた人たちが、たくさん乗ってた。マリー姉さんやそのお供の二人組も、その中の何人かだった。そして、あたしやティオも。「この船は、どこに行くの?」不思議な綿毛の聖虫ルルドは「君のそのペンダントがきっと答えてくれるよ」とだけ言ってウィンクした。ブルー・エトランゼ……。一人またそう呟いたら、どこからともなく鈴のような声がした。「あなたはその花の種を持っているの?」見上げると、そこに立っていたのは、まだ小さな可愛らしい女の子。けれど綺麗な銀髪を左右でふんわり束ねて、どことなくお姫さまみたいな佇まいの品のよいドレスを着た……。そしてそのお姫さまみたいな気品のある女の子はもう一度言った。「あなたは、あなたのお父さまを探しているのですね?」えっ。あたしは思わず言葉をなくした。




第十一話「養蜂家」



 あなたはミツバチを飼ったことある?あたしはないわ。だって蜂って刺されたら痛いでしょ。でもミツバチは何かしない限り、刺すなんてことはしないんだって、どうして気づかないんだろう。「それは“終わり”を意味するのです」シャルロッテと名乗った、お姫さまみたいな幼い女の子はそう言った。そして哀しそうに目を伏せて。「この世界がどうして当たり前に存在しているか知っていますか?」その澄んだ青い瞳に吸い込まれそうになる。……あなた方の地上世界の太陽は回り、昇って沈む。それは当たり前の自然の摂理。けれどこのアガルタの太陽はそうではないのです。「私たち蜜蜂は、養蜂家に飼われています。その造りものの太陽を動かし、この世界のすべての命を当たり前に育むため」このお姫さまは、決して冗談なんか言ってない。あたしはそう確信した。ブルー・エトランゼ……。あたしの胸元で揺れるペンダントの中で、その花の種が何かを囁いたような気がした。




第十二話「逃亡の反逆者」



 甲虫蒸気艦ヴィンダリア号は、定められた規定のレールに乗り、定められた規則によってあらかじめ決められた場所へと向かって走っている。あたしたちはどこに行くの?でもその“当たり前”にその人は反旗を翻した。船長。その人は、この艦の操舵者にして自由な羅針盤。「ポイントさえ切り替えれば、どこへだって行けるのさ」相変わらずルルドは涼しいカオで言う。でも、あたしはどこへ行きたい?そんなの決まってる。父さんのいる場所!——じゃあどっちに行くか、君が決めればいい!どっち?……わからない。するとルルドは小さな体のどこに隠していたのか、大きな羽を蝶みたいに広げて、差し出したあたしの花のペンダントに不思議な光る粉を振りかけたの。そしたらロケットの中で眠ってた種が、いきなり芽吹き……ブルー・エトランゼの花が、あたしの目の前で花ひらいた!『——チルチルミチル、デクストラ、シニステラ』そのルルドの不思議な呪文の言葉を自然とあたしの唇も追いかけて……。「幸せは、どっち?」そう、あたしたちは逃げるんじゃない。そして何も悪いことなんかしてないわ。




第十三話「追撃と降伏」



 それでも、養蜂家は追いかけてくるのでしょう。養蜂家ハイデンシーク。汚れた咎をこの世に持ち込み、隠された罪を暴くもの。女王蜂シャルロッテは、そのハイデンシークに飼われていた。けれどそれは、ここアガルタの生けとし生けるものの命を育み守るため。でも何かが違う。「……あなたのお父さまは」姫は、あたしの父さんのことを知ってるの? そうしている間に、昨日のヴィマナが爆走するヴィンダリアを追いかけてきた。働き蜂だ。《降伏か、死か。どちらかを選ぶんだな——》なのに働き蜂のヴィマナはさっきみたいに攻撃してこない。「ダリアンは私がここにいることを知っているのでしょう」シャル姫の言葉通り、働き蜂のリーダーは何かを勘づいているのか、ただ執拗に追いかけてくるだけ。けど。「いつかこの艦は力が尽きる。その時を待っているのだろう」重々しい足取りで、船長が客席に入ってきた。


 



