第2話/3


「ね、ね。キリエは何で殺人鬼してるの?」


 どうしてこの学部選んだの? と同じくらいの軽さ。

 悪意のまったくない、けれど心臓を抉るような鋭いナイフの質問。


 何で?


 何で?


 何で?


 そりゃあこの街、笹姫には殺人鬼が沢山いて、かくいう自分もその一人で、殺人鬼はそれぞれ、それに準じるハズの動機や手段はいつの間にかソイツのオリジナルになってて、でも確固とした動機があって、動機、そう動機だ。ウォントとマスト。ソイツらは殺したかったり、殺さなきゃいけなかったり思ってて、俺はどうして殺人鬼なのか。答えは単純だ、殺人鬼を狙う殺人鬼だから。だからどうして殺人鬼を狙うのかが問いかけ。答えは出ている、殺人鬼は殺したかったり殺さなくちゃいけなかったりするから。殺さなければ生きていられない。食事とか呼吸とかと同じ、疑問を持つ事はない当たり前の行為。だから、何で?



 何でコイツは、それを知っている?


 どこかに落ち度があったのか、それとも久夜に聞いたのか。俺が殺した殺人鬼と接点があったのか、それとも殺人鬼に殺された人と接点があったのか。何よりおかしいのは、秋山霧絵が殺人鬼である可能性を疑っているのではなく、それが前提での問い。


 人間を殺した人間と同じ目線で交わす意思の疎通。


 。異常だ。


 それを正常にまで持ってこられるだけのカードはただひとつ。


「……は」


 息が漏れた。



 なんだ、つまり。


「……あんたも、殺人鬼なのか」


 水無瀬百合りりいからは見えない、コタツ布団の脇で握り込まれる鉄の棒。



 呼吸のような当たり前に理由をつける。


 秋山霧絵が殺人を犯す動機は、ひとつではない。





 殺人鬼を、殺したくて、殺さなきゃいけない。


 科せられた義務ではない。


 ヒトは食事をしなければ死んでしまう。それは必要性。


 ヒトは美味いものを食べたい。それは欲求。


 つまり、そういうモノなのだ。


 欲が何のために存在するのか、と問われれば答えは単純にして明快。


 生きるためだ。


 食わねば死ぬというのに、それが苦痛であれば矛盾が生じる。



 殺さなければいけないのなら、殺したいという欲求が必然的に生まれる。



 だから、秋山霧絵が殺したいのは殺人鬼だけで―――


 目の前の少女が、殺人鬼だというならば、すごく、


「わたし? ううん、わたしは今まで誰も殺したことなんて、ないよ」


 すごく、あっけらかんと否定されてしまった。


「……そう、か。じゃあ、別にアンタは俺の相手じゃ」


 バールの握りを緩める。途端



「ただ、殺したいだけなんだ」


 とろけそうな熱い欲情の色を持った吐息の告白と、印象まんまだった猫のようなしなやかさで音もなくコタツに飛び乗った水無瀬サン。


 口にはチョコレートの食べかすと、右手に持ってるのはちょっと待ってナイフ? とか思ってるうちに第二運動。飛びかかりと刺突の同時進行。


 解かりやすくいうなら、コタツに入った俺を押し倒しついでにナイフで心臓を一突きにしてきやがった。


 あまりにも技術に洗練さがない。


 けれど運動自体に宿る、完全な美。


 瞬時に理解する。この率直な感想は矛盾していないと。


 要するに、造形美と自然美。手を加えたからこそのそれと、手が加わらなかったからこそのもう片方。


 比べるモノではない。どちらもジャンルの違う、優れものだ。



 ヒトを殺すために磨いた技術などひとつもなく、基本性能が、コンマ一秒後に秋山霧絵の心臓を一突きに。



















 そんなのはごめん被るので迎撃した。


 上半身しか起きてないため、充分なスイングとは言いがたいがそこはそれ。押し倒される運動の利用と何より1mオーバーのバールはそれ自体の攻撃力が100くらいあるから。ゾンビ相手ならハンドガンよりこっち系武器があった方が楽じゃないかなぁ。ナイフでクリアなんていう縛りプレイを無理してしなくてもさ。



 ごきんっ


 どさぁー


 どん。



「あ」


 やってしまった。


 ってしまったじゃないことを願いたい。



「ひっどーい! キリエばか。なにすんのー!」


 あ、良かった生きてる。



 打撃の時に切れたのか、こめかみから血を流しながら立ち上がる水無瀬サン。


「あー……その、すまん」


 反射的に謝るものの、疑問が膨らんで仕方が無い。


 


 いやそれより大事なのが、うん。そうだ。



 俺がキレられるのっておかしくねえ?

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ぶち殺マンス 冬春夏秋(とはるなつき) @natsukitoharu

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