第三章 戦いの幕開け

 道明寺かすみは転校の翌日には彼女のクラスばかりでなく、天翔学園高等部の全学年の男子の注目の的になっていた。それもこれも、彼女の高校生離れしたスタイルのせいである。しかも、かすみはクラスの担任である新堂みずほの期待も虚しく、高等部の庶務課から渡された制服を着て来たのはいいのであるが、ローズピンクの制服のスカート丈をこれでもかというくらい詰めており、ムチムチしている太腿を剥き出して学園に姿を現した。

「何なの、はしたない」

 職員室の窓からかすみの短いスカートを目に留めた年配の女性教師が憤懣やる方ない顔で呟く。

「いいではないですか。彼女の格好は嫌らしさがありません。健康美を象徴するような素晴らしい脚線ですよ」

 そう言って隣に立ったのは、天翔学園のトップである天馬てんま翔子しょうこ理事長である。彼女はまだ二十代後半であるが、才気溢れるやり手の経営者で、並み居る競争相手を押し退け、学園に就職してわずか五年で理事長の座に就いたスーパーレディなのだ。温厚そうで気品に溢れた美人で、マロンブラウンの髪をショートボブにして、パステルピンクのスカートスーツにシルバーホワイトのブラウスを着込んだエレガントな女性である。

「あ、理事長」

 年配の女性教師は穏やかに微笑む天馬理事長の存在感に圧倒され、そそくさと退いた。

「その通りですね」

 天馬理事長にまるで腰ぎんちゃくのように付き従っているのは、教頭の平松誠だ。昨日は、みずほに、

「彼女のスカート丈は我が学園の校則に明らかに違反していますがね」

と言っていたのを忘れたかのようである。職員室の男性教師達は理事長の美しさとスタイルの良さにウットリしているが、女性教師達は羨望と嫉妬が入り交じった視線を向けている。

(さすが理事長先生だわ)

 みずほも密かに理事長に憧れている一人だ。しかし、彼女は決して女性が好きな訳ではない。と同時に、

(本当に節操がないわ、ナルシスト教頭は!)

 平松に敵意を向ける。理事長と教頭が職員室を出て行くと、安堵の溜息があちこちで漏れた。

(いきなり現れるから、びっくりしたぜ)

 かすみに敵意を持っているらしい男性教師の坂出充も二人が出て行くと溜息を吐いた。


 かすみは職員室での出来事を知ってか知らずか、玄関でローファから上履きに履き替えていた。

「おお!」

 下駄箱の陰から、かすみの脚に見とれている風間勇太と横山照光の頭をクラス委員の桜小路あやねとその親友である五十嵐美由子がゴンと拳で殴った。

「いて!」

 結構強く殴られた二人は涙目であやね達を睨んだ。

「何するんだよ!?」

 横山が怒鳴った。すると美由子が振り返り、

「スケベ!」

と言うと、ベーッと舌を出した。

「おはよう、勇太君」

 かすみが微笑んで勇太に挨拶する。彼女はあやね達と勇太達のやり取りを全部把握しているが、そんな素振りは微塵も見せない。勇太はかすみの顔を見ないで胸元を見ている。横山も右に同じである。

「お、おはよう」

 勇太がかすみと話しているのに気づき、あやねがムッとした。

「もう一発殴ってくれば、あやね?」

 美由子がニヤニヤして言うと、あやねは、

「あんなスケベ、知らない!」

 動揺しながらも強がりを言い、ズンズン階段に向かって歩いて行ってしまう。美由子はそれを見て肩を竦めていたが、

「かすみちゃーん、俺の名前も覚えてよお」

 横山の情けない声を聞きつけ、キッとして彼を睨んだ。

「えーと、誰だっけ?」

 かすみは苦笑いして尋ねた。横山は心が折れそうになったが、何とか踏み止まり、

「横山照光、十七歳、彼女いない歴十七年です!」

 横山のはしゃぎように美由子の堪忍袋は限界ギリギリになった。

「そっか、ごめんね、横山君」

 かすみが名前を言ってくれたので喜びかけた横山だが、

「えええ!? どうして勇太は名前で、俺は名字なのさ、かっすみちゃーん?」

 悪乗りが過ぎたせいで、美由子が切れてしまった。

「エロガキ!」

 美由子の蹴りが横山の尻に決まった。

「ぎええ!」

 横山は飛び上がって痛がった。

「横山君、彼女がいるのにいないなんて言ったらいけないんだぞ」

 かすみは美由子を見て微笑みながら言い、痛がっている横山の頭を軽くコツンと叩いて去る。

(え?)

 その時かすみは鋭い視線を感じ、立ち止まった。口喧嘩を始めていた横山と美由子は思わずかすみを見た。勇太はかすみが最初に会った時と同じ顔になったのに気づいた。

(かすみちゃん、怖い……)

 ミステリアスな雰囲気のかすみに惹かれている勇太であるが、時々近寄りがたい表情になるのが怖いのだ。

(何、今の?)

 彼女は咄嗟に周囲を見渡したが、それらしい人物は見当たらなかった。

(気のせいじゃない。明らかに殺意が込められている視線だった……)

 さっきまでの笑顔を封印し、かすみは真剣な表情で階段へと歩を進めた。


 かすみに殺意を込めた視線を向けていたのは、坂出だった。彼はかすみが反応すると同時に気配を消し、職員室へと歩き出した。

(勘もいいようだな)

 彼は「ボス」に「手出しするな」と厳命されているので、できる事と言ったら、かすみを睨む事くらいなのだ。

(畜生……)

 納得がいかない坂出だったが、「ボス」に逆らえば命はない。堪えるしかなかった。


 かすみは階段を上りながら、先程の視線を思い出していた。

(以前感じた事があるような……)

 彼女は記憶の糸を辿っていた。そして、踊り場まで上がった時に思い出した。

(そうか、あの時……。勇太君に出会ったあの日、私を燃やした奴と同じ波動だ!)

 懲りない勇太と横山は、かすみが階段を上るのをつけていたが、いきなりかすみが立ち止まったので、ドキッとして階段から転げ落ちそうになった。

(どうしてかすみちゃんのスカート、パンチラしないのかな?)

 横山は真剣な表情で下品な事を考えていた。それはかすみが自分の特殊能力でそうしているからなのだが、そんな事を知る由もない勇太と横山である。

(という事は、この学園内にあの発火能力パイロキネシスの使い手がいるのか……)

 かすみの顔が真剣そのものになった。


 その天翔学園の門の前に一人の男が立っていた。黒髪を七三に分けた長身痩躯の白人だ。季節外れの膝まで隠れる黒のフロックコートを着ている。眼は何も見ていないようで、鼻は鷲鼻、口は裂けたように大きい。彼は学園の建物を見上げ、右の口角を吊り上げた。笑ったようだった。

(カスミ・ドウミョウジ……。いずれお前の実力、確かめさせてもらう)

 男はクルリと身を翻し、門の前から立ち去った。

 

 授業に向かう坂出のジャージのポケットの携帯が鳴った。

(ボス……)

 その着信音が鳴るたびに坂出の顔に大量の汗がにじむほど通話の相手は彼にとって恐怖の対象である。

「はい」

 ボスが何かを告げた。坂出の顔色が見る見るうちに悪くなっていく。

「ロイドが……?」

 彼はそう言ったきり、しばらく動かなくなってしまった。

(バカな……。何故奴が姿を見せたんだ……)

 坂出はようやく我に返り、ボスの用件を聞く。

「わかりました。奴には手出しさせません。いつかの借りも返します」

 坂出は目を細めて言った。その目は復讐に燃える目であった。

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