第十四話「再び地上へ」



 そう燃料切れ。あたしたちの地上世界の蒸気機関を、このヴィンダリア号も搭載していた。そうなると嫌でも地上へ戻らなければならない。そうやってこの甲虫蒸気艦は、いつも地上と地底を行き来してるんだ。でも、そうしたら。ダリアンはその前に女王蜂を奪還するつもりだった。それが証拠に、ダンッ!という大きな音を立てて、その働き蜂の青年が艦に乗り込んできた。「ふっ……養蜂家ハイデンシーク。笑わせるぜ」船長のその含み笑いに、不敵なものを感じて、あたしは思わずぞっとする。ヴィンダリアはまるで吸い寄せられるように地下の坑道に滑り込んで行く。そしていつしか地底湖へ。アクア・ヴィーテ、生命の泉だ。すると辺りがまばゆい光に包まれて。あたしたちは、いつしか本当に眩しい空と太陽の真下にいた。蒸気船クイーン・リズ号に戻った艦は、真っ直ぐある港へ寄港する。そこで待っていたのは、あのオズワルドだった。




第十五話「オズワルドの掌」



 「また会ったね、お嬢さん」涼しげなマスクを眼鏡の奥の瞳に宿した、青年CEOオズワルドが、あたしたちを出迎えた。あたしもティオも再び警戒する。でも「彼女はどうするんだね?」そうオズワルドに指摘されて、初めて息も絶え絶えなシャル姫に気がつく。地底の、しかも女王蜂は、地上の日光の下では長く生きられない。「大丈夫!? シャル!」思わず姫に駆け寄るあたしとティオ。……あたしたちは、おとなしくオズワルドに従うしかなかった。船長は勿論、マリー姐さんたち一行も拘束されてしまう。オズワルドは何もかも見透かしているみたいだった。そう、あたしのペンダントの秘密も。「ブルー・エトランゼ、素敵な名前だね」とても気に入ったというように、含み笑いの中から青年CEOは呟いた。




第十六話「聖なる命の花」



 皮肉にもオズワルドの施した処置によって、シャルロッテは一命を取り留めた。でも。「不老不死の女王蜂も、地上に出たらまともに生きられない」……だが。この聖なるラズリの花の蜜さえあれば。オズワルドの手の中の青い液体の入った小さな小瓶がキラリと光る。あっ!ブルー・エトランゼ。ラズリの花?オズワルドの背をみつめながら、その後ろの壁にかけられた一枚の花の写真に釘づけになる。それはあたしの父さんの花だった。「15年前、彼女は地底を抜け出した。そう、君のお父さんに手引きされてね」父さんが!? オズワルド。彼は父さんの何を知っているっていうんだろう。「養蜂家は花を盗んだ雄蜂を許しはしない。が、それもアガルタの掟だ」訳知り顔で言う、彼の眼鏡の奥の瞳がキラッと光る。蒸気船、そしてヴィンダリア号。やっぱり何もかも知ってるんだ。じゃあ、この人は——?




第十七話「不実の恋」



 働き蜂であるダリアンは、ヴィンダリアが地上へあがる直前、自機ヴィマナに収容されていた。が、その時『シャルロッテ……!! 』その声が、胸の奥深くまで痛いほど響いたのをあたしは覚えてる。「なんだ、恋なんだね?」あたしより少しだけ沢山年上のマリー姐さんがにっこりして呟いた。「恋……恋かぁ」ティオも、そしてマリーのお供の二人、フランドとフィロも思わず赤面する。病室をお見舞いした時、シャルロッテと少しだけ話をした。父さんのこと、母さんのこと、そして、このブルー・エトランゼの花のこと。ふっとため息をつきながら、彼女は言った。『……そうですか。私は、私には。あなたのような家族はいません。けれど深く信頼している人なら、います——』でも。誰が誰を好きになろうと、かまわない。それでも世界は、そんな二人の邪魔をどうしてするの?誰もが幸せになる価値がある。そう、誰もが。あたしのその言葉を、少しだけ開いた扉の向こうで、オズワルドがそっと聞いていたのも知らず。そしてあたしたちは、再び地底界へ潜ることに。今度は“彼”の主導で——。




