追撃フェイズ

神統主義者 ~それぞれの理由

 京一がヘルを倒せば、草間は支えを失ったかのように気を失い倒れ伏す。ヘルが召喚した屍者の軍勢や死爪の船はそれに伴い崩れ落ちていく。ヘルが形成した絶界ごと、砂が崩れるように消え始めていた。

 怪物の憑依が解けてしまえば、彼女はただの人間。この戦いは夢でも見ていたかのように記憶から薄れていくだろう。

「悔しいが、見事だ。吾輩の負けを認めよう。前橋京一。いや『マッチ売りの少女』の神子アマデウスよ」

 輝彦が手を叩き、京一を称賛する。呼称が『前橋クン』から変化したのは敬意と共に敵視を含めたからだ。神山詩織を『アテナの執行者』と呼ぶように。

「まさかこの期に及んで、草間さんをその槍で突こうという無様は晒さないよな」

「無論だとも。引き際はわきまえているつもりだ。敗戦のダメージを少なくするのも将の努め」

 輝彦はそう言って『アテナの執行者』を見る。槍を降ろすことなく、油断なくこちらを見ている神の代行者。神の意志に反して、世界に神を降臨させようとする神統主義者テオクラーデ。その為に人の世に混乱をもたらすことを厭わない彼らは、執行者の立場からすれば許容できるものではない。

「望むところだ。拙者の刃はまだ折れてはおらぬぞ」

 光正は自らの炎でボロボロになった体を詩織の方に向ける。まだ心は折れていない。倒れるその直前まで戦い続けるつもりだ。光正が求めるのは修羅の道。詩織が強ければ強いほど、心の炎は燃え上がる。

「……あー。ボクはもう十分堪能したっていうかー」

 則夫は両手を前に出して、これで終わりにしたいと告げる。元より戦いは苦手な則夫からすれば、戦って痛い目を見るようなことはしたくない。先ほど堪能した詩織の体つきを思い出しながら、静かに後ろに下がっていく。

「俺は怪物にはならない。どんな状況でも、絶望はしないから」

 京一は詩織に対し、真正面から向き直る。戦えば負ける。それはわかっている。それでも言わなくてはいけなかった。『アテナの執行者』に命を請うためではない。彼女の『正義』に向き直るために。

「そうね。それは認めるわ。前橋京一は怪物化しない。この神話災害はこれで終わり」

 いいながら詩織は歩を進める。四人に向かって真っすぐに。

「だからといって神統主義者を見過ごすつもりはないわ。ここで貴方達を捕らえて、その考えを改めさせる。

 最後通告よ。――貴方達を生んだ親神。彼らは皆自分の意志で現世を去った。彼らが望まないと知りながら、何故神の復活を望むの?」

 詩織の問いかけに、迷う者はいなかった。

「決まっておろう。吾輩は勝利の神であるオーディンの軍を作るため。いつかこの地に降臨為された主神を迎え入れ、この世界に恒久的な平和を築くのだ!」

 輝彦の願いは、オーディンの軍隊。だがそれは過程。真の目的はオーディンによる平和な世界の構築。その為に邁進し、その為に手を染める。戦とは平和を得るために行うものなのだ。

「拙者の親神、ヒノカグツチの悲しみを晴らす為。この世界に生まれてすぐ殺された父の無念を晴らす為」

 光正の願いは、親神の笑顔。憂いを帯びた父の悲しみを知り、その悲しみを払いたかった。この世界が父の犠牲によって生まれたのなら、その世界を切り払おう。それが父の笑顔につながるのなら、修羅の道も悪くない。

「決まってるんだな。ハトホルのおっぱいに飛びつくためなんだな!」

 則夫の願いは、親神の抱擁。自らを生み、自らを愛した女神に触れたい。それは恋にも似た母への憧れ。あるいはその逆。肉欲にも似た愛への飢え。あるいはその逆。いつかハトホルに触れるために、神を復活させるのだ。

「――俺は、親に会ってみたい」

 京一の願いは、自己の確立。自分自身まえばし けいいちという自己形成パーソナリティには、親と言う存在は避けては通れないこと。このまま夢物語として忘れてしまうわけにはいかない。その手がかりがそこにあるのなら、前に進みたい。

「……わかったわ。要するに力づくで来いってことね」

 詩織はあきらめたようにため息を吐く。神子同士で戦うことは無意味だと思っている。素直に言えば、京一は神統主義者につくとは思っていなかった。言葉を重ねることに意味はない。ここからは戦いにより雌雄を決するのみ。


「吾輩の槍と執行者の槍。どちらが優れているか。たまには策のないぶつかり合いも悪くはない」

「拙者はアテナの『無敵の盾アイギス』を切り裂こう。この一撃に拙者のすべてをかけて」

「ボ、ボクは先に帰らせてもらいたいけど……許してもらえそうにないんだな」

「ええ。個人的な恨みで言えば、一番捕らえたいのは貴方よ。さっきは散々やってくれたわね……!」

「――行くぞ」


 交錯する神子達の武器と思い。

 それはヘルが生み出した世界が完全に崩壊するまで続いた――

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