第十二章 幾層もの謀略

 天翔学園高等部につどった異能者達。彼らはこれからどんな戦いを始めようとしているのか。


(最初に感じた能力者の力は、意図せず漏らしたもののようだったけど、次に私の追跡トレースを妨害したのは、明らかに敵意があった)

 化学の授業を終え、教室に戻る道すがら、道明寺かすみは深刻な表情で考え込んでいた。

「かっすみちゃーん、お顔が怖いよお。美少女が台無しだよお」

 歩く能天気の横山照光が愛想笑いをしながら言う。しかしかすみには横山の言葉は聞こえていない。

「道明寺さんに近づくな、全身セクハラ男!」

 その横山の旋毛つむじを的確に捉える五十嵐美由子の教科書の角。

「いでで!」

 油断していた横山は回避も防御もできずに直撃を受けてしまった。

(横山、少しは五十嵐の殺気を感じろよ……)

 親友の風間勇太は心の中で横山を哀れんだが、その勇太も、自分に浴びせられるたくさんの視線を感じていない。

(バカ勇太)

 一つは幼馴染みの桜小路あやねの視線。彼女は勇太がかすみを見ているので、まさしく彼を射殺さんばかりの鋭い目つきで睨んでいる。そしてその他の視線は、あやねに気がある男子達のものだ。

(風間、桜小路さんと幼馴染みなのをいい事に!)

 殺気の籠った男子達の視線を勇太が気づく事は永遠にないと思われた。


 職員室に戻った坂出は、ジャージのポケットの携帯が震えるのを感じ、廊下に出た。周囲を見渡して人がいないのを確認した上で、携帯を取り出し、通話を開始した。

「先程は申し訳ありません、ボス」

 坂出は緊張した面持ちで謝罪した。ボスが何かを坂出に伝えている。坂出の顔が強張こわばった。

「やはり、あの力が千里眼クレヤボヤンスの能力者のものなのですか……」

 坂出の額に汗が滲む。ボスは更に何かを告げた。

「まさか……。あいつがそうなのですか?」

 ボスが坂出の返答に何かを返した。

「あ、いえ、ボスの判断を疑う訳ではありません。只、彼女とは何度も言葉を交わした事がありますが、全くそのような気配がありませんでしたから、意外に思ったのです」

 坂出はボスの怒りを鎮めるために必死に言い訳した。

「自分に勝てるでしょうか? あの力があいつのものならば、レベルが違う気がします」

 坂出はボスから、かすみの命を狙っているのは三年生の手塚治子だと教えられたのだ。彼女から一度も能力者の力を感じた事がない坂出はボスの言葉に驚いてしまったのだ。

(手塚は成績優秀で、生徒会長も務めるほどの生徒だ。しかも、男子ばかりでなく、女子にも人気があり、それでいて万事が控えめ……。まだ信じられない)

 女子生徒の中には、「マジキモい」坂出に挨拶をしない者もいたが、治子はそんな事はしない。坂出の中でも好印象の生徒なのだ。

(俺には手塚の能力を感じる事はできないが、さっき廊下で放たれた殺気の籠った視線が彼女のものだとすれば、見事なまでに周囲を欺いているという事だ)

 坂出は額から落ちる汗に気づき、ハンカチを取り出して拭った。

「え?」

 坂出はボスから勝利した暁には褒美を与えると言われた。

「私が一番望んでいるもの、ですか?」

 そう言われ、坂出は顔を紅潮させた。するとボスがまるで坂出の心を読んだかのように彼の望むものを口にした。坂出はボスに心を読まれている気がして背筋が凍りつきそうだった。

(新堂先生……)

 ボスは坂出の憧れの人である新堂みずほを坂出に褒美として与えると言ったのだ。

(普通の人間にそんな事を言われても信用できないが、ボスならできる……)

 坂出は以前、ボスが他人を意のままに操るのを見ているのだ。もし、治子に勝利する事ができれば、ボスがみずほの心を操り、坂出の恋人だと思い込ませるのも可能なのである。

「わかりました。必ず手塚を倒します。道明寺は守ってみせます」

 坂出は力強く応じた。するとボスは坂出の健闘を祈ると言い、通話を切った。

(手塚治子……。必ず倒す)

