21 カオリ
「香織ちゃんは川柳に興味があるの?」
「せんりゅうって?」
「詩かな、いつもチケットに書いてくれるでしょ。あれ集めてるんだ。この前の雨の詩、良かったよ」
自動車メーカーの二十八歳の常連がボクサーパンツだけ身に付けてベッドの上に座っていた。
「あれは俳句だよ! 五七五ってやつ」
「俳句は季語がいるんだよ」
きご……ですと?
「チケット使ってね。もったいないじゃん!」
「香織ちゃんは小説とか読むの?」
読まない! こうゆーことばかり話してるから時間がなくなっちゃうんだよ。ラクでいいけれど。
「読んでるのかと思ってたよ。話も面白いけれど、詩のセンスがいいなと思って」
そうですか。今日はではこんな話をしてあげましょう。
☔︎……
小学校五年生のときの担任は四月に転任してきた男の先生だった。
始業式の新任の挨拶で朝礼台に立った先生は『俺は怖いです』と全校生徒に笑いかけた。前の小学校で生活指導をしていてみんなに怖がられていたから覚悟して下さいと言っていた。
その先生は優しかった。日記を毎日出すように言われて五月頃から書き始めた。
先生はたまに私を呼んで、適当な日記を真剣に読んでくれていて意味が分からなかったところを訊いてくれたりした。
背が高くて厳つい顔の先生は『ゴリラ』って呼ばれていたけれど私は好きになった。
親友のリサにも誰にも言わなかったけれど先生と結婚したいと思っていた。
夏休みに入る前に先生は前にいた小学校の先生と結婚した。
夏休み中に先生はクラスの子たちを家に呼んだ。少し仲良くしていた女子たちと一緒に行くことになって、奥さんが作った料理をご馳走になったり話したり遊んだりして帰ってきた。
毎年、小学校の校庭で行われる盆踊りの日。
おばあちゃんが浴衣を着せて帯を結んでくれてリサと待ち合わせした正門に向かっていた。
うちから近い西門から小学校に入って正門まで校舎の前を通った。
職員室の前のロータリーの辺りは人混みになっていて、その中に背の高い先生を見つけた。
先生は人気があった。回りはひとクラス分くらいの生徒が集まっていてみんなで話しているみたいだった。
先生と目が合ったとたん
「おっ、ミナ! おまえら、あっちにミナがおるぞ! 早く呼んでこい!」
と嬉しそうに大声を出して、みんなに私がいるとニコニコして言った。
先生が呼ぶ声が後ろから聞こえたけれど、そのままロータリーを離れた。
夏休みの宿題はほとんどやったことがなかったけれど私は読書感想文を書く気になっていた。
先生は本が好きで授業中に読んでくれたり、読んだ本を私にも貸してくれたりした。
本は難しかったから学校の図書館で絵本を借りてきた。
海で行われていた水素爆弾の実験のせいで病気になったトビウオの男の子の話だった。
私はその絵本を読んで読書感想文を書いた。
夏休みが終わって二学期の始業式の日に原稿用紙だけ先生に渡した。
先生は
「遅くなってもいいからほかの宿題もできたら持ってこいよ」
と言って笑っただけだった。
それから一週間後くらいに先生に呼ばれた。先生は私が書いた読書感想文を手に持っていた。
「ミナの感想文をクラスの代表で学年に出してもいいか?」
と先生は笑顔で聞いた。
「いーよ」
二人しかいない教室で私も笑って答えた。
それからまた一週間後くらいに先生に呼ばれた。
「残念だけど、ほかの人が書いた感想文が学年の代表になったんだ。俺は最後まで推しとったんだけどな。先生たちが持ってきた感想文を全部読んだけど、おまえのがいちばん良かったから」
絵本の感想文が五年生の代表になるわけない。
私の文が代表になれると思っていなかったし全国コンクールなんかに応募したくなかった。
ただ先生が読んでくれて良かったって
学年の代表にまで推薦してくれたことがコンクールで一位になるよりことより
もっと嬉しかった。
……☁︎
今日は十分前のアラームより前にイかせることが出来た。
「香織ちゃん。書きなよ。香織ちゃんの小説を」
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