22 ミナ

 ジュンが座っている休日の部屋の中。着信音が響いた。


「ジュンごめん。友達から。出かけてくるね」


 ジュンの言葉も何も聞こえないように、ナツの家に着いた。ナツは一人だった。スケートのビデオを観たり、いつものように過ごした。ナツの部屋に人が集まり出したので帰る。ジュンは部屋にいた。


「俺、なんかしたっけ」


 何もしていない。


別院べついんのツレのところに行くって言ってたから、別院まで探しに行った」


 美嘉ちゃんのところに行くと言って部屋を出ていた。


「何もしない。って話をしてたの」


「エッチのこと?」


 そうだよ。ジュンは何もしていない、と言うより何もしてくれない。


「シャブさ……食うと勃たねぇんだ。でもミナが好きだよ。急に出て行くから追いかけたし充電が切れたから充電器も買った」


「美嘉ちゃんと話し込んでて電話に出れなかったんだよ」


「俺がこんなんだで、他の奴とやっとるんだろうなと思ってた」


「一度もやってないよ」


 さっきもやってた。


 夜。ご飯に行って、部屋に戻ってきてジュンとやる雰囲気になった。本当にジュンはイかなかった。ジュンのペニスをいつまでもしゃぶっていた。もう疲れた。


「しゃぶってよ……」


 意識があるかないか分からないジュンの声がした。もう何も出来なかった。セミダブルのベッドは狭かった。真ん中に大の字になるジュンを避けるように横になった。窮屈で苦しかった。私は泣きながら横たわっていた。





 いつ朝が来たのかも、夜が来たのかも分からない。無断欠勤。着信の嵐。私は店に出かけた。でももう仕事をするつもりはなかった。


「どうしたいの」


 年下の店長に訊かれる。バンスのない私は部屋さえ引き払えば簡単に店を辞めれた。夜はホストクラブに出かけた。久しぶりに飲み続けた。酔ってボックスに横になった私の財布から勝手に支払いがされていた。五万しか引かれていなかった。良かった。


 午前四時。CBCの建物の向こうの瓦町を想いながらナツの携帯にワン切りした。特に用事がなくても気にかかる相手にワンコールして着信を残すのが流行っていた。眠っていると思っていたナツからすぐに着信があった。それはワンコールで消えた。


 ありがとう。さようなら。ナツ。





 部屋を引き払うと言うと、ジュンと言い争いになった。結局ジュンはエルカミーノに乗って出て行ってしまった。どんなに電話をかけても出てくれない代わりにメールでは喧嘩が続いていた。ジュンを捨てたい訳ではなかったけれど、やっぱり彼のメールが言う通り、私はジュンを捨てたのだろう。


 エルカミーノは戻って来なかった。ジュンとは落ち着いて話が出来た。車の名変のための住民票をジュンに渡した。


「俺たちやりなおせないかな」


 ジュンの首筋にキスマークが見えた。


「無理だよ」


 綺麗な雨の色をしたピックアップトラックに別れを告げた。





 私は大須に戻って先輩の店で働かせてもらっていた。カウンターに座る酔っ払いの相手はヘルスの仕事より数倍も楽だった。いろんな客がいた。女も男も。いろんな話を聞いた。


 そして私も自分の話を書いた。最初はブログで。『は』を『ゎ』と書くような文だったけれど読んでくれる人たちがいた。私は書くことを勉強した。


 私が書いていることを知って原稿用紙と広辞苑をくれた人がいた。先輩の店の常連の男の人だった。





 私は今、自分の物語を書いている。

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