第四章 発火能力VS瞬間移動能力

 道明寺かすみは異能の力を有する女子高生である。もちろん、その事を他人には話していない。信じてもらえないという理由の他に、かすみが異能者だという事を知ると、その者の生命に危険が訪れる事になるからなのだ。

(思った通り、この天翔学園高等部には、私と同程度かもしくはそれ以上の能力者が存在している)

 かすみは昼休み、自分で作って来た弁当を食べ終え、皆が席を立ってあちこちに向かう中、物思いにふけるように机に頬杖を突いていた。

「かっすみちゃん」

 クラスメートの横山照光が愛想笑いを浮かべ、彼女の顔を覗き込むように前の席にデンと座る。視線は相変わらずかすみのせり上がるように突き出た胸に向けられている。かすみ自身も、あまりに遠慮知らずな横山のエロ視線に驚いている。

「えーと、誰だっけ?」

 胸元が見えなくなるようにブラウスの襟を正しながら、かすみは横山にわざととぼけてそう言った。すると横山はあからさまにがっかりした顔をする。

(こうやって、一人一人反応を確かめるしかないのかな?)

 かすみは異能の力を持つ者をあぶり出そうと考え、相手の感情を揺さぶる作戦に出た。

「もう、かっすみちゃんて、可愛い顔して案外意地悪なんだね」

 しかし、横山は相変わらずのにやけ顔で、感情の起伏は微塵も感じられない。かすみには予知夢を見る力と瞬間移動の能力があるが、予知夢を見る力で対象者の感情の僅かな揺れも感じ取る事ができる。横山は、かすみに対して敵意は全くない。

(調べるまでもなかったのかな?)

 かすみが苦笑いしたので、

「そんな君にフォーリンラブなんだよ、僕」

 横山からホッとした感情の波が伝わって来た。今度は彼は視線を下にずらし、かすみの太腿を見ている。かすみは呆れ返ってしまった。

「何度も言うようだけど、彼女がいるのに他の女子にそんな事を言ったらいけないんだぞ、横山君」

 脚をスッと引き、かすみは弁当箱をキルティングの袋に入れながら言う。すると横山は肩を竦めて、

「誤解だって、かっすみちゃーん。美由子は僕とは無関係だよん。気兼ねする必要は全くないのさ」

「そんな事を言っていいのかな、横山君」

 かすみは横山の背後に迫る闘気を噴き出しているとしか思えない様子の五十嵐美由子に気づき、横山に降りかかる悲劇を予知の能力を使用する事なく感じた。

(五十嵐さんも、私を警戒している感情はあるけど、敵意はない)

 かすみは横山の頭に振り降ろされる美由子の鉄拳を見つつ、右隣にいる桜小路あやねも同時に観察していた。

(桜小路さんも同じ。勇太君との事で、私にいい感情は抱いていないけど、敵意はない)

 かすみは美由子に殴られた横山が美由子と口喧嘩を始めるのをチラッと見てから、さっきからずっと自分を見ている風間勇太に顔を向けた。

「い!」

 勇太はかすみが振り向くと同時に俯き、もうとうに食べ終わっている弁当をまだ食べているフリをした。その様子が丸わかりのかすみはクスッと笑い、その途端に感じたあやねの嫉妬に反応し、今度は彼女を見る。あやねはまさかかすみが自分を見るとは思っていなかったのか、嫉妬剥き出しの顔を隠し切れずに俯く。そして、午後の授業の予習をしているフリをした。異能者でなくても、耳まで真っ赤になっているのがはっきり見て取れる。

(少なくともこのクラスに異能者はいない。そして、担任の新堂先生も違う)

 かすみは教室を見渡しながら分析を続ける。目が合った男子はニヘラッとし、女子はツンとする。どちらもかすみに様々な理由で興味があるためだ。しかしそれは敵意や憎悪ではない。

(玄関を入った時に感じたあの殺意のこもった視線は誰のものだったのだろう? そいつはこの前、私の大事にしていたセーラー服を焼け焦げだらけにした張本人だし)

 彼女はまだ、高等部の教師である坂出充の存在に気づいていなかった。


 その坂出は高等部の敷地を出て、路地を歩いていた。

(あのヤロウ、挑発してるのか? これほどまでに自分の痕跡を残して行きやがって!)