第十八話「犠牲と繁栄」



 「アガルタの鉄道レールを走る、甲虫蒸気艦は、全部で7隻。知ってた?これって働き蜂7人衆と同じよね。というか、それぞれのヴィマナが各々の蒸気艦とリンクしてるの」「僕の推理によると、実は彼らはそれぞれの機関車の車掌さんなんだ。だっていないよね?車掌さん」「ティオ、それちょっと違う。切符はいらないのよ!」「えー全然知らなかったよ!」



 ……そう、あたしは知らなかった。ダリアンたちの心臓が、それぞれの蒸気艦に埋め込まれているだなんて。《俺たちの命は所詮、操られ縛られた命なんだ——俺たちには自由はない》それならなぜ、あなたたちは死に物狂いで女王を守るの? 再び地底へ戻ったヴィンダリア号は、養蜂家の包囲網の中にいた。それを突破すべくオズワルドは船長に命じたけど。船長は「親不孝だな」と、鼻で笑った。既にダリアンは不実の罪に問われ、養蜂家に囚われていた。リーダーなきまま働き蜂らは、あたしたちの乗ったヴィンダリアを追う。あたしたちはダリアンの心臓を抱えて走っているの。だから、誰も死なせやしない。



 ヴィンダリア、スカラバエウス、リンデンバウム、マグノリア、そしてコレオプテラに、カレンデュラ、セレステラ。すべての艦が各々の運行法則に従って、アガルタの不毛の大地を走る。それは、何のため?命は一体、何のためにあるの。その答えはすべて、あの人工太陽が知っている。




第十九話「世界の秘密」



 アガルタには大小様々な浮島が中空に浮いていた。そして時折、豪華客船のように立派なヴィマナが悠々とどこへ往くのか、うっすらともやのかかったような光の中を滑っていく。「私たち女王蜂の巣房の王台のある城も、その中にあります」養蜂家の包囲網を突破し、落ち着きを取り戻したヴィンダリア号に揺られ、姫が言った。そして彼方にぼんやりと輝く人工太陽。「私たち?」ええ、私には双子の妹が……。意外だった。女王が双子だったなんて。「ヘルミナシオンは、また怒っているだろうな?」オズワルドが面白そうに言うと、シャルロッテは俯いて沈黙した。《……そう、私はまた逃げ出した。でも今度は違う——》姫のその心の声に、あたしはあたし自身にできることが、何かあるのだと知った。そして父さんも。すると、ひときわ高く長く汽笛を鳴らしたかと思うとヴィンダリア号が停止した。その前方から、さっきの客船みたいな大型ヴィマナが方向転換してこちらへ向かってきた。




第二十話「好きになる人」


 


 働き蜂のダリアンがそっと付き従うように守りながらシャル姫の横に立つ。そしてあたしはティオと。オズワルドは、あたしたちを養蜂家に取り次いでくれると言う。そう、もう逃げも隠れもしない!大型ヴィマナに乗り込むあたしたちを、ヴィンダリアのデッキで船長が敬礼して見送る。——が、それはオズワルドの策略だった。罠に嵌ったあたしたちは、まんまと養蜂家に囚われてしまう。あたしは父さんを返して欲しいだけ! かつて花盗人だった雄蜂は6年前、再びこの天空の城に還ってきた。そう、それはシャルロッテたち蜜蜂をこのアガルタのことわりから解き放つため。そしてブルー・エトランゼが地上で花開いたあの日、すべてが新しい時を刻み出した。でも……。気を失ったあたしは一人城の塔に軟禁されて。目が覚めると、オズワルドが目の前にいた。そして彼の本当の名前を、あたしは知る。



「ラズワルド・ラズリ……」「そう私の名だ」ラズリ。ブルー・エトランゼ、その花の名前が……。その花を名前に持つ彼は、すべてを語り、すべてを悟って、この世界の王ともなれる存在だった。「この花は君に捧げるもの……そして君は」




