第7話 試合でした

「申し遅れました。私、メイドの長を務めますリヴィア=カトラリーと申します。生憎、下等生物ゴミは必要ありませんので大人しく消されていただけません?」


『は、はあ・・・。』


丁寧にお辞儀をしながら見下すという見事な芸当をやってのけたリヴィアに、赤ん坊の私は念話テレパシーもかけることができず、ただただふよふよと第3階級魔法の飛行フライによって浮かんでいた。



───午前9時、大広間ロビーには中心の舞台を囲むようにして大勢のメイドたちが集まっていた。皆、口元には笑みを浮かべ、これから始まるであろう一方的な試合ショーを楽しみにしている。

そして信じているのだろう、最強にしてメイドの長であるリヴィアの勝利を。


滑稽なものだ、とアヴィルは思う。相手の強さを測れないことは己の命の危機に関わる。弱者だと油断したならば最期となるのだ。

しかし、実際にサクの強さを測ることは困難だろう。裸の状態と変わらず、常時抑えられているのだろうか?全く読めない。


『あー・・・アヴィル、もう始めるの?』


「・・・あ、ああそうだね。じゃあ始めよう。」


アヴィルは先程まで考えていたものを捨て、舞台上の2人に笑顔を向ける。折角こんな楽しいことが始まるのだ、考え事をしていては勿体ない。


「一応確認だけど、サク・・・ああこの赤ん坊のことね、サクが勝ったら実力を認めて皆はサクに仕えること。で、リヴィが勝ったら・・・ああ、サクは食料になるんだっけ。まあいいや、ルールは瀕死か死で負け、降参は認めない。それでいい?」


「異論はありません、アヴィル様。」


『はいはい、お好きなように。』


2人の了承を受けたところで、アヴィルは手を構える。


「じゃあ、試合開始!」


────さあ、ショーの始まりだ。








「では、いきます。」


────とうとうこの時が来てしまった・・・。


私はため息をつく。


『さあて、と。どうするべきかね・・・。』


試合は始まったというのに両者共に動く気配がない。二人とも様子を見ているのだ。

しばらくの沈黙の後、リヴィアが口を開いた。


「・・・こんな赤ん坊に私が負ける?笑えない冗談ですね。」


せっかくの端正な顔を憎々しげに歪めるリヴィア。

───本当に笑えない冗談だ。


『はいはい、本当にこれで人生終了なんて笑えませんよ。』


どうせこんな皮肉は聞こえてないんだろうけど、と半ば諦めつつ相手の一挙一動に注目する。

装備やアイテムは整っているものの、下手したら死ぬかもしれないのである。慎重にいかないといけない。


「《炎槍フレアランス》!!」


不意にひょいっと身体を反らせた私のすぐ横を、手の平から放たれた炎の槍が高速で通り過ぎた。

まるで知っていたかのように、あまりにもあっさりと避けられたせいか、リヴィアの顔が驚愕に染まる。


「なっ・・・。」


『さて、どうしたものかな・・・。』


私はさっきと同じような言葉を呟く。

予想していたとはいえ、実際目の当たりにするとどうも調子が狂いそうだ。

───こんなんじゃ、弱すぎる。


つまらない。


「・・・小しゃくな!!《雷撃ライジング》《炎槍フレアランス》《雷撃ライジング》《炎槍フレアランス》!!」


矢継ぎ早に雷と炎の鋭い一撃が来るが、全て軽く身体を捻ることで難なく躱す。


二つとも第4階級魔法・・・階級は低いが強力な術者のおかげで無詠唱の割には威力も速さも結構あるが、私からするとやっぱりもの足りない。なぜ、第4階級以上の魔法を使わないのだろうか。


『まさか・・・使えない?』


魔王の直属のメイドの長でありながら?


