第5話 魔王でした

先程と同じように転移で城の中へと移動する。どうやらここが大広間ロビーらしく、天井にはキラキラと煌めくシャンデリアがいくつかぶら下がっていた。

これでもかと言わんばかりの豪華さに目を見開く。


いや、それだけではなかった。黒色を基調とした装飾に、大理石を思わせる艷めく床や柱。そこらをシャンデリアが、暗闇の部分部分を幻想的に照らしている。

幻想的に照らされているのは暗闇だけではない。───何者かの気配。それも1人ではなく複数の。


(人?・・・いや、違うな。)


そこにはいつの間にかメイド服を着た女性たちがいた。それも皆、清純、活発、妖艶などそれぞれ系統の違う見たこともないような美人。恐らく、異性ならば誰もが虜になるだろう。

そのうちのリーダーらしき1人がアヴィルを見て一礼し、それに続いて他も一礼する。


「おかえりなさいませ、アヴィル様。」


「「「おかえりなさいませ。」」」


「ん、ただいま。」


アヴィルが気のない声で反応すると、メイド服を着たリーダーらしき女性が一歩前へと出てきた。


「アヴィル様、その赤ん坊は?」


女性が顔を上げると、さらっとした金髪が肩から滑り落ちた。怪訝そうに金目の中の瞳孔が細められる。

この家のメイドなのだろう、かなりの美人だ。

・・・だが、いくら私が怪しくたって睨まないで欲しい。正直、美人さんが睨むと怖いです。ちびりそうです。


「アヴィル様、そのような汚らしい下等生物クズにお触れになられていたらお身体が汚れます。その生ゴミをどうなさるおつもりで?」


『わあ、これはひどい言い様だな。』


女性の目には、私に対してのはっきりと侮蔑の意が込められていた。言葉の端々にも私を見下すような意思が見て取れる。まるで道端に転がったゴキブリの死骸を見るようだ。

・・・ドMと呼ばれる人種ならばご褒美だろうが、生憎私はM、ましてやドMではない。全くもって興奮しないし嬉しくもない。


(けど不思議と嫌な感じはしないんだよなぁ・・・。アンデットだからか?・・・まさか新しい扉が?いやいやいやそれはない。)


女性たちの視線を一身に受けながらも何とか冷静に持ちこたえる。ここで取り乱したらどうしようもない。

よし、ここはアヴィルに任せるとしよう。

私は映画を見るような感覚で、これからの展開を見ることにした。


「もしかして、育てるおつもりですか・・・?」


アヴィルが女性の方を横目で見る。


「うん、育てるつもりだけど?」


アヴィルは私に言ったようにさらっと言う。

「まさかアヴィル様が?」「下等生物のくせに」「きっと育てて食料にするおつもりよ」「でもアヴィルに直接触れて・・・」────メイドたちの間でざわめきが起きた。

それを先程の女性が手で制する。


「アヴィル様・・・。」


「あ?なに?・・・何か問題でもあるの?」


「いえ、育てて食料にするおつもりならば、私どもが代わりに・・・ひっ!!」


「・・・は?」


突如、大広間にぞわりとするような冷気が漂った。見るとアヴィルの目は細められ、辺りに凄まじいほどの殺気が放たれている。


「あ、ああ・・・。」


傍観者である私からみても、怒っているとわかったくらいだ、当然当事者である女性にはさぞかし恐怖となっただろう。

でも、何故か怒っているのかはわからない。

不思議に思いながらアヴィルとメイド服の女性交互に見る。


見る見るうちに女性の顔は青ざめてゆき、傍から見ても身体全体が震えているのがわかった。そこから見える感情は、恐怖。

慌てて女性は謝罪のため腰を折り謝る。


「・・・も、申し訳ございませんでした!!もし私の命でこの無礼が許されるのならば、今ここで捧げます・・・!!」


すっ、とナイフを取り出し、細い首筋に当てる。それを見てアヴィルが言った。


「いや命なんかいらない。それ、しまって?」


そしてアヴィルは暫く考え込むと、ちら、と私を見た。


(なに?なんか嫌な予感しかしてこないんだけど・・・。)


