前橋京一 ~その後

「おはよう、前橋君」

「おはよう、草間さん」

 あの事件以降、京一と草間とはただのクラスメイトに戻った。

 輝彦から聞いたの話によると、怪物モンスターに取り憑かれている間は、その物語に沿うように動いてしまうらしい。例えば警察が父親の暴行を見ても『そういう物語だから』と納得して何もしないとか。

 草間自身もその『役割』に含まれており、ヘルの憑依が解除されれば神話災害クラーデのことなど全く覚えていない。事件によっては記憶が残ることもあるが、彼女はそうはならなかったようだ。

 かくして世界はまた人の治める平和な世界に戻ったわけだが……問題は残されていた。草間家の家庭内暴力である。

 父親の暴行はヘルが撮り付く前から行われており……むしろヘルが憑依したのは暴行が原因であるという推測もできる。とまれ、それに関しては神が関与する事ではない。第三者の京一が関与する事でもなかった。

 もう記憶にないこととはいえ、彼女は一歩踏み出した。その勇気が心の中にあるのなら、きっと大丈夫だろう。

(……とはいえ、気にはなるか)

 京一は周りにだれもいないことを確認し、親神の恩恵を使って小さな灯を起こす。そこに移る幻影が、京一の知りたいことを教えてくれる。

 ――父親とは、母親と共に一旦離別することで落ち着いたらしい。


 京一は学生生活を営みながら、時折発生する神話災害に足を突っ込んでいた。それに関与している神子アマデウス達に助力したりしているが、自ら万魔殿パンデオンに足を運ぼうとは思わないようだ。

「すまないが、俺は神統主義者テオクラーデだ。自分の親神に会ってみたい」

 仲間になろうと誘う神子達の手を、京一はそうやって拒んでいた。

「何故? 万魔殿に来れば貴方の親神に会えるのに」

「そうだな、会うことはできる。だけどそれは……意識情報体だったか? それではマッチを買ってあげることができない」

「マッチ?」

「ああ、俺が親神に対して最初にやってあげたいのは、そういう事だ。寒い中、きちんとした靴を履かせて、寒くないように毛布を掛けて。できる事なら暖かい部屋の中で美味しい料理を食べさせてやりたい」

 京一が神の復活を望むのは、そんな理由だった。

「これが俺のエゴだという事はわかっている。親神がそれを望まないことも知っている。アンタ達の言うように万魔殿に行って顔を見せるだけでも十分なんだと思う。

 でも俺は、そうしたい。その後で罵られようが殴られようがそれでいい。そうすることで俺は初めて親に会えたんだな、って思えるんだろうから」

 京一はそう言って親神から与えられた恩恵を使って世界を守りながら、しかし神の復活を望むという矛盾した目的を持つことになった。京一は決して世界を混乱に導きたいわけではない。神が人間に世界を任せたと言う意図を、正しく理解している。

 だが京一は、親神である『マッチ売りの少女』をこの世界に復活させようとしている。生まれてきてけして幸福とは言えなかった少女へ、ささやかな温もりを与えるために。

 ただそれだけの為に、彼は神統主義者となった。


 輝彦と共闘することもあった。敵対することもあった。

 光正と共闘することもあった。敵対することもあった。

 則夫と共闘することもあった。敵対することもあった。

 詩織と共闘することもあった。敵対することもあった。

 世界を怪物から守りながら、自らの親神をこの世界に呼ぼうとする神子にして神統主義者。

 マッチの灯が写す未来に、彼の望む幸福ハッピー・エンドがあるとは限らない。

 それでも彼は前に進む。大雪の中、小さな灯の中に希望を見出したの少女のように。たとえそれが幻覚うそだと罵られても、次の日の朝に死体となっているとしても、それでも精一杯生きるのだ。

 いつかこの手が、マッチ売りの少女を掴むことができると信じて――

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