「攻撃せず避けるだけなんて、舐めたまねしますね。・・・本気でいきますよ?」


───リヴィアの顔つきが鋭く変わる。


『いや、別に舐めてるわけじゃなくて・・・ただ単に攻撃するとすぐに終わっちゃうからなんだけど・・・まあ、聞こえてないよね。良かった。』


聞こえないということに安堵してため息をつく、と同時にタンっと軽い音とともにリヴィアが床を蹴った。

ぐん、と一瞬で距離が縮まる。だが、目視出来ないほどの速さでもない。私の視界にはしっかりと、こちらへと手を伸ばしたリヴィアが映っていた。

逃げられないように至近距離で魔法を撃つつもりだろうか。


『遅すぎ。』


同じように余裕で躱す。しかしリヴィアは、


「今度こそ終わりです。」


にっこり、と笑う。

───まるで薔薇の華が咲くような、そんな笑顔。・・・刺があるから美しい薔薇の華。

横目で後ろを見てみると、さっきまで浮かんでいた所の床に、クレーターのような大きな亀裂が走っていた。それは球状に張られた結界のギリギリまで広がっている。

───単純な力での破壊。なにも防御せずに当たれば一溜りもない。


『うわあ・・・。』


現実リアルでは到底ありえない筈のことに思わず息を呑む。

そんな私を見据え、リヴィアは数分前は綺麗だった黒大理石の床のクレーターに手の平を埋めると口元を歪め、叫んだ。


「《地獄喰ヘルイーターらい》!!」


───刹那、地が、空気が、動きだす。

腹の底に響くくらいの地響きと共に、ぐにゃりと黒大理石の床が変形してゆく。まるで全てを飲み込むかのように床がパックリと二つに割れ、広がるもそれは結界のところで止まる。


それを見てアヴィルがぽつりと呟いた。


「・・・ついにリヴィの十八番が出たか。かなりイラついてるね、すぐに終わらせたいってさ。ねえ、サク?」


────俺が結界を解いたらどうなると思う?


『そんなのって・・・。』


際限なくこの《口》が広がっていくんじゃ───恐る恐る呟いた私の答えはアヴィルの笑みによって肯定される。

地に手をついたままリヴィアは言った。


地獄喰ヘルイーターらいは私が倒されるか魔力が尽きるまで、永遠に広がり続けます。そして全てを喰らい、地獄へと堕とすのです。」


『・・・第8階級魔法地獄喰《ヘルイーターらい》、魔法発動中はずっと魔力を消費し、その上消費が激しいため、使う者は殆どいない。口の周りにいるものを次々に引きずりこんでいく。まあ、その分一撃必殺にはなっているが・・・。』


