第4話 爆誕ブラックキャット

 二次感染者。約数年前、我が国が萌えに滾っていた時だ。突如、萌えに滾り過ぎてしまった人が、鼻から盛大に溜めていた萌えを噴出してしましまうという事態が起きたのだった。その結果、死亡した。萌えが無くなり死亡した。聞いたときは、新アニメの内容かと思った私なのだが、まさか現実で起きていたとは思わなかった。

 で、その後、国から「オタク文化自粛法」と呼ばれる法律が出され、フィギュアは全て生産を強制的に終了させられてしまい、一つも残らず処分された。フィギュアに関わらず、萌えという概念を発生させる物はこの世にはもうない。心が自然とピョンピョンするキャラソンCDも、少しエッチいラノベも、ギャルゲもしくはエロゲも全て。では何故、今私がフィギュアを持っているかというと、通称闇市と呼ばれるオタクな市場では、法律を無視してフィギュアやキャラソンCD、廃刊となったありとあらゆるラノベや漫画、ギャルゲにエロゲ等の様々なグッズが売り出されている。

それで、基本ここでしか今は売っていないので、そこで買った時点で犯罪者及び感染者として扱われる。困った話だ。

「隊長! 感染者の感染率、二百パーセントを超えています」

「何だと……っ! おのれ、早く確保してしまえっ!」

 隊長と言われる機動隊の男性は、部下達にそう命令した。

 私は部下達に捕まりそうになるが、そこはアイドルとしての本業からか軽い身のこなしでするりと回避してみせたのであった。

「感染者よ、よく聞け。その手に持っている物をその場に置いてこちらに来い。今なら事務所の方には連絡はしない。だから来い!」

「そう言われたら仕方がない。……無理だ」

 私は仕事声から一般声に切り替え、隊長に言った。

 今日買ったこのフィギュアを手放すわけにはいかない。黒猫少女は私のお気に入りの作品だ。もう一度言う。黒猫少女は私のお気に入りの作品だ。それをこいつらみたいな人生を楽しんでいない奴らに渡すわけにはいかない。酷く例えるとすれば、生理的に、人間的に嫌だ。

「そうか……。なら、もう手加減無しだ。お前ら! 二次感染者を強制確保しろ! そして、その手に持つ汚物をキレイさっぱり燃やしきってしまえ!」

 隊長がそう言うと、私の周りにいる部下達が一斉に動き出し(それはもうプログラミングされていたかのように正確に)、か弱いか弱い私をいとも簡単に難無く確保してしまった。避けようともしたが、部下達の動きに酔った私は避けようも避けられなかったのだった。

 しかし、私は確保されてもフィギュアを離そうとしなかった。

「どうした? 何をしている? 早く汚物を燃やせ!」

「無理です! 感染者が汚物を離しません!」

 黒猫少女には指一本触れさせるわけにはいかない――とは言っても、もう遅いのだが。触れられているのだが。私はどうにかこうにか離すものかと今できる最大の悪足掻きを部下達に見せつけた。

「いいから早く燃やせ! 燃やさないというのなら、俺はお前らを後で……ぶっ殺すっ」

 ボウっ。隊長が部下達にそう言ってすぐのことだった。私の手元が急に熱くなった。黒猫少女に対する私の愛がついに臨界点を超えたかと思ったのだが、本気で思ったのだが、どうも違うらしい。手はヒリヒリ、というよりジリジリして痛い。鼻の中に、嫌なインク臭、なるべく簡単に言えばプラスチックの焼けた臭いが侵入してくる。目もなんだか痛い。そして、沁みる。

 私は見たくもない手元を見た。現実逃避したいがしきれない現実がそこには確かに存在していた。

「燃焼完了です! 隊長!」

「よし! では、もう一回感染率を測れ!」

 部下の一人がもう一回私を計測機で測る。私はそれを払いのけて、黒い灰と化した黒猫少女のフィギュアを回収しようと思ったが、アイドルと機動隊のリアルな力差によってそれは散った。

「隊長! ツバキさんの感染率、どんどん上がっていきます!」

「何っ!?」

 部下の言葉を聞いて隊長は驚きの声を上げた。

 黒猫少女のフィギュアを燃やし尽くせば、私の感染率は下がると考えていたのだろう。だが、考えてい事とは全く逆だった。私の感染率は部下の言うとおり、どんどん上がっている。下がるということを知らないぐらい勢いよく上がっていく。

「五百……六百……七百……八百……振り切ります!」

 部下がそう報告しようとしたその時だった。完全に不意を突かれた。相手にとっても、私にとっても不意だった。何が起きたか? その場にいる全員が予想できなかった事態が起きた。

 それは空からいきなり落ちてきた。いや、落ちてきたというよりも、突っ込んできた。衝撃が激しすぎて機動隊もろともぶっ飛ぶ私なのだが、その突っ込んできた物体を確かめることに奇跡的に成功したのだ。

「黒猫少女……?」

 ぶっ飛んだ私の第一声はそれだった。

 その物体は、黒いロボットだった。猫耳が愛らしい黒いロボットだった。

「当機ハ、異常ナ感染率ヲ観測シココヘ来タ。ソシテ、感染率ガ異常ナノハ、貴君。名ハ、裏表ツバキ。女性。スリーサイズ、ヨンジュウニ、ゴジュウゴ、ハチジュ――」

「言わなくていい!」

 私は自分のプロフィールを読み上げるロボットにそう言った。

「……デハ、聞ク。貴君、裏表ツバキ」

 ロボットは私を見下ろしこう聞いてきた。


「二次元ハ好キカ?」


 私はゆっくりと口を開く。

「……はい、好きです。とっても好きです。大好きです。生まれ変わったら猫耳娘になりたいくらい大好きです。宇宙のように果てしなく大好き、です!」

 私はロボットに想いをぶつけた。想っていた事全て、沸き上がってきたもの全て、胸に詰まっていた事全てを吐きだした。

 ロボットは私の言った事をすべて記録し終えたのか、ひざまずき忠誠を誓う。

「貴君、裏表ツバキ。当機ハ、ツバキヲ主人ト登録スル。ソシテ誓オウ。当機ハ、ツバキノ夢ヲ叶エル、ト」

 ロボットは私にそう誓った。私の夢を叶えると。

 この時、私の胸の中に僅かな希望が生まれた。二次元復活の可能性を。

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