そして、案の定それは当たる。


「そうだ、提案通りこいつのお世話係になって貰おうかなって思ってね。もちろん、手を出しても構わない。でもどうせ、メイド如きには殺せないだろうけど。」


「・・・承知致しました。」


『ええええ!?いやいやいや、絶対私を殺りにくるじゃないすかこの女性ひと!!世話させる気ないでしょ!?むしろ後始末させる気でしよ!?』


「じゃ、俺は部屋にいるから。後で呼ぶよ、リヴィ。」


『私は無視ですか・・・そうですか。ええそうですよね、私はただの赤ん坊ですもんね。』


私は口をとがらすと、目の前で静かにこちらを敵視している女性を無表情に見る。


────・・・リヴィさん、か。

どうやらこの女性の名前はリヴィって言うらしい。多分あだ名だろうが、とても容姿に似合っている。

無視された当てつけとして、とてもわざとらしく息を吐き出す。

・・・べ、別に悲しくなんてないんだからね。


私のことを観察するようにじっと見つめていたリヴィがアヴィルに視線を移すと、恐る恐るといった感じで口を開いた。


「・・・あの、アヴィル様。」


「何?」


踵を返すアヴィルを呼び止める女性。女性だけでなくメイド全員が何やら不満気な顔をしている。


「僭越ながら申し上げますが、アヴィル様の下僕である私たちがその赤ん坊に劣るのですか?」


それを聞いたアヴィルはニッコリと笑って、


「・・・それは後でみんなわかるから、ね?」


『まさか・・・。』


───みんなの前で私と戦わせるんじゃ・・・。

嫌な考えが頭をよぎる。装備がない状態の今、戦うのは好ましくない。


(・・・服を着てから、装飾品だけでも身につけるか。)


隠れてため息をつく。やるしかないな、うん。

そんな私の様子を見てくすり、と笑うアヴィル。・・・その顔が何気にむかつくんだが。


「それじゃ、暫く俺の部屋には近づかないでね?」


アヴィルの言葉にメイド服の女性たちは一斉に頭を垂れる。訓練された見事な動きである。

その様子を見ながら、アヴィルに聞いた。


『アヴィルって本当に何者?偉い人?』


いたずらっぽくアヴィルが笑う。


「部屋に着いたら教えてあげる。」


『・・・へーい。』


アヴィルは小声でそれだけを言うと、メイドに開けてもらった奥の扉の中へと入る。


『・・・ん?』


その瞬間、空間が歪むような感覚と浮遊感。この感覚は、転移魔法を使った時と似ている。だとしたら、これは・・・


『転移門?』


私が問いかけるとアヴィルはニヤッとして頷いた。・・・その表情にイラつくのは何故だろうか。


浮遊感がなくなり、目を開けるとそこは長い廊下だった。壁には蝋燭が規則正しく付けられ、淡い光を放つ。床には赤い絨毯が敷いてあり、蝋燭の間には3mはありそうな甲冑兵たちが立ち並びこちらを見下ろしていた。まるで生きている様な存在感だ。


そんな長い長い廊下を進んだ先には、一際豪華な扉がある。恐らくここがアヴィルの部屋なのだろう。


アヴィルが金で装飾されたドアを開ける。


「俺の部屋にようこそ。」


ガチャリ、と開いた扉。そこから覗いた景色に息を呑む。


『・・・!!』


「どう?」


アヴィルがニヤニヤしながら私の顔を覗き込む、がそれをも気にならないくらいに目の前の景色に目を奪われていた。


先程の大広間ロビー以上の広さ、中央には天蓋の付いた禍々しい黒いベッドが異様な存在感を放っている。床、柱などは黒大理石で造られ、全体的に黒を基調とした家具が置かれている。家具や調度品などは素人目で見ても価値が高いとわかるほど。1つ壊しただけでも一軒家を軽く買えるかもしれない。


右側には薄いガラスで仕切られたバルコニーがあり、外からは満月の青白い光が部屋の中に差し込んでいる。光源が全くない部屋に差し込む月光は神秘的で思わず魅入った。

限りなく私の好みに近い部屋───だから知らずのうちに呟いてしまった。


『・・・この部屋・・・いいなあ。』


「そっか、気に入ったんだね。」


『うん、めちゃくちゃ綺麗。』


アヴィルが微笑む。その蕩けるような笑顔から目をそらしながら、そう言えば、と話を切り出した。


『さっき聞けなかったけどアヴィルって何者なの?』


「ん、魔王。」


『・・・え?』


「だから、魔王様。」


『え・・・。』


先程と変わらない笑顔。冗談ではないと頭の何処かで悟った時、私の思考がフリーズした。


───まさかのラスボス様でしたかー!!


