第1話/3


/2 事後(3)


 思い直してみるとこの時間に開いているドトールなんて無かった。ドトールに限らずどんな店も開いてはいない。例外として限りなく無人に近いセルフのガソリンスタンドぐらいである。



「それで? この俺をこんな時間に叩き起こして迎えに寄越したのに相応しい理由はあるんだろうな、ええ? 秋山」


 助手席のドアを開けて入り込むと開口一番そんな文句が出てきた。


「今日は八時半から仕事があるんだよ。けど早めに起きちまってさ。リクんちで朝飯貰おうって話」


 は? と呆れた顔でサングラスを押し上げるリク。仕方ねえですよドトール開いてないんだし。


 別段似合っていないわけではないが、俺はこの時間帯にサングラスを着けているコイツのファッションセンスが気に食わない。


「自分の部屋で食えば良いだろ? 二度寝するとかさぁ……」


 それが出来ていたら苦労していない。というかこの寒いのに外になんか出たくないだろう。


 部屋で起きてると安心……いや安全が保証されないのだ。あれ、部屋の定義間違ってないか? やってらんねえ。


「しっかしわっかんないねぇ。あんな可愛い嬢ちゃんと同棲してんのにわざわざ離れたがる理由がさぁ」


 にやにや笑いを浮かべながら陸は車を自宅へと走らせる。


 そうか。傍目から見ればリリの阿呆はそう映るのか。


「理由なんて決まってるだろ。危ないんだよ、色々と」


 溜息混じりにそう返すと、陸は一層にやにやを増幅させた。


 またくだらないコトでも考えているんだろう。こいつも阿呆だ。



 と言われるこの街は、それを除けば治安というか素行の良さが全国トップレベルではないのか。


 JRも私鉄もあり、隣には県内で最も栄えている街もある。


 あるのだが如何いかんせん若者には不向きだろう。


 件の殺人鬼(と言っても誰、と特定できないのだが。というか一人ではないから困ったものである)が原因で、街の全ての店は夜九時には閉店している。コンビニですらそのざまである。


 朝六時に起きて夜九時に眠りにつく街。どんだけ規則正しいんだ。


 そんなわけでオールナイト営業がモットーのチェーン経営のカフェも、全国展開のコンビニも午前四時過ぎには当然開いていない。


 俺はよく知らんがいろんな会社も残業は夜八時までの場所が多いそうだ。


 いやまったく、殺人鬼なんて漫画だけにして欲しい。迷惑きわまりねえです。


 緊急避難用として選んだ陸の家(借家)の冷蔵庫事情も非常にきわまっていた。なんでカップ麺を冷蔵庫に入れてんだコイツ。


 こういう所も嫌いである。あと染めた髪は似合っていないわけでは無いが嫌いである。


 どっちにするかと聞かれたので普通の方を選んだ。というか陸は俺の嗜好を共感しないまでも理解はしているので確認の意味は無い。


「んで、お前の仕事ってなんだっけ」


カレーヌードルなんて虫唾の走るモノをぞぞぞとすすり、陸が聞いてきた。この前もその質問しなかったけか、お前。


「家庭教師」


「…………」


 待て。何故そこで黙る。


「悪い。お前ががきんちょにモノ教えてる姿が想像できねえ」


 そうか。俺はお前が白衣着て仕事してる姿の方が想像できねえです。


「んー……でもアレだろ? あの部屋ずいぶん安いだろうけど、家庭教師なんかで賄えるんか? 百合りりいちゃんもいるんだし……あぁ、あの子も働いてんのか」


 出した疑問をそのまま自己完結へと導く陸。独り言が始まると孤独への第一歩と言われるが、話し相手が目の前にいるのにそれはどうなのだろうか。


「アイツが働いてる事の方が想像できん。そんなワケでただ飯食らいを一匹飼ってる状況」

 しかも飼い主の命を頻繁に狙ってくるから困る。


「あとはまぁ……普通に八時間くらいの労働だしな。不登校児の相手してんだよ」


「へぇ……ああ、まぁそれなら暮らすだけは給料入る……のか?」


 どうにも家庭教師の給料とかわからないらしい。俺も学者の給料がどうなってるかわからないが。


「親御さんの意向でさ。月二十万固定」


「いいやら悪いやら判別しにくいな」


 まったくである。


 カップ麺も食い終わり、別段話題も用意していなかったので、どちらともなしにテレビをつけた。午前五時半である。ニュースのひとつでもやってるだろう。



 どうやら昨日の内に、ある芸能人が結婚したらしい。至極どうでも良かった。陸の奴が深い溜息をついている。


「秋山は良いよなぁ。将来約束されてるようなもんだし」


 それはアレか。百合の面倒を一生みろ、そう言っているのか。


 ツッコミを入れようとしたら、百合の顔が浮かんだ。



――これもどうでも良いのだが。せめて頭の中で出てくる時くらい顔に血糊をつけないで欲しい。




 気心の知れた同性の友人と話していると、退屈を覚えずに時間を浪費できるので助かる。建設的な使い方なんざなにひとつできないが、こういう時にはこういう相手がいて良かった、などと思いつつ。

 

 七時半。頃合なので陸の部屋を出る事にする。


「え、マジで用件それだけだったのか!?」


 陸は驚いて俺を見た。



 それだけです。

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