喰われたら地獄から帰ることはできない。


───第4階級魔法しか使えないと思ったら、いきなり第8階級魔法か。


宙に浮いたまま私は、地獄へと繋がる穴を冷静に見下ろした。

割れ目からは禍々しい霧のようなものが溢れ出し、死者の青白い手が何かを掴もうとして伸ばされる。中は正に地獄絵図と言えるだろう。

割れ目から我先にと隙間なく飛び出る青白い手に身震いした。視界が白で覆われる。


『これはいつ見てもホラーだな。』


幸いなことにアヴィルの結界は解かれてないため規模は大きくないが、不気味なことには変わりない。

私は足元を掴もうとした死者の手を素手・・で払い除ける。


───でも、この魔法は選択ミスだ。


その様子を見てリヴィアの目が見開かれた。


「なっ・・・なぜ、効かないのですか!?死者の手に触れても何ともないのですか!?」


『普通ならば死者の手に触れると生気を吸われ、ただでは済まない。しかし、生気のない者だったならどうだろう。』


驚くリヴィア。彼女だけでなく周りの観客メイドたちまでもが口を半開きにし、驚愕の表情を作っている。

ただ1人真実を知っているアヴィルだけはニコニコと笑っていた。

イタズラっ子のような笑みで真実を告げる。


「ああ、言ってなかったけ。サクはアンデッドだよ?ぱっと見じゃわからないけど。」


リヴィアの動きがピタッと止まった。驚きの表情も消える。


「じゃあ、この魔法では・・・。」


「うん、これでは一生倒せないね。無効化されるから。・・・つまりはリヴィ、君の選択ミス。相手の力を見誤った君の負け。」


結界越しで笑みを崩さないまま、辛辣にアヴィルは言う。


「アヴィル様!!私はまだ・・・それに魔力だって!!」


愛しの御主人様に屈辱的なことを言われ、悔しげに金色の瞳に涙を浮かべる。

すっ、と塵のように地獄喰ヘルイーターらいが消えるのを見ながら、気の毒に、と肩をすくめた。


『アヴィル言うねえ。でも女の子を泣かせちゃだめなんだけどなー・・・。』


「・・・来なさい、《雷龍撃ライトドラゴン》!!」


リヴィアは地から手を離すと、右手を振り上げて叫ぶ。

何処からともなくリヴィアと同じくらいの大きさの雷龍が、バチバチと電気を纏って現れた。

雷龍と言ってもその正体は、意思もあり知能も高いが所詮はただの龍の形をした雷の塊。普通は単発での召喚なので恐れることも何も無いが・・・。


リヴィアは違った。


『・・・第6階級魔法の複数召喚、ね。さすがは魔王直属のメイド長様。』


リヴィアの右手には計5体もの雷龍がバチバチとまとわりついていた。辺りが雷の光により、真昼のように明るくなる。

目を細め、どうしたものかと考えを巡らした。


「恐れて動けないのですか?」


『いや、別にそんなわけじゃないんですけども。まあ確かに複数召喚は凄いとは思うんだけどね。・・・どうしようかな。』


おもむろに私は右手を伸ばす。

よし、もう魔法を使ってしまおう。


───第9階級魔法万能鎖《オールマイティーチェーン》、第6階級魔法雷龍撃《ライトドラゴン:複数召喚》


バリバリバリッ、と大量の紙が裂けるような音。

次の瞬間地から飛び出た無数の鎖がリヴィアを、雷龍を、縛り上げる。


「んな、なにを!!《瞬間移動テレポーテーション》!!」


リヴィアの咄嗟の魔法発動により、艶めかしく鎖に縛られていた身体が自由となるが、雷龍は縛られたままだ。

───ほっとしたのも束の間、自分の魔法が縛られているのを見てまたもや驚愕する。


「な、なぜ魔法・・が縛られているのですか・・・?」


───普通の鎖ならば人や物など、存在する物体を縛ることができるが、《万能鎖オールマイティーチェーン》は物体はともかく、魔力でできた魔法ですら縛ることができる。コントロールを極めれば、相手の魔法無効化も可能だ。


常識を破られたリヴィアは動作を停止する。ありえない事実についていけないのだ。


「リヴィ、もうわかったでしょ?」


もう一つの魔法で召喚した、計77もの雷龍が後光のように背中から辺りを照らす。


「勝負は最初から決まってたんだよ。」


リヴィアが顔を上げた。瞬間、目が見開かれる。


「あ・・・ありえ・・・ありえない。なんで、なんでそんな大量に・・・。しかも二つの魔法を同時に!!」


一斉に雷龍たちがリヴィアを見下ろす。


『結局、つまらない戦いになってしまってごめんなさい、リヴィアさん。その代わりにラッキーセブンにしたので許して下さい。ごめんなさい、777体は入りきらないと思い、断念しました。本当にごめんなさい。』


軽く頭を下げて謝る。───果たしてリヴィアはこれでわかってくれただろうか。


「あ・・・あ・・・。」


リヴィアの声にならない叫び。


───こんなの、こんなのってまるで・・・アヴィル様でしかありえないことなのに・・・!!


『じゃあ、いくよ。下等生物の力、とくとご賞味あれ。』


リヴィアは観念したように動かない、いや動けない。


───雷龍が、動いた。77体が一斉にリヴィアを襲う。その光景は大きな雷龍の頭が喰らう様。


リヴィアだけでなく観客までもが動かない今、アヴィルだけは───・・・、


「はーい、そこまで。」


この場に似つかわしくない声と共に、リヴィアの周りにいくつもの盾が現れる。


『無言で防御盾シールドを発動したのか、アヴィル。どういうつもり?』


私は怪訝そうに眉をひそめながら、盾に到達する前に雷龍を消す。

変わらず笑みを浮かべてアヴィルが言った。


『いや?このままだと本当に殺されそうだったからね。』


『でもそんな簡単に死ぬほど弱くはないでしょう?』


『俺が介入しちゃいけないなんて言ってはないでしょ?死ななくても、大怪我されたら色々と不味いんだ。サクも必要以上の恐怖はいらないでしょ?』


『・・・十分に力を示したからもういいだろ、そう言いたいのか。なら、いいや。ここでおしまいにしよう。』


突然黙り込んで見つめあう二人を、リヴィアを含め観客メイドたちが不思議そうに見る。

それをアヴィルに目線で伝えれば、防御盾シールドと結界を解いた。

周りを見回し声を張り上げる。


「というわけで、サクの強さが理解できたなら、これからこの城に住む者として歓迎すること。以上!!」


────・・・全てのメイドが頭を垂れた

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