 そしてまた、坂出自身もボスに操られ始めているのに気づいていない。


「悪い方……」

 そのボスは応接室で治子と向かい合ってソファに座っていた。

「お前も真剣に戦え、治子。これは最終試験だ。坂出は無能だが、奴の発火能力パイロキネシスは相当なレベルだぞ」

「ご心配には及びませんわ。私と坂出先生とでは、大人と子供くらいの開きがあります」

 治子はボスの隣に密着して座り、ボスに顔を寄せた。ボスはそんな治子の顔を撫でながらフッと笑い、

「では、お前が勝ったら、何が欲しい?」

 ボスの問いかけに治子はクスッと笑い、

「決まっていますわ。私が欲しいのは愛です」

「それはもう与えているだろう?」

 二人は唇を重ね、貪るように吸い合った。


 その頃、保健室では、治子に歯を折られた女子生徒が中里満智子の治療を受けてベッドに横になっていた。

「一体どんな転び方をすれば、ここまで口の中を切れるんだ?」

 中里は消毒液を片づけながら尋ねる。

「階段で顔から転んだので……」

 消毒液が染みるのをこらえながら、その女子生徒は応じた。中里は彼女の氏名とクラスが書かれたカルテを見ながら、

「二年一組、片橋留美子。身体能力に優れていると聞いているぞ。転んで怪我をするような事は考えられない」

 中里は留美子の顔を覗き込むように見た。嘘を吐いているので、留美子は思わず目を伏せてしまう。

「なるほどな。言えない理由があるのか。まあ、いい。お前がそれでいいのなら、私はこれ以上立ち入らない」

 中里はカルテに何かを書き込んでからもう一度留美子を見る。

「出血は止まった。次の授業は出席しても大丈夫だろう。階段には気をつけるようにな」

 中里は微笑んで言い添えた。

「あ、ありがとうございました」

 留美子はベッドから起き上がると中里にお辞儀をし、そそくさと保健室を出て行った。

「どうしたものかな……」

 中里は仮にも保健の先生。留美子の怪我の本当の原因を見抜いている。

(あれは力任せに蹴り上げられたものだ。階段で転んでもあそこまで歯茎は切れないし、前歯も折れたりしない)

 彼女は脱脂綿を敷き詰めたペトリ皿の中の縦に二つに折れた血塗れの前歯を見た。

(両手を縛られて階段から突き落とされたのでない限り、通常人間は庇い手を出す。この折れ方は、それがなかった場合のものだ)

 中里は誰が留美子の顔面を蹴ったのか、興味が湧いた。

(いじめなのか? しかし、そういう噂は聞かない。片橋の歯を折ったのは何者だ?)

 中里は眉間に皺を寄せ、考え込んだ。


 天翔学園高等部の正門の近くに季節外れの黒いフロックコートを着た長身の白人男性が現れた。坂出とやり合い、かすみを襲撃した謎の能力者のロイドだ。

(カスミ・ドウミョウジ……。お前の周りに血の臭いが漂っているぞ)

 何も見ていないような目を校舎に向け、ロイドはかすみの居場所を探っていた。


「む?」

 ロイドの出現は、ボス、治子、坂出にも感じられた。そしてかすみにも。彼女はちょうど教室に入ったところだった。

(ロイド、何しに来るつもり?)

 かすみにはロイドの意図が読めない。

「かっすみちゃーん、またお顔が怖いよお」

 懲りない男の代表格である横山が言った。今度はかすみにその声が届いた。

「そう? ごめんね、横山君」

 彼女は苦笑いをして横山を見た。

「わあお、僕の名前を覚えてくれたんだね、かっすみちゃーん」

 横山はわざとらしく泣く真似をしてみせた。

「バカ」

 美由子は呆れてしまって、殴る気力も湧かないようだ。

「何か心配事があるの?」

 勇太がかすみに近づく前にと、あやねが先手を打って彼女に尋ねた。かすみはあやねの嫉妬の炎を感じて、

(桜小路さん、怖い)

と思ったが、

「ちょっとね」

 そう言って微笑むと、席に着いた。あやねは何か言いたそうにかすみを見ていたが、やがて自分の席に座った。

(何かが起ころうとしているの?)

 学園全体を覆い尽くしそうな様々な人間の複雑な思惑を感じ、かすみは混乱していた。

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