第2話/2



 さて。厄介事が綺麗にラッピングされた挙句、送り主自ら宅配されて現れるという稀有けうな状況が生まれてしまった。


 目の前には名前すら知らない少女がひとり。見た感じギリ女子高生、という具合だろうか。家庭教師先で教えている織田島おだじまより、少し年上のように思えるが、自分より上、ということはないだろう。



 コイツは一体何者なのか。


 久夜ひさやは何を企んでいるのか。


 そもそも久夜とどんな知り合いなのか。


 あと、第一声は是非とも幻聴であって欲しいところ。



 確認? 都合の悪い真実を突きつけられるならしたくねえのが人情ってもんです。



 とまぁそんなことを考えながら俺は少女を見下ろし、少女は猫のように大きい目で見上げて、見詰め合うこと暫し。



「……とりあえず、玄関先で立ち話ってのも何だから上がったら」


 なにより片方がバールを握っている、という構図がシュールでたまらないので不承不承ふしょうぶしょう、そういう提案を出してみた。


 少女は目瞬まばたきを三度ほどして、それから右を見て、左を見て、更に奥の部屋を見て、それからもう一度俺の顔を見て、こくりと頷いた。






 で、部屋に入れたものの。


 よくあるシチュエーションとしては、客をテーブルの前に置かれたクッションなんかに座らせて自分はベッドに腰掛けるのが良いのだろうが、だがしかし。


 秋山霧絵きりえの部屋にはちゃぶ台代わりのテーブルなんぞなく、ベッドはあれど空間活用の為にロフト仕様であり、談笑に適したモノといえばただひとつ。






 というわけで長方形コタツに対面で向かい合う初対面の男女。


 上には封の切られたコンビニのチョコレートとレポート紙と文房具。


 どうしよう自分の部屋なのに所在なさげだ。



 ちなみにバールは手元に置いてある。


 実のところ物騒なことこの上ないのだが、殺人鬼である秋山久夜が連れてきたというだけで備えあっても憂いが発生するレベルだ。


 見た目どんだけ無害そうであっても。


 それに無害か有害かはこれから解かるだろうし、何よりこの少女。自分を迎え入れた男が鈍器を持っていても何の不思議もない、といった風情である。


 まるで武士の魂にほんとうは肌身離さずが基本です、とでも言うように。


 今は年号の通り平らで平和な時代なのですが。



「……で、名前は?」


「みなせりりぃ」


 ミナセリリー?


 皆芹みなせり・リー? 拳法でも使いそうな感じか。

 ……やっぱり思いのほか混乱してるな俺。


 皆瀬か水瀬かわからんが、たぶん苗字で名前がリリーなんだろう。


「…………」


 うわ、睨まれた。


 失礼な事を考えているのを見透かすような目でミナセさんは俺をジッと見据え、五秒ほどガンを飛ばしたあと、おもむろにレポート用紙とシャーペンを取って自分の名前を書いて見せる。


「……あぁ、ミナセってそういう……で、百合?」


 水無瀬百合。


 確かにリリィは百合の英名である。取りあえず名前の仮説、苗字名前ともにハズレだった。


「で、水無瀬サンか。俺は――」


「秋山キリエ」


 に。と可愛らしい笑みを浮かべて名前を呼ばれた。



 ……うん、そうだけど。


 なんか発音がこそばゆい。上がる語尾が聖句のようだ。


 憐れみをキリエ、か。



「……まぁいいや。で、水無瀬サンはアイツとどういう」


百合りりいでいいよ」


 再びくじかれる俺の言葉。



「……生憎と初対面から下の名前で呼ぶほど馴れ馴れしい人間じゃねえです。で、久夜と」


「ねえねえ、このチョコもらっていい?」


 更に阻まれる俺の確信へ辿り着きたいこの思い。


「……いいけど」どうせコンビニのだしな。



 わーい、とやや大げさに喜んで、水無瀬サンはチョコを口に運び、なにやら考えるようにもごもごさせつつ目をきょろきょろして、思いついたように此方を見て



「ね、ね。キリエは何で殺人鬼してるの?」



「――――」



 と、俺の追撃よりも早く。最短距離で確信を突いて来た。



 思えばこの時点でこの少女についてわかったことは二つだけ。




 名前と手ごわさである。

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