第52話 蘭

  ***



 ピーピー


 ピーーー



 お医者さんが来ていろいろ手を施したけれど、最後に透の脈をとり時間を告げた。


 お医者さんが去ってまだ微かに暖かい透にすがりつく。泣くだけ泣いても気持ちの整理がつけられない。おばさんが帰ってくるまではいいかな、透?

 学校帰りにいつものように透が眠る病院に寄った。今日は透のお母さんに頼んで私が選んだ服を持ってきてもらって透を着替えさせてもらった。どうしてかわからないけどあの約束を思い出した。透が服を着たら目覚めたりして、なんて軽い気持ちだったのか、どうしてもその姿を見たくなったからか。

 私が行くといつも透のお母さんは少し休憩に行く。ずっとそばにいるから疲れているんだろう。もう十日も経っている。あの事故から。透は一度も目覚めなかった。なのに、さっき目覚めた。透が私の顔を見たように思えた。

 いつもみたいに

「蘭」

 って呼んでくれそうだった。

 でも、それが最後になった。

 あの瞳。なぜだろう。ずっと昔、小学生の頃の透のようだった。自信なくすべてを諦めたような今の透ではなく。

 私は透にそうなって欲しかった。自信を取り戻して欲しかった。ずっと好きだったあの頃の透に。いや、好きだった、ずっと透が。気づいてくれてはないだろうな。私の想いを。透に言えば良かった。こんなことになる前に私の想いを伝えたら良かった。

 約束の服を着せたから、約束を果たしたから透は逝ってしまったのかな。

 私との約束は終わったんだ。頑張って透。ん? 何を頑張るの?



  ***

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