第6話 成長期でした/馬鹿です森です勇者です

『・・・え、なんで?え?』


そもそもアンデットというものは骸骨、骨だけの身体である。私ももちろんこの皮の下は骨だけ、血も肉も当然筋肉もない。それが成長?骨だけで?成長ホルモン云々は何処に・・・。

そういえば身長も伸びたような・・・。

でも、

───そんなのありえない。


「どうかしたの?」


困惑気味の私にアヴィルが聞く。私はそれには答えず、とりあえずベッドにたどり着くと徐ろによじ登った。


『・・・。』


そして空間アイテムボックスからこっそりと装備品である指輪などを幾つかつける。


「サク?」


・・・確かにステータスは引き継いでいるみたいだ、それにアイテムボックスもそのままの形である。

しかし、容姿だけが赤ん坊だった。それだけが引き継がれていなかった。


(それが今、修正されてる?いや、ならなんで最初からしなかったのか。もしかしてその事に不都合でもあるのか。)


『・・・なるほど、不都合か。』


───それならば納得、かもしれない。なんせ、ただのアンデット如きにこの世界の意思などわかるわけがない。


赤ん坊の時よりも自由になった身体に不気味さを感じながら、全ての指に嵌められた指輪を眺める。

一見するとシンプルな指輪に見えるそれらは、れっきとした装備品である上、その価値は計り知れないほど。一つで複数の効果を持つので、十個の指輪の効果の合計はどのくらいになるのだろうか。

・・・もちろんこれらはどれも課金ガチャで手に入れたものである。

───嗚呼、諭吉さんや・・・と、 指輪たちとの苦い思い出に浸る中、ふと月光が遮られた。見上げるとアヴィルが立っている。


「サク!」


『はいい!!』


突然の声に思わず大声を出してしまった。いきなり何なのだろうか。


『な、何でしょうか?』


そう聞くと、


「だって、反応してくれないんだもん。どうしたの?いきなり黙っちゃってさ。」


そう言って口を尖らせたアヴィルがベッドに腰掛ける。私の身体がやや右に傾いた。


『・・・あ、ごめん何でもないよ?』


「へぇー?隠すんだ。」


言いながらアヴィルはだんだんと身体を近づけていく。私は慌てて身体を離した。

やがて吐息がかかるほど近づいたところで、


「なにか、隠してる?」


身体が、硬直する。しかしそれは胸の高鳴りからとかではなく、単純な圧迫感からだ。

私は謎の威圧感から逃げるべく声を絞り出した。


『い、いや・・・別に隠してるわけじゃ・・・。』


「ふぅん?」


しどろもどろになりつつも、必死に首を横に振ってると、アヴィルは目を細め諦めたのか「ま、いいや」と一言呟き身体を元に戻した。

しかし、それで終わる訳では無い。アヴィルは一つ爆弾を落とした。


「あ、そうそう明日の朝、大広間ロビーでメイドたちと試合やるから。頑張ってね。」


『はあっ!?』


予期していたとはいえ、唐突な告知である。声が出てしまった。


「後でメイドたちに知らせるからね。サクはもう寝てていいよ?」


『なんと急な・・・えーと開催は何時ですか?』


「9時ごろかな。」


『・・・ちなみに今は?』


「23時ぐらい。あと1時間・・・もうすぐで明日になるね。」


『なるほど・・・。』


アヴィルに一通り聞いたところで腕を組む。


───1日は恐らく24時間。時間に関しての変更はなさそうだ。・・・装備に関しても問題ないし、魔法も使える、もちろんMPはもう既に全回復済み。残り10時間程の猶予があるけど、必要ないかな。


一瞬、逃亡なんてことも考えたが、すぐに見つかり殺される結末しか考えられなかったのでやめておいた。命大事。


ならばここは素直に従うとしよう、と豪華なベッドに大の字になるとゆっくりと身体が沈み込み、柔らかな羽毛布団が身体を包み込んだ。

自然とにやける。


(うーむ、ふかふかだあー。最高、もう満足、一生ここで寝ていたい。)


「幸せそうな顔だね。気に入った?」


『うん、ふかふかで気持ちいい。羨ましいよ、欲しい物は何でも手に入りそう。』


アヴィルが一瞬目を細める。だが、すぐに元の笑顔に戻った。


「・・・本当にそう見える?」


『うん、魔王なんでしょ?王様のイメージってそんな感じだもの。』


「そっか。・・・そう見えるんだね。」


『・・・うん?違うの?』


「いや、違くはないよ。・・・ほら、もう寝なよ。夜も遅いよ?」


『え、ああうん。そうだね、もう寝ることにするよ。』


若干の誤魔化された感はあるものの、ふかふかの最高級ベッドで気分が良かった私は素直に布団に潜り込んだ。

ふむ、暖かい。最高の寝心地だ。


そこでふと気づく───アンデットだから睡眠の必要ってないんじゃないか?───

そうして初めて、夜遅いのにも関わらず睡魔を感じないことに気がついた。


『あー・・・。』


「どうしたの?」


『・・・いや、もう寝ます。おやすみ。』


それでも目を閉じてしまうのは人間だったという過去のせいかもしれない。寝ることが当たり前だったのだから、必要なくなってしまったからってやめる訳がない。アンデットでも寝ることができない訳ではないはずだ。・・・むしろそう信じてる。


