第1話/2

 /2 事後(2)


  ざあざあと雨にしては乾いた音に意識を浮上させる。目を向ければ――成る程。TVをつけっ放しにしたまま寝てしまったらしい。画面は電波と砂嵐を休むことなく放出していた。


 起きようとして――あぁ、やはり動物というのは睡眠時と性交時が一番危険だという事を再認識する。体が重い。体調不良では無い。外部からの物理的負荷である。加えて鈍痛を体の数箇所で発信中。


……左脳しか働いていないようだ。今日はこのままいこう。要約、違う。簡単に、いや。ありのまま、これだ。



 つまり現状を説明すると、百合りりぃの阿呆が乗っかっていた。ついでに両二の腕と鎖骨付近と腹筋周辺を引っ掻いたり噛んだりした痕がある。というかコイツいつまで起きてやがった。まだ血が止まってないとこあんじゃねえか。やってらんねえです。



 そもそもじえいに使った百合のナイフは――ひっこ抜かれてる。自力で抜けたのか。それにしても幸せそうな寝顔である。いや本当コイツの思考が暗殺とか完殺に嗜好を持たせてなくて良かった。ただ殺すだけなら今頃、……俺も起きていたのだろうか。



「…………」


無言で布団代わりになっている百合アホをどかし、一息つく。手元にリモコンがあったのでチャンネルを変えてみた。


 砂嵐、砂嵐、色彩テストコード、砂嵐、色彩テストコード。正式名称は何だろうな。ぶつん。



……まだ覚醒しきっていないらしい。寝起きに弱いこの状態がいつかのっぴきならない事態を招くのでは? とか胡乱うろんに考えている。……ナイフ。そうだ百合の奴ナイフどこにやった。きょろきょろ探す。あ、見つけた。しっかり握ってやがる。


 あぶない。もしかして、俺は凄く九死に一生だったのではないだろうか。


 覚醒してきたようだ。おもむろに百合の手からナイフをうば、えい放せ。後生大事にとっとくような業物わざものでもないだろう。……うん、よしよし。



 ようやく俺の身の安全が(遅ればせながらも)保障された。コイツのことである、いつか夢の中でエンジョイしつつも現実世界の俺を殺しにかかってくるに違いない。


……それにしても、本当に幸せそうな顔である。寝巻き代わりのジャージからジーパンに履き換えながら思う。自問のレベルだがどうだろう。


 Q:しあわせそうにねているかおって、いたずらしたくならないかい?

 A:なるです。


 情報更新。右脳も起きたようだ。目覚めのシチュエーションは最悪だったが、コンディションは悪くないらしい。それでは両方使って、今の状況をどうするか、最も良い方法を導き出そうではないか。


 体が汗ばんでいる。シャワーを浴びよう……これは後で良いな。


 空腹状態は。……寝起きでそこまで活動的ではない。風呂の後だ。


 時間の確認。……そうだな。午前四時、七分。なんて半端。



 悪戯決行。――それだ俺。



 さて、どうしてくれようか――振り返ったところで、目が合ってしまった。やばい、考えてる間に起きたか? それともコイツは俺より生存本能が発達しているから気取けどられたか。


「ふ? きりえ、おきたのぉ……?」よし覚醒度だいたい五割。いける。


「あぁ。今さっきな」


 腕が伸びてくる。首に絡みつく。えへへと無邪気に笑う。釣られて口元が緩む。


 ぎち。


 頚椎の辺で痛み。爪を立てられている。


「ねぇ~~ちゅうしよぉ~~?」上目遣い。ぎちち。ぬめる感触。血が伝っている。コノヤロウどんだけ刺してんだ。


「あのなぁリリ」顎を上げてやる。案の定「ん……」とか目を閉じる馬鹿。


 その隙に頭を下げて腕から逃れる。顎にあった手を外し、片手で百合の両手首を掴んで――




 どちゅ。



「こんな時間に盛んな」


キミをハリツケ☆第二段。今度は一本のナイフで両掌を重ねて封じ込めるという無駄のなさである。次からもこれくらいの最適化が望ましい。


「キリエばか。ひーどーいー!」


 ぎちぎち暴れる百合をほったらかしにして風呂に向かった。


……また見られている。しかも何かヨコシマな笑みつき。


「なんだよ、見んなボケ」


「ねえキリエ、良いことあった? わたしの顔でそそられたりしましたか」


「…………」


 キャンプしようかなぁ。そうすればテント設営もバレないんじゃないか。こう、木を隠すなら森の中、みたいな。


 ちげえよ。


 シャワー浴びよう。









 格好を整え、朝飯はもうドトールとかで良いやなどと考えつつ部屋を後にする。



「ねーキリエ」


「……なんだよ」


 からから。


「殺したい」


 からからから。がちゃん。


 そういえば、と地下一階から地上まで続く、件の階段を上りながら思い返す。


 雑多な思考にまみれてはいたが 、何度数えても下る時は十二段なんだよな、この階段。


 マフラーに口元を隠す。雪が積もっていた。



 自販機の横で、赤茶の猫が死んでいた。



 感想。まだつたない。



 120円で出した缶汁粉を飲む。


 感想。ぬるい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る