第14話 城主二人 

 その日、弓木の城は様々な人間達でごった返していた。

 弓矢を持つ者もいれば、狭間はざまから鉄砲を構える者もいる。

 城内では煮焚き用のまきを割る男の横で、女どもは飯をき、せっせとむすびを作っている。むろん土地の農民から漁師、商人にいたるまで、様々な顔がその中にはいた。


 そんな中、桂と与六、里と吉之助の四人は城の一角にある、さほど大きくもない部屋に座っていた。

 座っていたと言うより、正確に言うならば、その部屋に軟禁なんきんされていたのである。


 「桂よ、やはりわしらはおとがめを受けることになるのかのう?」

 与六が尋ねる。

 桂は黙って鉄砲の銃身から銃床じゅうしょうにかけてを、油の染み込ませた布で丁寧に拭いている。

 そんな彼の傍らでは、里が革紐かわひもに太い糸を通している。

 「今日でもう二日ぞ、何故誰も会いにこんのじゃ?」

 吉之助は、すっかりり上げた頭をひとつで回した。


 なおも桂は巣口すぐちからその布を銃身の中へとねじり込むと、鉄の棒で回転させるように拭き取るのである。拭き取った布には真っ黒いすすが付いている。

 相変わらず里は、太い革紐がちょうど輪を描いて曲げられるように、その両端に太い針をあてている。


 「桂、わしはもう・・・」

 与六が言いかけたとき、数人の者が廊下をこちらに渡ってくる音が聞こえて来た。すかさず近習きんじゅうによってカラリとふすまが開けられる。


 最初に部屋へとは行って来たのは、冬馬とうまこと稲富義兼いなどめよしかねである。

 その後ろには、彼よりもさらに幾つか若そうに見える侍がひとり。

 年の頃なら二十二三にさんと言ったところか。その者は同じ男の眼から見ても、眉間みけんから鼻筋にかけて色気のようなものを感じる程涼しい顔立ちをしている。


 義兼はその男を上座かみざへと導くと、自ら深々と頭を下げて見せた。

 それに習うように、桂や与六も頭を垂れる。

 里だけは心得違いをしたのか、少しだけ頭を下げると、男に向かって少しの笑顔で微笑みかけた。


 義兼が口を開く。

 「一色家御当主ごとうしゅ一色義定いっしきよしさだ殿である」

 桂は今更以上に頭を深く垂れた。

 「一同の者、おもてを上げよ。よくぞ義兄あにじゃを無事丹後まで届けてくれた。この義定、心から礼を言うぞ」

 義定は異母いぼ兄弟の義兼を義兄じゃと呼んだ。

 そう言う義定の顔には、何処かまだ少しだけ幼さが感じられる。あの若狭武田攻めの時に勇猛果敢とうたわれた感覚とは幾分違うようにも思える。

 義兼は桂らの方を向き直ると、懐から半紙を取り出し、それを広げた。

 それには次のように書かれている。


 「一、結城桂、亀井与六、先の戦における両名の所業しょぎょうについては、一切のお咎め無しとする」

 「一、断り無く藩を抜けた杉吉之助についても、右に同じとする」

 「一、今回の働きを考慮し、各々が希望する部署への転属を許すものとする」

 義兼がすべてを言い終わらぬうちに、与六は手を合わせて喜んだ。

 それは吉之助にとっても同じである。


 義定はあくまでも親しみを込めるように、ひとり一人に意見を求める。

 「亀井与六、その方はどのような役を望む。槍隊か、それとも騎馬隊か?」

 義定は稲富義兼より、与六の槍の腕前を聞いていたのであろう。眼を細めながら伺う姿が何とも凛々りりしい。

 与六はひざを半歩前に進めると、爛々と眼を輝かせて義定に懇願こんがんした。


 「では荷駄にだを一隊任せてほしい」


 「これ与六、言葉に気を付けよ!」

 義兼がたしなめたが、義定はさらに続けさせた。

 「戦となれば武具馬具から兵糧ひょうろうに至まで、実に様々なものが必要となるであろう。ましてや、この城は鉄砲ぶちの達人がいると聞いた。そうなれば鉛や硝石しょうせき、黒色火薬なども必要となるのは素人しろうとでも分かる。その調達をわしに任せてもらいたいのじゃ」