(これから睡眠は嗜好品になるのか・・・なんだか不思議な感じだな。)


最後にため息をつき、ぽふり、と布団に顔をうずめた。

程なくして、意識が深く深く沈み込む。

人間の時と同様に眠りについたのだ。


「・・・。」


しばらくしてサクの規則正しい寝息が聞こえてくる。どうやら寝たようだ。

───その様子を見てアヴィルは意味ありげに微笑む。



「さて、と。色々やんなきゃな・・・なんせお客さんが二人も来たんだから。」


ああ忙しい───アヴィルはそう呟き、音もなく消えた。




────同時刻、魔の森にて


「・・・ここはどこ?」


木が綺麗な円状に消えている、その中心に白い鎧に身を包んだ青年が立っていた。

歳は16歳くらいか、まだ顔に幼さが残っている。


青年が困ったように呟く。


「おかしいな、何かのバグかな?僕はさっきまで街のフィールドにいたのに・・・それでEWOをログアウトしようとして・・・。」


白銀色の髪、やや青みがかった大きく潤んだ瞳、桜色の薄い唇、すっと通った鼻───それら全てが整った位置にある。男でありながら、か弱い美少女と見間違われても仕方が無い程の容姿だった。

しかし、身を包んでいる白い鎧はずっしりとしていて、かなりの重量がある。しかも背にはこれまた白い大剣が背負われていた。

容姿と装備がちぐはぐだが、それがまた青年の儚そうな美を引き立てる。


「と、とりあえずGM《ゲームマスター》に連絡しないと・・・。」


青年の手はメニューを開こうとして───固まった。

あれ?おかしな、と何度も開こうとするが手は虚しく空間を切るだけで一向に開く気配がない。


「まさか、これもバグ?前はこんなことなかったのに、何でいきなり・・・それに、この円は。」


そう言って周りを見渡す青年。見事に青年を中心として円状に木が消えている。

半径何メートルだろうか、境目からはまた鬱蒼とした森が続いていた。この空間だけぽっかりと木が抜け落ちているのだ。


「これを・・・僕が?僕に力が・・・?」


───もしかしたらここに着いた瞬間、自分の気づかぬ間に、何かが起きてこの円ができたのかもしれない。


青年の心が高揚する。

メニューが開かず、ここがどこかもわからず、これからどうすればいいかも分からないのに、力はある。悪を止める正義の力が。

それはあながち間違いではない。・・・このことにより青年は一つの決断をする。


ここがEWOでも、違う異世界でも、現実ではないのなら、もう何処でもいい。自分には力がある。


「なら、僕は悪を、魔王を倒す!」


────榊原 勇太は小さいころから勇者に憧れていた。悪を決して許さない正義の勇者、姫を助けるかっこいい勇者、強大な力を持つ勇者・・・様々な勇者に憧れを抱いていたが、その中でも勇者の持つ力に憧れた。

いじめられっ子で非力で何も出来ない、でも力さえあれば・・・。

歳を重ねるにつれてその思いは強くなり、沢山の小説も読んだ、時には自分で書きもした。勇者がハッピーエンドを迎えない作品には低評価をつけ、批判をしたりもした。もちろん、叩かれもしたが、自分を曲げることは決してせず、自分が正しいと思い続けていた。


───なんせ、自分は正義の勇者なのだから。


そんな時にEWOに出会った。かなり自由度が高いらしく、評価も高い。これならば悪を裁く力が手に入る、好きなだけ悪を裁ける、そう思った。

ラスボスである魔王に挑んでみるも、惨敗。傷一つつけられず悔しい思いをした。


悔しいまま、とりあえずいつもの初期装備縛りで訓練し、一息つこうと街に戻りログアウトした結果が今の状態だ。ログアウト前に装備を替えたから良かったものの、メニューが開けない今、アイテムは使えなくなってしまった。

原因不明の謎のバグ、見た事もない森のフィールド。だが、自分のやる事は変わらない。


「悪は許さない・・・絶対に。」


青年───ユウタは噛み締めるように言う。


───その時、地面に一つの変化が起きた。月光とは違う紫色の光。


「えっ?なにこれ?・・・まさかこれが魔法陣?」


足元に複雑な文字が乱雑した魔法陣のようなものが現れる。それは徐々に輝きを増していき、ついには直視できないほどに明るくなった。

思わず目をつぶるユウタ。


「誰か、うわっ。」


すぅ、とひんやりした風が吹いた刹那、ユウタの姿は紫色の光に包まれ、消え去った。

後には木が生えていない円状の大地が寂しく残るのみ。





「ふぅん、勇者サマか。・・・あの人も懲りないなぁ、俺に勝てる異族なんていないのに。」


地上より遥か上空、青白い月を背にその様子をじっと見ていたアヴィルが呟く。


「こっちの方は期待はずれだけど、期待以上のいい拾い物もしたし、結果オーライかな。」


黒く艶めいた翼をはためかせ、妖しく笑う。心底愉しそうに、愉快そうに。



「・・・さて、と。あの人をお礼ついでにからかいにでも行こうかな。」





アヴィルが消えた後には、青白い月光が大地を世界をただ照らしていた。

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