第二十一話「新しい女王」



 キスなんて、まだしたことないのに。当たり前だ……。ぬけぬけとあたしの唇を奪ったその男は、勝ち誇った少年のように悪戯っぽく笑った。思いのほか、眼鏡を取ったそれが優しくて、あたしは心ならずも赤面してしまう。その瞳の色は、心を幻惑まどわせる透き通った青紫――。「君は言った。誰が誰を好きになろうと、かまわないと」後ろ手に椅子に縛られた手が痛い。そうじゃない!父さん、助けて。まるで何かを失ったように、あたしの瞳から涙がこぼれた。でも、あたしには何となく分かってたの。この人が何を心に隠しているか。それは優しいお母さんの面影。あたしと同じだ……。まるで昨日のことのように覚えてる。あたしは、父さんを失ってなんかいない!「それでも罪は罪だ。犯した罪は誰もが償わなければならない」女王も、そして働き蜂も。花盗人の雄蜂も。そして——養蜂家も。新しい女王が、誰になろうと。




第二十一話「姉と妹」



 ヘルミナシオン。女王蜂シャルロッテの双子の妹。やはり彼女は怒っていた。というより、納得のいかない気持ちの激しさを、ただ姉に向けていただけ……嫉妬。まだ幼い頃に女王になると、シャルロッテの成長は止まってしまった。そう、アガルタの呪い。それだけ彼女の女王としての力は絶大だった。なのに自分だけが歳を取っていく。おかしな双子の姉妹だとヘルミナシオンは思った。幼子の姿のままの姉に勝てない。なのにシャルロッテは何もかも優遇される。あの日も「姉さま、どうして戻ってきたの!?」そう姉を詰った。そして今も——。シャルロッテは罪を犯した。前科があるのに、またしても罪を犯した。絶対に許さない!それは決して許してはならないことなのだ。その胸の内にくすぶる蒼いほのお。それは、姉への想いなのか、それとも自分自身への侮蔑なのか。




第二十二話「闘い」



 一つの巣房に、二人の女王蜂は要らない。同じ巣房の王台に二人の女王が生まれる場合、どちらかが巣分かれするか、戦ってどちらが女王に相応しいのか決めなければならない。でもヘルミナシオンは、今度こそシャルロッテが逃げることを許さなかった。「もう逃げるだなんて言わせない!姉さま」——戦う?この私が。ヘルミナシオンと。その日のために二人の背には、いつか大きく広げ宙空を羽ばたいて、相手を圧倒するための羽根がしまい込まれていた。まだ病み上がりの姉姫と成長して身体的に勝る妹姫の力は五分五分。そして気持ちの上でも、妹は姉を上回っていた。どうして私はヘルミナシオンと戦わねばならないの。それが私の犯した罪への贖罪だから?短剣を手にした指先が震える。愛してはいけない人を愛して、失ってしまいたくない妹との絆を汚した。そう、私は女王になど相応しくないのに。きっと聖なるラズリの花は、何がよいことで何がいけないことなのか知っているのでしょう。だから私は……。「——シャルロッテ!!」彼女がその切っ先を自分の胸元にあてがった瞬間、あたしは大きな声で叫んだ。




第二十三話「太陽と月と」



 生か死か。どちらを選ぶか。そんなの決まってる。太陽と月、どちらかを選ぶとしたら、あたしは間違いなく、太陽を選ぶわ。でもダメ。シャルロッテ、死を選んでは——! 甲虫蒸気艦と7人の働き蜂は、アガルタの生けとし生けるものの命を守るために存在してた。たとえそれが、地上の人々の命を狩ることだったとしても。だけど……アガルタの太陽は偽りの月だった。あたしの父さんは、その偽りの命の循環を絶とうとした。やはり黄泉の国に太陽は輝かないの?……ウィータエ・アエテルナエ《永遠の生》。決して死ぬことのできない彼女は、この世界では生きることもできない。それは自分自身が望んだことではないから。そしてラズワルド、あなたも。この世界であなたは、何を望んでいるの?あなたの父上は、養蜂家は、このアガルタ世界の存続を願った。だから汚れた罪に自らの手も染めてきた。でも、あなたは。月の光の中では、人も蜜蜂も、生きられないのよ。——でも、まだきっと迷っているのね。だったら……あたしが決めてあげる。



「チルチルミチル……デクストラ、シニステラ。幸せは、どっち?」




第二十四話「父さんの真実」



 あたしの父さん。大好きな、父さん。夢にまで見た父が、そこにいた。太陽の日の光の中、キラキラ輝く真っ白なシャツ。日に焼けた褐色の笑顔。あの日のままの光景が、目の前で瞳の奥のスクリーンに映し出される。青い旅人、ブルー・エトランゼ。その旅の終着点が、今ここに——。



