終了フェイズ

神々 ~それぞれの息子

「……と言うわけで、神統主義者テオクラーデを捕らえるには至りませんでした」

『はい。ですがヘルの絶界アイランド形成を阻止し、『少女』に憑かれた少年を無事神子に出来たのです。結果としては十分なものですよ、シオリ』

 首を垂れる詩織。その先には彼女の親神であるギリシア神話の女神、アテナがいた。謝罪する詩織に頭をあげるように穏やかに言うアテナ。

 ここは神々が住まう万魔殿パンデオン。異次元に存在するこの神殿は、複数の神群が作り出した神子アマデウス達の拠点だ。ここで怪物や神統主義者への対策を練る場所でもある。

『アテナの執行者』こと神山詩織も神子なので、万魔殿の存在を知っている。だが、彼女がここに来ることは稀だった。

 基本的にアテナから予言を受けて行動することが多く、誰かと一緒に戦うのは現地に憑いてから、と言うのが彼女のスタンスだ。……まあ、友達作るのが苦手とも言う。

 そんな彼女が何故万魔殿にやってきたかと言うと、

『あちらの席に待たせてあります。オーディン、ヒノカグツチ、ハトホル、そして『マッチ売りの少女』を』

 アテナが指す先に、四人の『神』がいた。情報体である彼らは肉体を持たず、立体映像のような状態だ。そこにいるという情報はあるが、触れることは敵わない。

(でもまあ、それはアテナ様も同じことだし)

 詩織はアテナの事を尊敬している。だが、触れてみようとは思わない。そこにいる、という事が確かなら肉体的な接触は副次的なものだ。電話の向こうの相手に触れないからと言って、そこにある繫がりを否定できるものではない。

「初めまして。貴方達の息子が何をしたか。報告させていただきます」

 口調こそ穏やかだが、詩織はこの神々に文句を言いに来たのだ。八つ当たりに近い申し出だったが、意外なことに快く承諾された。神ともなれば、心が広いということか。

『聞かせてもらおうか、ギリシアの娘』

『我が愚息のしでかしたことを、詳細に』

『そうね。お茶を淹れてきますわ」

『…………聞かせて』

 それぞれの神様は詩織の糾弾に近い報告に、むしろ心躍らせていた。

(あ、わかった。このおや達、心が広いんじゃなくて息子の話を聞きたいだけなんだ)

 詩織は呆れながらも、報告を開始した。


「先ず、飛山則夫ですが、日本を離れ国外に料理の勉強をしに行きました。エジプト料理だけではなく、世界各国の料理に触れてみたいという事だそうです」

『まあまあ。ノリオがそんなことを』

「……各国の神子達から被害報告が届いています。『いきなり胸を触られた』『ジャパニメーションみたいに飛びかかられた』『日本のスキンシップ文化はHENTAIすぎる』……等」

『まあまあ。変わらず元気なのですね』

 ハトホルは則夫の様子を想像し、ころころと笑う。死者を養う愛深き女神は、自分の息子が元気でやっていることが嬉しいようだ。多少の悪行も元気の証と割り切っている。

「結構迷惑しているので、今度会う時があったらきつく言ってほしいのですが」

『ええ。また楽器シストラムを買いに来た時に言っておきますわ』

 詩織は思った。これは言わない。言っても叱るというレベルじゃない。そんな甘やかしお母さんだ。気分を変えて報告を続ける。


「そして山本光正ですが、強者に戦いを挑んでいます。それが怪物の時もあれば、神子の時もあります」

『そうか……我が子は剣の道を突き進んでいるのか。さぞ強くなったのだろうな』

「ええ、先日も襲い掛かられて難儀しました』

『ふふ。神山殿を手こずらせるほどか。それはそれは』

 腕の傷を見せながら恨み言を言う詩織に対し、ヒノカグツチは薄く笑みを浮かべる。生まれた瞬間に自らの炎で母を殺し、父に殺された不遇の神、だがそんな神でも笑うことはあるようだ。

「うっかり殺しても恨まないでくださいね」

『息子も戦いの中で死ねたのなら本望だろう。そうなれば、我が迎えに行こう』

 それはそれで楽しみだな、と言いたげにヒノカグツチは告げる。己の息子の成長を見守る父のような、そんな顔をしていた。


「尾崎輝彦ですが……神統主義者の一軍を率い、異次元に城を築いているようです」

『ほほう。自分の城を得たか。それは誇らしい』

「そこを拠点として各地の怪物や神統主義者を抱き込み、神子達の活動を妨害しています。今後の神子の任務達成の妨害になるかと」

『うむ。それもやむなしか』

 怒りで目つきが悪くなっているのを自覚しながら、詩織は冷静に報告を続ける。だが、オーディンの口調はそれに反比例するように明るいものとなっていた。息子が将として成長していく様を楽しむように。

『なあ、アテナ殿。我の息子の方が優秀のようだぞ』

『あら。戦争は最後に勝利した方が勝ちですよ』

『いやいや、戦歴を無視してはいけない。とはいえ、一国一城の主と比べるのはかわいそうか』

『英雄に必要なのは正しき心。ただ力をつけた人間が、勝利を得ることなどできましょうか』

 オーディンとアテナは歓談するような口調で、ギスギスと互いの子の方が優秀だと鞘当てする。詩織はそれを見て、怒りを吐き出すようにため息をつく。


『………最後の一人は?』

 今まで押し黙っていた『少女』が話を促すように詩織に問いかける。

 言わずもがな、京一の親神である『マッチ売りの少女』だ。ボロボロの防寒具と服。カゴの中にある大量のマッチ。物語から生まれ、人々に広く伝わり、神としてこの万魔殿に居る。

 彼女もまた、自分の子供の事が気にかかるのだろう。見た目は年端もいかぬ少女だが、それでも親という事か。

 詩織はにこりと笑い、咳払いをした後で口を開く。

「はい。前橋京一ですが――」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る