(2)

「あ、待って」

 開いたところで止められた。

 どこまで気儘に振る舞えば気が済むのだろう。

 アスカはにたぁっと不気味に笑う。

「《聞く》より、《視る》方が早い」

「却下」

 ばっさりと霞は切り捨てた。

「いいじゃんか。急いでるんでしょ?」

 むぷぅ、とアスカは片頰を膨らませる。

 その仕草だけを見れば実際の年齢より幼く見えるが、この見かけに騙されてはいけない。

「あたしがあなたに教えたのは力の使い方だけじゃないでしょう?」

 アスカは不満げに霞の目の前に小さく座る。

「あなたのような特異な人間が人に紛れて生きていくのに必要なことを教えているの。それは人の持ち得ない能力を所有しているからといってどうにかな るものじゃないわ。わかるでしょう?」

 こればかりは譲れない。たとえ頼み事を断られたとしても、アスカにはこの日本で生きていく術が必要不可欠なのだ。

 たとえそれが、アスカの嫌がることであっても。

 アスカが、この世界で生きていく為に。

 その為なら、なんだって。

「---わかったよ」

 渋々といった風にアスカは了承した。そうだ、アスカは決して理解能力が乏しい訳ではない。むしろとても物分かりがいいのだ。

 いつでもそれに従うかどうかは別物だが。

「あまり他には口外して欲しくないのだけれど」

 そう前置きして、霞は話し始めた。

 たすけて、たすけてと繰り返す愛しい妹を思い出しながら。




「たすけて、おねえちゃん」

 待ち合わせたのはよくある喫茶店だった。昭和レトロな外観に合う凝った造りの店内で、あまり客は居なかった。それがかえって話しにくいことも話し易いような、そんな雰囲気を醸し出していた。

 店主がコーヒーを二つ、とても自然にテーブルに置いて、音もなく立ち去った。

 かおりは言いにくそうに目を伏せて何も言わず俯いている。

 ふっと口を開いてはまた閉じる。はっと顔を上げてすがるような目で霞を見て、それでも、香はまたゆっくりと顔を下げた。霞はじっと香が自分から話すのを急かさず待っていた。

 それを何回繰り返しただろうか。香はぽつりぽつりと話し出した。

れいが...」

 玲、とは香の娘の事である。

 嫁入りした妹は遠く離れて住んでおり、霞の仕事の多忙さも相まって玲にはまだ会ったことがない。写真なら見せてもらった事はあるが、それは会ったことにはならない。確か香の夫によく似た顔立ちをしていたはずだが。

 その姪に、はたして何があったというのだろうか。

「どうしたの?」

 霞はそこでようやく香に問いかけた。

「............」

 無言で香は携帯を取り出し、一枚の写真を霞に見せた。

 白い丸い物体。その形状には見覚えがあった。

「これは.........まゆ?」

 香は信じられないような言葉を口にした。

「この中に、玲が居るの。」

 はらりと香の頬に涙が伝った。

「な、何があったの...?」

 仕事柄こういう所謂いわゆるよくわからないことは見慣れているが、いざ当事者になると混乱してしまう。

 一体何があったというのだろうか...?

「わからないの。朝起きたら、こんな事にっ...!」

 ぼろぼろと俯いた香の目から涙が落ちてはテーブルの上に落ちていく。

「おねえちゃん、桜ヶ原さくらがはらの一番の巫女だったでしょう? ねえ、お願い。たすけて、たすけておねえちゃん...!」

 言葉を絞り出すように口にした愛しい妹を目の前に、桜ヶ原 霞は動けずにいた。




「ふうん。マユ、.........ね。」

 アスカはそんな風に呟いた。

「どういうことか解る?」

 アスカに問いかける。アスカは畳んだ布団の上に座ってあさっての方向を見ていた。さっき霞が話した事について考えているのだろう。かなり険しい表情でうなっている。

 霞は試しに訊いてみることにした。

 少し期待しつつ。

「何か気がついたことでもあった?」「ぜーんぜん」

 行間をあける暇もなく即答された。

 何も考えてなかった。

 期待した私が馬鹿だった。、と霞はつい数秒前の自分を叱咤した。

 絶句している霞にわざとらしく「エエーッ」アスカは驚いたように声を上げた。

「かっすみさんったらぁ、もしかしてぇ、ぼくがなんか考えてるとおもってたのぉ?」

 両手で己の顔を包んだようなポーズをし、アスカは小首を傾げる。可愛らしいといえばそう見えなくもないがそれはこの少年の性格がこれほど腹の立つもので無ければの話だ。

 もっと真面目にやれ。

 何の為に話させたんだ。

 そんな霞の険悪な表情におくする事なくアスカは「やっだ、マジレスしないでよー」ぱたぱた胸の前で手を振った。

 どうしてこういちいちの動作に人を腹立たせる事が出来るのだろうか。人を腹立たせる技術においては超人レベルだ。そんな所まで超人じゃなくていい。

「だってさあ、どうせ霞さんと考えてる事同じだもん」

 霞は口角を上げた。

「あら、そう。つまり?」

 アスカは「ぼくにあえて言わせるの?」面倒臭そうに眉根を寄せた。それでも「仕方ないなぁ」言葉を紡ぐ。いちいち恩着せがましい。

「何かに憑かれている可能性がある---」

 そういう事でしょう? そう、アスカは下唇を隠して微笑んだ。そうして布団から跳ねて降り、霞の目の前を通り過ぎて部屋を横切っていく。

「ええ、そうよ」

「だあっから」

 しゃらん。

 澄んだ音が部屋全体に響きわたった。霞は音のした方への方へ目を向ける。長細い棒状の物を茶色の布にくるんだそれをアスカは手にしている。

 そうしてこれみよがしににやにや笑い、アスカは挑発する様に言った。

「行くしかないんじゃない?」

 アスカの髪がさらさらと、窓から流れ込む風になびく。

 ああそうだ、忘れていた。この子はそういう子だ。

  化獣物ばけものと畏怖される、わずか12歳にして妖怪モノ退治のエキスパート。天才としか言いようのない---。

 その少年の名を、理魚りうお 飛鳥あすかという。

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