 あたしはきっと、今まで夢を見てたのね。長い長い夢だった。父さんは、幼い頃に別れた、あたしの恋人。きっとずっと将来、父さんと結婚したいと真面目に想ってたんだ。でもダメ。あたしはずっと一人叶わぬ夢を見ながら、旅をしてたのね。父さんがアガルタの人間だったとか、王家の雄蜂だったとか、そんなことはどうでもいいの。あたしのこの青い花の魔法は、父さんと結ばれるためのものじゃない。きっと他の大勢の誰かを幸せにしてあげるためのものだったの。それが今、わかったわ。



 アガルタの太陽は、太陽に生まれ変わった。それが、あたしが望んだことだから。そして闇に囚われていたアガルタの人々も、いつしか光の中よみがえった。アガルタの不毛の大地にも新たな緑の芽生えが。心から皆が願ったことは、絶対に叶うんだ。あたしは身をもってそのことを知ったの。そして呪いに囚われていた女王蜂のシャルロッテ姫も、蛹から蝶へ生まれ変わるように、美しい大人の女性に。そして父さんの兄さんで、実は、あたしの叔父さんだった船長は、以前と変わらずアガルタの人々を乗せ、よみがえった緑の大地を往く蒸気艦に。でももう勝手に機関車を暴走させないでね? ルルドはヴィンダリアの車掌さんになったみたい。そして王家の谷には、今もひっそりと、ブルー・エトランゼの花が風にそよいで。まぼろしみたいな、あたしの旅も、終わったのね。




第二十五話「家族の肖像」



 ティオ、あたしをずっと守ってくれて、ありがとう。そしてマリー姉さん、船長と、お幸せに。そんなに泣かないで、ティオ。泣いてないって……?わかってる、わかってる(微笑んで)。サーカス団のおじさんやおばさんも皆、無事でよかったわ。シャルロッテ、ダリアンをもう離しちゃダメよ。成長したあなたはもう、女王蜂でも何でもないんだから。そして働き蜂のギース、ラヴァエル、カナリア、ペルセポネに、シェスカ、ヴィラド。自らの心臓を取り戻して、皆、故郷に帰ったのね。



 蒸気船に乗って、あたしと父さんは、母さんの待つあの懐かしい故郷ふるさとの港町へ帰るの。毎朝、母さんとパンを仕込んで、そして花を飾った窓辺で父さんが微笑んでるの。そう、あたしの家族。何ものにもかえがたい、あたしの故郷ふるさと。誰の心の中にもある、その一枚の家族の風景を忘れないで。きっとそこが、あなたが一番最後に還る場所だから。……幸せの青い花は、ずっといつも、あたしの心の中で咲いていたのね。それは実体のない幻なんかじゃない。いつの時代、どの世界でも、たぶん変わらないわ。




第二十六話「ブルー・エトランゼ」



 ——そして時は流れて。あたしは大人になった。故郷の町で、パン屋さんになってもよかったし、お花屋さんをやってもよかったんだけど。留学先の大学から戻ったあたしを、待っていてくれた人。空港の吹き抜けのロビーの出窓で一人背を向けて。あの日のキスは、まぼろしのキス。そして贈られた指輪も、将来の約束も、ずっと保留のまま。好きになったんじゃなくて、好きになってあげた人……でも。少しだけ、心変わり。



 「ラズ……(いいえ、)オズワルド!」「瑠花(ルカ)……!」眼鏡の奥の優しい瞳が、ちょっぴり潤んでる。そんなに見つめないで。もう、どこにもいかないわ。7年も待ったって……焦らないで。きっと立派な奥さんになってあげるから。少しだけ歳を取ったその人は、あの時よりずっと素敵になって。思わず少女みたいにはにかんで、肩に差し伸べかけた、薬指に指輪をはめた左手を隠したの。


 (終わり)




【2018.Project ANIMA キッズアニメ・ゲーム部門および

 2019.東映アニメーション100年アニメプロジェクト応募作品】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る