 桂は驚いた。

 確かに与六にあきないの才があることは薄々感じてはいたが、彼がこれほどまでに自分の意見を主張したことは一度もなかったからである。

 義定はいちいち頷くと、懐から紫色の房の付いた木板もくはんを義兼に手渡した。紫の房は一色家の象徴であり、その木板は一色家の通行証手形でもある。


 義兼は頭の上で拝むように一礼すると、それを与六へと授けた。

 彼はそれを懐へとしまいながら、得意そうに桂らを見回す。

 「亀井与六、一日も早く精進しこの一色家を支えてくれ」

 義定の言葉に、与六はことさら大きく頭を畳に擦り付けた。


 次に声を掛けられたのは吉之助であった。彼はそのり上げた頭をまだ畳の上に置いている。

 「杉吉之助、その方は如何じゃ?」

 ゆっくりと頭をもたげた吉之助は、チラリと里の方に眼をやる。

 「わしはもう戦はいやじゃ。百姓にでもなって土を耕すことでもしようかと・・・」

 彼はその手でくわを真似て見せた。

 「吉之助、百姓もまた生きるための戦ぞ」

 義兼が静かに答える。

 「じゃが、少なくとも人をあやめることはせんで済む」

 吉之助の言葉に、義定は少し眼を細めた。どうやら義定には心の起伏きふくの度に、眼を細める癖があるらしい。


 義定が、今度は桂の方を向き直ると、小声で義兼に尋ねる。

 「義兄じゃ、この者か、鉄砲のみょうを持つというのは?・・・」

 義兼は軽く頭を下げると、近習に運ばせた桂の国友筒くにともづつ姥目樫うばめがしの枝を、義定の前へ差し出した。


 「この者は、こちらの鉄砲で二町にちょう以上離れた騎馬武者の胴鎧どうよろいを撃ち抜いて見せたのでございまする」

 「胴鎧を撃ち抜いた?・・・」

 義兼の言葉に、義定は眼を大きく見開いた。

 「本当にそのようなことができるのか?」

 義定の問いかけに、桂は少しだけ頭を垂れると、眼だけは義定の膝元を見つめている。


 「分かりませぬ。織田に追われた時はもう無我夢中でしたので。ただ、鉄砲の数を持ちあわせぬわれらには、多少なりとも有効な手段かと」

 「これ、桂・・・」

 再び義兼が言葉を挟んだが、義定は笑ってそれを制した。

 「鉄砲を持たぬとは、いささか手厳しいな。左様、おぬしの言うとおり、この城には精々二百挺ほどしか持しておらん」


 しかしこの言葉には、桂はむしろ驚きを感じた。このような田舎の城にも、鉄砲が二百挺もあるのかと。

 すると桂のこの表情を読みとったのであろう。義定は身を乗り出すと、彼に話を持ちかけて来た。

 「結城桂、どうであろう弓木の鉄砲隊に入ってみては」

 「弓木の鉄砲隊?」

 桂は一色家が持つ、その鉄砲隊の存在すら知らなかったからである。

 つまりは、一色義道が中山城で討ち取られた後も、細川の大群をここ弓木で食い止めることができたのも、ひとえにその鉄砲隊によるものであると言っても過言かごんではなかった。

 桂は義定より渡された国友筒を手にすると、もう一度深々と頭を垂れた。


 「ところで、そちらの姫子ひめごは如何いたそうか?・・・」

 義定は笑みを含んだ顔付きで里を見る。

 里は桂の背中越しに義定を見上げるや、両手を付いて小さく答える。

 「私は六路谷ろくろだににある亡き父母の元へ戻りとうございます」


 急に義定の顔が曇った。

 「六路谷か。それはちと難題じゃのう」

 それは当然のことである。現在与謝よさ郡以東は織田の細川藤孝ふじたか忠興ただおき親子が治めている領土であるからだ。

 義定は眉間にしわを寄せると、今度は腕組みをして考え込み始めた。


 「本当に困った者達じゃのう。敵方でも、これほどまでには殿を困らせてはおらぬぞ」

 義兼は半分あきれ顔である。

 ところが当の義定は真剣な表情を崩してはいない。元来彼には幼い頃から、細かいことにおいても生真面目に取り組むところが伺えた。

 その点では大雑把おおざっぱな父義道の負の遺伝子を引き継がずに済んだようである。

 しばらく考え込んだ後、義定は里にこう言った。

 「あと二年待ってはもらえまいか。それまでには必ず・・・」

 義定が言い終わる前に、里は礼を言って頭を畳につけた。


 部屋の外には暖かな日差しの中、黄素馨が黄色い花芽を幾つも付け、そのほのかな香りが風に運ばれ漂っていた。


 

