(3)

 タクシー業界だって不景気だ。

 なぜかとかれても、世の中が不景気である限りタクシーだって何だってバブルの頃に比べたら不景気だと、タクシー会社に勤めて20年はとうに過ぎているタクシーの運転手は思った。

 だから別に気にしている訳じゃない。

 そう、別に気にしているという訳じゃないのだ。

 後部座席に並んで座る女性と少年が何だか異様な組み合わせだろうが、女性の髪が染めた時になるばさばさとしたものではない金茶だろうが、少年がやたら長い、布に包まれた棒状のものを持っていようが、そんなことは気にしていない。

 不景気なのだ。拾える客は拾う。

 これは決して嫌がっているわけではない。

 ましてや、客に対して気味が悪い早く降りて欲しいなどと考えているわけではない。

 考えていない。

 ………考えていないという事にしておいてください。

 そのまま車を走らせる。

「............二つ前の信号を右に」

 女性が指示を下す。その通りに運転する。少年はぐうすかと夢の中だ。

 目的地を最初に言われたものの、果たしてその家が何処にあるのかわからなかった。だからこうして指示してもらっている。道はどんどんと入り組み、まるで入ろうとする者を追い出すかのように複雑になっている。その上大きな道路なのに一台も車が通っていない。長くタクシーの運転手を務めてきたがこんな場所に入ったことはいまだかつてなかった。

 つい先ほどまで賑やかな住宅地の中にいたはずなのに、やけに静かで閑静だ。

 指示された通り、横断歩道の信号を曲がる。すると大きな和式のお屋敷が目に飛び込んできた。

 こんなところにこんなお屋敷があったなんて、知らなかったぞ。

「あ、そこの大きな家の前で止まってください」

 女性はそう言い、その隣の少年に声をかけた。何やら会話をしている。

「起きなさい」

「まだ寝るー」

「昼抜き」

「起きます」

 少年は起き上がり、「なーんだ。意外に近い」ドアを開けた。棒ももちろん忘れずに。

 しゃらん、と、奇妙な音が棒から聞こえた。

 その音に気をとられていると、女性が「ありがとうごさいました」代金を差し出した。

 それを受け取って、

「ありがとうごさいました」

 と返した。

 女性はにこりと優しく微笑んだ。

 そうしてタクシーの運転手は元来た道を戻る為に車を逆方向へ走らせていく。変な客だったなあ、と回想していると、

 ........ふ、っ.........

「?」

 何かが。視界を、何かが物凄い速さで横切っていった。何だろう。その姿を見ようとしたその時、

 目の前に信じられない物が現れた。

「...は?」

 何もない、車が一台も通っていないはずなのに。

 ああ、そこで気がつくべきだった。大きな道路に、こんな平日の夕方に車が通っていないだなんておかしいにも程があるじゃないか。違和感をしっかりと感じておけばよかった。目の前には今にも大型トレーラーが


 ...がしゃん。


「あ」

 飛鳥が素っ頓狂な声を出した。



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