ヘル ~奇妙な三竦み

 様々な思惑を含む戦いだが、共通しているのはヘルの生死である。ヘル本人以外はその影霊エイリアスの生存は望んでいないのだ。

 故にその矛先はまずヘルに向く。敵の能力を把握することは、どのような戦いにおいても重要だ。故に神子アマデウス達はヘルの能力看破を行う。

 ヘルが指揮する軍勢と能力脅威は『屍者の軍勢』『冷たき吐息』『死爪の船ナグルファル』……そして彼女自身を攻撃すれば、死の恐怖に体が震えてしまう絶望の変調を受ける。彼女の軍勢と能力を探るのが定石なのだが――ヘルのもう一つの能力がそれを困難にしていた。

「『ニブルヘイムの風』……。面倒な能力だな」

偵察をしくじれば痛手を喰らう偵察失敗はファンブルとして扱う。死国の女王らしい能力でござるな」

「失敗すればヘルから反撃を受けるんだな全員1D6+5ダメージ。無理と思ったらやらない方がいいんだな」

 輝彦、光正、そして則夫がヘルの第二の能力を前に偵察を躊躇する。軍勢の能力看破は重要だが、失敗すれば戦い前に傷を負う。それはあと後に響いてくるかもしれないのだ。

「……任せろ。俺が灯りを作る」

 京一が指先に炎をともす。それはかすかな光。大雪の中に点る小さなマッチの火。その火が生む陽炎の中に、そのものが見たい幻影が写る。今神子たちが見たいヘルの軍勢の情報が。

「この灯があれば、皆も何かを知ることも容易いはずだ」

「……ほう。親神の恩恵ギフトを扱いつつあるのか」

「ああ、望み通りにな」

 輝彦の笑みに、変わらぬ口調で答える京一。輝彦の腹の中は読めているのだ。そして輝彦も、そうと分かっていてなお余裕を崩さない。

「『死爪の船』……あの死者達の増援を運ぶようだ屍者の軍勢を未行動にする。封じておいた方がよさそうだな」

「その『屍者の軍勢』は……ふむ、攻撃することで死を振りまくようだな命中時、黒インガ一つ追加。あまり攻撃を受けない方がいいが、流石に三軍勢は多いか」

「『冷たき吐息』は……戦場全てに響き渡るんだな。まともに喰らうと恩恵とかの動きが制限されるんだなギフトの条件に青青が追加。こっちも要注意なんだな」

「拙者はやめておこう。ヘル以外に興味はない」

 神統主義者テオクラート達はヘルの戦力を看破し、相手の戦略を推測する。死者の軍勢を何度も行動させることにより、死を振りまく作戦。神子を殺害するのではなく、世界を死に染めることを優先した冥界ニブルヘイムの女王の戦い。

 詳細な作戦を練る時間はない。ヘルに憑依された草間が手を振り上げる。その手に従うように、死者達が動き始めたのだ。

 そして闘いが始まる。ヘルと、神統主義者と、そして『アテナの執行者』の三竦みの戦いが。


 戦いの目的を個人別に書き出せばこんな所だ。

 ヘルは『世界を死に染めたい』。神子達を排除するか、軍勢を進行させて死を振りまけばいい。

 詩織は『怪物を排除したい』。ヘルと、そして京一を倒す。京一が怪物化するかどうかはまだわからないが、可能性は排除したい。

 京一は『ヘルを倒し、草間を救いたい』。世界が死に染まるか、時間が経過する追撃ラウンド終了までにヘルを倒せればそれでいい。

 輝彦は『京一を怪物化したい』。京一を生存させて、自分でヘルを倒して草間にトドメをさせばいい。そうすれば絶望し、怪物となるだろう。

 光正は『世界を死に染めず、ヘルを倒したい』。草間の生死は関係ない。攻撃の際に手が狂えば、草間を殺してしまう可能性はある致命傷表を振ってもらう

 そして則夫は――

「へっへっへ。ようやく会えたんだな、神山詩織たん」

「へ……? な、なに?」

 則夫は詩織の方を向いて、指をさす。その先には――詩織のおっぱいがあった。

「ブレザーに隠れてるけど僕にはわかるんだな。上から87-56-86の隠れ巨乳! 戦闘では激しく動くたびに胸が揺れるから、少しきつめにブラで押さえてるみたいなんだな。だから前のシーンでは準備の為に帰ったんだな」

「な、なに!? ちょっと、何を言い出すのよこの人!? 前の話とかなに!? エジプトってこんな人ばっかりなの!?」

 胸を押さえてうろたえる詩織。

「ぐへへへへ! 執行者の神おっぱいゲットー! ひゃほーい!」

「きゃー! こ、こっち来ないで―!」

 則夫に飛びかかられて、混乱する詩織。混乱に陥ったのははわずかな時間1ラウンドだが、しかし確かに詩織の動きは戦闘外に向いていた。

 則夫の目的は『アテナの執行者の巨乳を堪能すること』。執行者を倒せればそれでよし。

(僕が『アテナの執行者』を押さえておくから……皆はそれぞれの目的を果たすんだな!)

 などと目線で合図する則夫であった。

「……成程、飛山殿の目的は『アテナの執行者』でござったか。委細承知」

「うむ。どうあれ執行者の動きが止まっているのは僥倖。今のうちに動くぞ」

「すまん、神山さん。悪い人じゃないのはわかってるしすごく不憫とは思うが、今は助ける理由はない」

 合図を受けた神統主義者は言ってヘルに向き直る。時間が経てば有利になるのは数の優位性を持つヘルなのだ。

 死者達の雄叫びを合図に、戦いは幕を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る