第18話 孤独な勇者

と、ドンドン! ドンドン!


へ!? もう夜? 起き上がると窓の外を見るけどまだ明るい。異常事態だ。扉を叩く音は遠ざかっている。全員起こしてる。つるぎを持ち廊下へ。何人かもう廊下へ出て走って甲板へ向かっている。俺もすぐに追いかける。大丈夫か! ニタ、リン、ジュジュ、ツバキ!



うわー。酷いって見てる場合じゃない。イカの大量発生だ。ヌルヌルしてる足場でドンドン、イカを薙ぎ払う。その間にもみんなの安全確認。

ニタは大丈夫だ。イカの丸焼き作ってる。リンも……もう岩も描く手間ないんだな。丸や四角や三角が次々と現れては落ちて行く。まあ、いいや大丈夫。ツバキもは……いない。チラリと振り返るとジュジュに手当してもらってる。危ないよ、そこで治療するのは。多分治療を始めたときは安全だったんだろうけど。俺が手当てを受けてた場所だし。少しずつ下がって二人を守れる位置に移動する。

イカめ! ヌルヌルしてて足を取られる。なんとか二人の近くまで来た。ここで耐えないと。

ヤバイ五匹もこっちに来る。みんな目の前のイカで精一杯だ。やってみるか。

集中する。ある程度近づいたイカの魔物。俺はつるぎを真横に一文字を書くように空を切る。バサバサっとイカの魔物はすべて倒れた。ふう、やっぱりこのワザできるな。

「トオル! すごい!」

ジュジュ、ツバキの治癒に専念してくれ。イカが来るか気になるだろうけど。

それからもイカの魔物の群が続く。なんだよこれ、終わるのかよ。

イカを切るのに飽き飽きしてきた。さっきの技も使いまくりだ。秘技でも何でもない。一文字と勝手にジュジュが命名してる。だから集中してって、ツバキの治癒に。まあ、それだけツバキが回復してるんだろう。

ツバキも右だの左だのイカの魔物の場所を教えてくれる。

ザバザバって水音と共にこのイカの群との戦いは終わった。いや、まだ終わってない。ヌメヌメしたイカを海に投げる仕事が待ってる。

ゲームなら、『魔物の群れを倒した』って言葉で終わるんだろうな。

つるぎをツバキたちに預けてイカを二人掛かりで放り投げてる。魔物やられたら消えろよ。サッて。あとが大変だよ。またシャワーを浴びたいが水が貴重だからダメだろうな。しかもイカ、ヌメヌメになる必要あるのか! 魔物なのに。

異世界来たら矛盾だらけで頭に来る! って題名で俺の勇者伝説書いて欲しいよ。




イカを投げ捨てたら、今度は床掃除がはじまる。なんか学生時代を思い出すなー。年は今頃だけど十年前だもんな高校生だったの。……ジジイっぽいからやめとこう。




あの紫色の液体がすぐに綺麗になるんで助かる。今日は甲板一面紫色だったもんな。


全て終えたんでツバキたちの元に行く。ツバキも心配だ……あ、もう治癒は終わってる。リンもニタもいる。って! ニタ床掃除ぐらいはしろよ。なに女の子待遇なんだよ。


「ツバキ大丈夫か?」

ニタ睨みつつそう聞く俺。いちいち言わなくてもやれってニタにアピールしてるが気づいてそうじゃないな。

「うん。本当ジュジュすごいね。傷も痛みも消えたし」

「時間がかかってたけど、毒か?」

「うん。毒の浄化に時間がかかって。」

ジュジュが申し訳なさそうに言う。ああ、そういう意味じゃない。

「ジュジュの力すごいよ。助かってる。ありがとう。使いすぎて疲れてないか?」

船長の言葉がよぎった。フェアリーは自分の命を使っても人を助けるって。ジュジュの命を削ってるのか?

「大丈夫だよ。これくらい」

まあ、顔色悪そうでもないし、むしろ元気そうだ、いや、ワクワクしてる。

「トオル! 一文字すごいね!!」

やっぱり来たよ。ジュジュは俺の首に絡みついて飛び跳ねてるよ。ジュジュがなぜそこまで喜ぶんだ。

「なに? なに? 一文字って!」

リンの疑問にツバキが答えてる。

「トオルがね。こう真横につるぎをシュッて空を切ってるのに、その向こうにいる魔物が切れちゃうの。すごい技なの!」

ツバキも密かにテンション上がってるし。

「すごいね! トオル!」

ああ、ニタありがとう。俺もやっと複数一度にやれるよ。

リンは少し拗ねてる。なんでだよ。

「私も見たかった」

って、これから見れるって。っていうか、ジュジュ俺は疲れてる絡みつくな!




まだ、夜には間があるので起こされた者は再びベットへ。

寝れない。戦闘してすぐに寝れるか!!





って、寝てました。また夕方になってる、窓の外。

廊下へ出て、さっきのような騒ぎはない。とっとご飯を食べて夜に備えよう。


甲板へ出るとリンが走ってくる。なんだ?

