乱戦ラウンド 1ラウンド目

ヘル ~マーチ オブ ザ デッド

 戦場における神統主義者の動きは、その個性が現れた。

勝利の魔槍グングニル』を力強く握りしめる輝彦は、速度を落として力を貯めるパラグラフ5に移動

 ヘルを最速で討ち取りたい光正は最前線へ駆け抜けるパラグラフ1に移動。日本刀を抜き、ヘルに切っ先を向ける。

 京一はヘルの戦術の要である『死爪の船ナグルファル』を押さえるために船のいる場所に走ったパラグラフ1に移動

 そして自ら戦いに向いていないと豪語していた則夫は、一歩下がったところ欄外にに移動する。全体を俯瞰し、ヘルが術式を使用すればそれを妨害しようと。

 ヘルは『冷たき吐息』『屍者の軍勢』『屍者の軍勢』『屍者の軍勢』『死爪の船』の順に攻めてくることが分かっている。真っ先に吐息で凍えさせて動きを封じギフト条件を厳しくして、軍勢で攻めた後に、船から増援を出して軍勢を再行動させてさらに神子アマデウス達を攻める作戦だ。

 軍勢で神子達が傷を受ければ、死が振りまかれてしまう。軍勢の攻撃を避け続ければいいのだが、とにかく数が多い。

 だが、怖気づくことなく神子達は戦いに挑む。


 最前線の光正は自らを焔に包む。その熱が、痛みが、光正の力となる。かつてヒノカグツチが母を焼き尽くした灼熱の炎。それを自ら持つ刃に宿らせ、真っ直ぐに切りかかる。灼熱の刃を受けて、ヘルが苦悶の声を上げた。

「まだまだ終わらぬよ。我が刀を捧げ、灼熱の刃をここに」

 光正は武器に纏わせた炎の温度を上げる。刀は瞬時に赤く熱を帯び、少しずつ融解し始める。高熱で崩れゆく刀。斬撃ではなく炎熱により、刀が震え荒れるたびに冥界の女王は悲鳴を上げた。

「すばらしい。吾輩も力を貸そう。戦乙女よ!」

 輝彦が光正に向かい手を向ける。白鳥の翼もつ半透明の女戦士の霊が、光正の後を追うようにその槍を振るう。戦士の助けを行う戦乙女。追撃自体は光正に比べれば微々たるものだが、それでも一撃を重ねることは重要だ。

「『冷たい吐息』は任せるんだな! こ、このボクの熱い滾りが! うおおおおお!」

 手をワキワキさせて詩織に向けている則夫が叫び、その熱い感情を迸る。その熱気がヘルの吐息と混じりあい、プラスマイナスゼロとなるように消失した。このシリアスブレイカーが。

「ボクはいつだって真剣シリアスなんだな! その方向性がおっぱいなだけで!」

 だめだこいつはやくなんとかしないと。あと地の文にツッコミを入れるな。

「屍者の軍勢が動き出すぞ……!」

 そしてヘルの主戦力ともいうべき死者の行進が始まる。世界に死と言う毒を振りまこうとする冥王の手駒。その動きは、狡猾な戦術だった。

「ぜ、全部ボクの所に来たー!? ギャー! ボクを食べてもおいしくないから!」

 則夫が悲鳴を上げながら、死者達の攻撃を避けようと試みる。一度はうまくいったものの、偶然は続かない。則夫の体は傷つき、世界が死に汚染されていく。

(さてどうする……? 前橋君の親神は『マッチ売りの少女』……その恩恵ギフトは戦闘向けではないだろう。おそらく前橋君が『死爪の船』を攻めても、船の動きを一時止める行動済にすることは難しいか)

 輝彦は槍を手に思考する。力を込めた槍をどうするか。ヘルに直接放つか、それともヘルの戦術のキモである『死爪の船』に放つか。

 前提条件として『死爪の船』からの援軍は止めなくてはいけない。手にした槍をそちらに投擲すれば、ほぼ確実に止めることができる。

 だが、輝彦の目的は自分自身がヘルを討つことだ。そうすることで京一に絶望を刻むこと。

(山本君が一撃を加えたとはいえ、この一撃だけでヘルを戦闘不能にする事ができるとは思えない。ならば槍は『死爪の船』に向けて放ち、死者の動きを止めるのが上策か)

 輝彦はそう判断し、『勝利の魔槍』を船に向ける。放たれた槍は真っ直ぐに死者を運ぶ船を穿ち、そしてその手に戻ってくる。『死爪の船』はヘルの力で生み出された造形物。船に与えた傷の一部がヘルに届き、痛みでヘルの顔が歪む。

 だが真に顔を歪ませたのは、船からの増援を止められたからだろう。その意味で、輝彦は最善手を打ったと言える。

 だが、輝彦によるヘル打倒に僅かに遠のいたのも事実――

「流石、北欧神話の主神の子だ。俺にはそんな力はない」

 京一は極寒の戦場の中でマッチのような灯を照らす。そこに生まれたのは、七面鳥やケーキなどの様々なごちそうの幻影。それは物語のように消えてしまったが、神子達はまるでそれを食べたかのように体力が回復していた。

「これは……まるで希臘ギリシアのかまどの神のような能力でござる。活力が湧いてきたでござるよ」

「やはり戦闘向きではない。だが、絶望に染まればその力の方向性も変わるか」

「それじゃ、次はボクの番なんだな。『アテナの執行者』を押さえておくんだなー!」

「いい加減に……!」

 則夫は詩織の胸を揉もうと……もとい、その動きを封じるために詩織に迫る。しかし元々の身体能力の差もあり、まともに攻めればかなうはずもない。……そう、まともに攻めれば。

「ハトホル様ぁ! ボクを助けて欲しいんだなー! 『女性』の為に頑張るボクに力を授けてほしいんだなー!」

 則夫は親神の力を借り、身体能力を増す。女性の権能を持つハトホルは、女性に対する扱いへの力を貸してくれたのだ。

「お、親なら自分の息子が女性に迷惑をかけようとするなら止めるべきと思うけど!」

「ママの力を感じるんだな。そうこれはおっぱいにかけるボクの愛! なので愛を伝えるためにボクは戦うんだな! さぁ、覚悟するんだな!」

 物理的攻撃力ではなくエロスで武勇ではなく愛で攻撃判定して詩織に迫る則夫。その気迫に慄く詩織はそのまま押し倒されて――

「ふざけないで、この変態!」

 それを巴投げの要領で投げ飛ばす。危ないところだが、何とか助かったようだクリティカル回避。詩織の肉体に、薄く青いオーラのようなものが宿っている。

「あれは……執行者の『神宿』か」

 輝彦が詩織のオーラを看破する。

 神の執行者となった者は、自らの親神と強く繫がり親神を憑依させることができる。親神憑依状態の神子は、文字通り神懸った動きを行うことができるクリティカル率上昇のだ。

「状況が許せば相手してみたいでござるな」

 輝彦の説明を聞いて光正が薄く笑みを浮かべる。憑依状態とはいえ神を斬ることができる。それが刀としての心に強く響いた。

 光正の言う通り、状況はそれを赦さない。死者の行進マーチオブザデッドは止まらず、死の侵食は少しずつ進んでいる。極寒の冥界ニブルヘイムは少しずつこの地に移されつつあった。

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