 坂出は苛ついていた。彼のボスにはかすみに手出しするなと厳命されている。そして、次の指令である人物の排除を命じられた。その人物と坂出は以前戦った事があり、危うく命を落とすところだった。坂出はかすみを始末できないもどかしさと因縁ある人物の出現のせいで感情がたかぶっているのだ。その上、その人物がまるで坂出の追跡を予知していたかのように自分の痕跡を消さずに立ち去っているのを知り、更にイライラが激しくなっていた。

「少しは腕を上げたか、雑魚ざこ?」

 不意に男の声がした。坂出はギョッとして身構え、周囲を探る。彼はかすみを燃やそうとした能力者であるが、同時に超感覚の持ち主でもあり、自分の気配を完璧に消す事ができ、対象者の気配を数キロ先からも捉える事ができる。しかし、その坂出の能力を持ってしても敵の存在を察知できなかったのだ。彼は焦ると同時に罠に嵌ってしまった事を悟った。

「ロイド!」

 坂出は路地の角からヌッと姿を現した黒のフロックコートを着た長身痩躯の白人を見て叫んだ。

「飼い主に言われて、俺を尾行していたのか?」

 ロイドと呼ばれた白人は無表情のまま言った。対する坂出は感情を剥き出しにした顔でロイドを睨み、

「ほざけ!」

 叫ぶと同時に坂出は右手の指先から炎を放った。それはまるで宙を進む大蛇のようにのたくり、ロイドに迫った。

「相変わらずバカの一つ覚えか?」

 ロイドは抑揚のない声で言うと、フッと姿を消した。坂出の放った炎はその先にある駐車違反の高級車に当たり、炎上させた。

(やはり奴には瞬間移動テレポート能力があるのか? ならば……)

 坂出は五感を最高域まで研ぎ澄ませ、ロイドが姿を現す空間を捉えようとした。

(戻った瞬間、黒焦げにしてやる!)

 坂出は息をひそめてロイドの出現する空間を捉えようとした。

「そこだ!」

 坂出は背後に空間の歪みを感じ、素早く振り返ると炎を放った。しかしそこにはロイドのフロックコートが落ちているだけだった。

「残念だったな」

 ロイドはその坂出の背後を取り、彼の首の後ろをジャージの襟ごと右手で力任せに掴んだ。

「ぐう……!」

 坂出の首がロイドの右手の握力で締めつけられる。坂出の顔色が土色に変わった。

「死ね、雑魚」

 ロイドはそんなおぞましい一言を言う時ですら、無表情のままだ。

「おのれ……!」

 坂出は全身に発火能力パイロキネシスを発動してロイドを燃やそうとした。

「道連れにするつもりか?」

 ロイドは自分の体に炎が燃え移ったにも関わらず、全く動揺していない。

「この炎は俺は燃やさない。道連れじゃなくて、貴様だけ燃えるんだよ、ロイド」

 坂出はもがいてロイドの右手を振り払い、更に炎の勢いを強めた。確かに彼の言う通り、燃えているのはロイドの服だけで、坂出は身体はおろか、ジャージも燃えてはいない。

「この程度で俺が燃やせるとでも思ったのか、雑魚?」

 ロイドは服が燃え盛っているにも関わらず無表情のまま坂出を見ている。

「強がりを言うな、ロイド。いくら貴様でもその炎にえられるはずがない。燃え尽きろ」

 坂出は勝ち誇って叫んだ。

「堪える必要はない。俺は燃えてはいないからな」

 何故かロイドの声はまたしても背後から聞こえた。坂出は仰天して振り返った。するとそこにはフロックコートを拾い上げるロイドの姿があった。

「何だと!?」

 坂出には一瞬何が起こったのか理解できなかった。

「お前は俺の残像に攻撃していたのだ」

 ロイドはコートの袖に腕を通しながら言う。坂出は驚きのあまり何も言えない。

「飼い主に伝えろ。次はお前の首をへし折りに行く、とな」

 ロイドはそれだけ言うとフッと姿を消してしまった。坂出は唖然としていたが、車が巻き起こす炎に気づいた人が集まり始めたので、その場から離れた。


 かすみは授業中だったが、ロイドと坂出の戦いを感じていた。

(何、今のは?)

 彼女は二つの力がぶつかり合っているのを感じた。そのどちらも、かすみには覚えがあった。

(一つはあの発火能力の持ち主のもの。そしてもう一つは……)

 かすみは思わず唇を噛みしめてしまう。

(ロイド……。また私の前に姿を現すつもりなの!?)

 かすみの目が鋭くなる。それを横目で見ていたあやねはビクッとした。

(何、道明寺さん? 怖い……)

 あやねが感じたのは勇太が玄関で感じたのと同じかすみの闘気だった。

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