 義定と義兼がその部屋を出て行くと、その直ぐ後に、今度は別の足音が近付いて来た。足音は二つである。

 その足音は部屋の前まで来ると、勢い良く襖を開け放った。


 「その方らか、義兼殿の供の者というのは?」

 そう言いながら最初に部屋へと入って来たのは、歳は五十過ぎの恰幅かっぷくの良い侍である。

 その男は当然のように、今し方まで義定が座っていた上座かみざへと着くと、まくし立てるように喋り始めた。

 そして、その男の後ろからはもう一人、精悍せいかんな顔立ちの若者が桂達の上座へと着座した。

 この者は背丈もあるのだが、侍にしては少々浅黒い肌をしている。それよりも何よりも、その男の上下より見える前腕部ぜんわんぶから手のこうにかけての筋肉が異常に盛り上がって見えるのだ。


 桂は姿勢を整えると、先程と同じように深く頭を下げた。

 最初に口を開いたのは、上座へと着いたその恰幅の良い侍である。

 「わしはこの城の城代、稲富直秀いなどめなおひでじゃ。もう殿にはお会いになられたのか?」

 「はい、大殿様には先程」

 桂はこの老侍の物言いに対して、短い言葉で返した。


 「では話が早いのう。そちが結城桂ゆうきかつらか、少しばかりは鉄砲が使えるそうじゃのう。そちはこの祐直すけなおに預ける。早速鉄砲隊にてその腕を振るって見せよ」

 桂は直秀の横に座る、その若い侍の横顔を見つめた。


 直秀はさらに続ける。

 「他の者は城内にて槍隊に組みせよ。なにせ人手が足らんで困っておる」

 「じゃが、先程の殿様は・・」

 与六の言葉をさえぎって、桂が言葉を繋げる。

 「稲富様、お言葉ですが、わしが鉄砲隊へと加わるは良しとして、この者達はすでに義定殿より仕事を仰せつかっております故、何卒なにとぞ・・・」

 桂の返事に直秀は苦々にがにがしいというような顔付きをした。

 「すでに義定殿がか。まったく余計なことを・・・」

 語尾が小さく消えかけてはいたが、桂には確かにそう聞こえた。


 なるほど、やはりこの城も決して中身までは一枚岩というわけでは無さそうである。

 桂は先程の義定とは対照的な直秀に一種不快な、それでいて戦国の世の武将らしい臭いを感じ取っていた。


 すると、先程まで黙っていた年若としわかの侍が直秀の方に首だけを向けながら、静かにその口を開いた。

 「しかし父上、この結城と申す者が本当に使えるかどうかまだ分かりません。今から試しとう存じまするが」

 言うや、その若侍は桂の国友筒を見て、さらに言葉を繋ぐ。

 「随分ずいぶんと重い銃を持っているようじゃが、それでは実践の役にはたたんじゃろう?」

 「祐直、今は鉄砲を扱える者が一人でも多く必要じゃ。それに、義兼殿の推挙すいきょと言うこともあれば腕も確かであろう」

 直秀が祐直をたしなめた。

 祐直? 桂は何処かで聞いたことのある名だと思ったが、それが直ぐに稀代きだいの鉄砲の名手、稲富祐直のことであるとは、この時まだ気付いてはいなかった。


 「どうじゃ結城、これから試し撃ちというのは?」

 祐直の言葉には自信が満ちあふれている。反面、人のことを思う優しさに多少欠けているような語り口調でもあるのだ。

 「稲富様のお気が済むのであれば、如何様いかようにも・・・」

 桂は、これまた慇懃無礼いんぎんぶれいなほどに言葉をそろえた。

 こうして、弓木城へと入って二日目、桂は城内の、それも味方の前でその鉄砲の腕を再び試すこととなったのである。

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