第3話 帰宅リストリクション
店を後にしてから数十分。電車に揺られながら吊革に摑まる私。手には先程購入した「
「はぁぁぁ……」
私は漏らそうと思ってはいなかった甘い吐息をうっかり漏らしてしまった。そのせいで周りにいた人がすごく驚いている。声もそうなのだが、その声が仕事の声だったので、もうすでに人だかりが出来始めている。電車の中で人だかり。これぞ本当の満員電車。うまい事を言っている場合ではない。
私はフィギュアが入った袋を頭上に移動させる。
それからは質問攻めだったり、写真の連打だったりと疲れを倍にする出来事のダブルパンチだった。こんな電車の中でさえ、プライベートさえアイドルの
そして、なんとか降りる駅に着いたので、人込みを縫うように出て行った。それでも追いかけてくる人はチラホラいるし、SNSで拡散しようとする人も少なからず。神様、平穏をください。十秒でも良いです。お願いします。
駅から出て、ひたすら走って走って振り切ろうとがんばる私。そして、奇跡的に振り切れた。ありえない事に。しかし、自宅とは反対方向に逃げてしまったのでまた大分かかりそうな感じだ。
「最悪。ホントに最悪」
私は知らず知らずのうちにそんなことを呟いていた。まあ、その通りなのだけれど。
住宅街を今こうして歩いている訳なのだけれど、さっきからおもしろいくらい通行人に会わない。ラッキーが私に今降りてきている。このまま無事に付けば最悪からの最高の逆転劇なのだけど、そうはならないものかの私は思う。ここまで最悪と最高が別れた一日なのでそう言う事も期待してしまう。ただ、今は最高が来たので、次来るのは最悪なのかもしれない。SNSで拡散されていると思われる私の居場所はこの近辺の住民には丸わかりであろう。しかし、逃げ切ってみたい、無理だとしても(一億二千万人の人口を誇る我が国の事なので無理だとは分かっている)。
数十分歩いた所で私はある事に気づく。それはもう絶対にあり得ない事だ。さっきからおかしいと思っていたのだが、車をさっきから見かけていない。それどころか、人っ子一人見ていないのだ。非常に不気味。人の声も、風の音も、地面の振動ですら聞こえない。今ここにいるのは、私だけ。裏表ツバキという人物ただ一人だけなのだ。
この違和感すぎる違和感に私は恐怖心を覚えた。いつも歓声を浴びているから静かなのが苦手というわけではなく、純粋に気持ち悪くて、気味が悪くて、恐くて、怖いのである。
「……っ!」
私は咄嗟に後ろを振り向く。後ろには誰もいない。今、何者かの気配を感じ取った。
バラエティ番組にもたびたび出演する私なので(主にドッキリ企画なのだけど)、自分でも知らないうちに気配を感じ取ることが出来るようになった。その結果、最近はドッキリ企画も素晴らしい程きれいに来なくなった。まあ、そんなどうでもよすぎる情報は今はいらないのだけれど。
とにかく、私は気配を感じ取ったので、後ろを振り返った。しかし、人の気配も動物の気配も何も無い。しかし、さっきから感じるこの視線は何なのだろうか? 一言で分かりやすく言うとすれば、「監視されている」としか言えない。
私が軽快に警戒していた時にそれは起きた。最初は道の向こう側から一人の男がやってきた。次に反対側からもやってきた。次第に予想を斜め上に行く所から出てきた。普通の民家から、自販機の中から、ベンチの下から、マンホールの中からと出てきたのだった。特殊機動部隊の隊員が。その数、ざっと見ただけで五十はいる。そして、私に対して銃を向けてくる。大分手の込んだドッキリなことだ。
私は仕事の声で隊長らしき人物に聞いてみた。
「あのぅ? これって何かのバラエティですかぁ? 私、まだこの状況分かって無いんですけどぉ……」
すると隊長は一瞬も微動だにせず、私にこう云いつけてきた。
「観念しろ、裏表ツバキ。いや、もう貴様は裏表ツバキでは無かったな」
私はうろたえた。当然だ。いきなり裏表ツバキではないと言われてうろたえない裏表ツバキがどこにいる。ここにいるのだが、正直なぜこの隊長らしき人物に言われないといけないのかわからない。
私が疑問を浮かべていた時、隊長らしき人物は言い放った。
「諦めろ。無駄な抵抗はもうするな、二次感染者。貴様は我々公共機動隊が責任もって連行する」
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