「次の魔物の襲撃までいていい? 一文字!」

「ダメだ。いつでも見れる。ちゃんと休め!」

何かと思えば一文字を見ようとしてるだけだった。あ、一文字って俺も言ってるし。まあ、いいか。わかりやすくて。

「えー! いいじゃない。一回だけだから!」

あーもー。めんどくさいな。

「一回だけだぞ! お前は戦闘するなよ。見てるだけだからな」

「うん」

目をキラキラさせてる。何でそんなに見たいんだ。わからない。





なんだかジュジュもツバキも悔しそうに部屋へ帰って行った。いや、さっきあんなに見たよな。何がいいんだか、人のワザを見て。

リンと次の魔物の襲撃まで話をして過ごす。一人の時はその辺の剣士や魔法使いと話をしてみるがイマイチかみ合わない。年が違うし、俺が半異世界なのが関係するのかと思ってたけど、リンとは話せるんで、年齢の問題か。あと田舎者だしな、こっちでは俺。

「一文字楽しみー」

嬉しそうにあの分厚い本を持ってる。俺を描く気か? 戦闘中不謹慎だぞ、リン。

だけど、キラキラした目でリンがこっちを見るので何も言えない。

「ああ。そんなにたいした事ないよ。リンのが大群落とせるだろ?」

あ、そういや形が……

「うん」

あ、納得してない。丸や三角や四角を見たことは言わないでおこう。気にしてる。倒せればいいのに。なぜ外観にこだわるんだ! だいたい丸だけでいいのにバリエーション加えて三角や四角にしてるし。

「魔法のが羨ましいよ。俺も魔法使いが良かったのに」

つい本音がぽろっと出てくる。

「えー! ダメよ! 勇者はつるぎなんだから!」

「だから、誰が決めたんだそのお約束!」

「そういうものなの!」

リンは頑なに譲らない。

「そういえばリンは猫耳が続けたくてついてきたんだよな?」

「うん!」

「なにがいいわけ?」

正直さっぱりわからない。むしろ戦闘には邪魔なぐらいだし。

「ほら可愛いでしょ?」

自分猫耳を触って聞いてくる。可愛いかといわれればそうだけど。だからって魔王を倒しに行く旅にまでついてくるものなのか?

「えー可愛いくないの?」

「嫌、可愛いと思うけど……」

「本当はね。造形魔法が全然進歩出来なくって追い出されたの」

「え?」

「ほらボヨーンってなってたでしょ。もうお前には出来ないって言われたんだ」

「……」

「でも、小さな頃から絵を描くのが好きで気づいたら造形魔法の道に進んでたんだ。私にはそれしかなかった。今更どうしたらいいのって村の図書館でいろんな書物を漁ってたんだ。その中に勇者伝説があったの。勇者と旅をしたら自分が変われるんじゃないかって思えてきて。言ったでしょちょうど時期が同じだって」

「あ、ああ」

「運命なんだって思った。村を出るいい機会だった」

「そうか……でも猫耳って……」

「あはは。勇者伝説の中のお供がつけてたの、可愛いって真似してみたんだ」

「それだけ?」

「うん。それだけ」

聞いてみればたわいもない話だった。けれどリンにとっては一生をかける決断だったんだ。



「魔物だ!! 右側だ!」

俺はつるぎを持って立つ。

「リンここにいろよ!」

「うん」

ああ、リンのテンションめっちゃ上がってる。飛び上がらんばかりな返事。

リン、昼間に戦闘してたよな。なぜにあんなに元気なんだよ。


右側に着くと下を見る。お! 新種! ヤバイなんでこの生物なんだよ。切り辛い。だけど、可愛いとは言い難い顔してるよ。紫色の煙は相変わらずだし、本物は牙など口から出てないし。あーなんで魔物がラッコなんだよ!

来たものはしょうがないし、明らかな敵意満々な目でこちらを睨んでる。あと少しでラッコの原型失うよ。ラッコって気づかないから。すごい怖いよ。逆にね。

なかなか複数では上がってこないので、一文字はお預けになりそうだ。数も少ないし。チラリと見るとリン近づいてるし。やっぱり一文字しないから、そわそわとこっちにリンが来てる。全く困った奴だよ。って! 前をおろそかにしてたから三匹も並んでる。今だ。

俺はつるぎを真横に切る。ホッ危なかった。三匹のラッコは海の中に消えた。あとは数匹切って、終了。


これで、リン寝てくれるな。早目の魔物の襲撃にさらに少ない数でよかった。見てていられない戦闘になったらと心配してたんだけど、まさかラッコとはね。

「リン気が済んだろう? 早く寝ろ!」

「えー! 一回だけだった!」

「一回の約束だろ?」

「えー! 嫌だ!」

嫌がるリンを部屋へと引っ張って行く。これ以上はダメだ。酷い戦闘になれば必ずリンも加勢するんだから。

「トオルの意地悪!」

って言葉を聞きつつ扉を閉める。ツバキもジュジュもまだ起きてるし。みんな早く寝ろ。ってか疲れてないのか? タフな奴らだよ全く。





あー。一人は孤独だ。無理して剣士達の会話に加わるか迷うとこだな。

せめてニタがいればいいのにな。ニタ完全に貧弱扱いだもんな。あいつ見た目よりタフなのに。

星を見上げて見る。村も田舎だから星がよく見えた。星座には全く詳しくないが有名な星の姿はないから、あっちとは違ってるんだろう。そういや向こうでは星は見なかったな。星空なんて見えないし、見上げることもしなかったしな。そんな心の余裕もなかった。そんな気分にもなれなかった。もっと小さい頃は俺も星を見てたのかな。

異世界にも星はあって太陽もある。月は三つある。ややこしいがそれぞれ色が違ってるピンクの月と青い月と黄色い見慣れた月だ。大きさもそれぞれ違っていてどれもあちらの月よりもかなり大きい。だから、晴れていれば夜でもかなり明るい。まあ、魔物と戦えるぐらいじゃないけどな。だから今日も船には灯りがついてる。

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