確かにEWOにも『魔王』というNPC自体はいた。それはラスボスであり、の難関だ。当然、レベルも桁違いである。それは私でも完全装備、回復アイテムを使用してでもソロではなかなか手こずる相手である。


・・・因みにのラスボスは『邪神』というNPCなのだが、こちらに関してはソロでの攻略を成功した者は未だにいない。ランキング上位で組んだパーティーでも厳しいのだ。ソロは不可能と言えよう。


───経験者である私が言うのだ。間違いない。


(予想外ではないものの、ラスボスか・・・。そりゃ勝てないわ、これじゃ。)


今更ながら逆らわなくて正解だった、と安心する。完全装備ではない私に勝ち目はない。1発でもまともにくらったら、HPの8割を持っていかれるだろう。


内心ビビってはいるが、表ではなんてことのないような表情を作り、言う。


『魔王・・・だったんだね、アヴィルは。』


「そーそー、だから大体のお願いは聞けるよ?何かある?」


『・・・じゃあ、ここを自由に探検してみてもいい?あと、図書室みたいなところがあればそこに籠りたいんだけど・・・。』


「そんな事でいいなら、監視さえつけてもらえればお安い御用だけど・・・。他にないの?ほら、宝石とか豪華な服が欲しいとか。」


『宝石とかもう持ってるし、服は自前のがあるし・・・いらないかな。ぶっちゃけ野宿じゃなければ、他はどうでもいい。』


私の返答にアヴィルは「ふーん」と不思議そうな顔で呟いた。


「君って変わってるね。女性はみんなああいうのを欲しがるのに。」


『例外もいるってことさ』と、私は肩をすくめる。この世界のことを知ること、つまり私にとっては何よりも知識や情報が優先的に大事になってくる。まずはそこからだ。

心に暫くは図書室に籠城しよう、と決意しアヴィルを見上げる。

・・・それにしてもこのお荷物状態はいつ解けるのだろうか。


『いい加減下ろして欲しいんだけど・・・。』


「ああ、ごめんごめん。軽かったもんで気づかなかったよ。」


苦笑されつつ、私はストンと冷たい床に下ろされた。


・・・軽いだなんて、女性としては喜ばしいことだろうが今は赤ん坊、そりゃ当然成人した女性よりは軽いだろう。しかも、骨と皮だけの存在だ。軽いに決まってる。

私は下からアヴィルを見上げて皮肉っぽく言う。


『軽いだなんて、どーも。そりゃまあアンデットだし、軽いでしょうね。気づきませんよね、私なんて。』


苦笑するアヴィル。


「まあまあ、そんなにトゲトゲしないで。あ、そうだ。可愛い服あげるから機嫌直してよ。」


『自前のがあるんで、結構。』


「えーつれないなあ。」


アヴィルがつまらなそうに言ってくるが、それには答えずに、私は何も無い空間に手を突っ込んで洋服兼装備服を取り出す。

裾にフリルがあしらわれたシンプルな黒のワンピース。・・・と下着パンティ

下着は違うが、この何の変哲もないシンプルなワンピースは私がデザインしたものであり、こう見えても五段階ランクの一番上のランクである『神話級』・・・より二段下の『超位級』ランクを持つ魔法服だ。当然、性能も良いものが色々ついている。


・・・『神話級』ランクはもちろん、『超位級』より上のランクの魔法服だって持ってはいるが、勿体なくて本気の時以外はなかなか使えない、その結果そこまでレアじゃないがそこそこ使える『超位級』ランクが普段着となったのだ。当然、普段着はワンピースだけではないが、今はこれだけでも十分だろう。


よいしょ、と多少動くようになった腕を使い、服を被るようにして着る。因みに服自体にも魔法がかかっており、着る人に合わせてサイズが変わるのでこの姿でもピッタリだ。成長しても丁度いい大きさになる。


『どうだ!!』


「うんうん、シンプルで可愛いよ。でも男性の前で着替えるという羞恥心は無かったのかな?」


何故か笑いながら怒るという芸当を見せたアヴィルに私は首を傾げながら言う。


『赤ん坊だし、最初から裸だったのに羞恥心も何もあるもんか。乙女の恥じらいなんぞ、とうに消えたわ。』


仁王立ちで威張ってみるものの、きっと威厳などは無いだろう。というか、威張れる内容でもないな。これ。───よくよく考えると、初めから恥ずかしい姿だったのによく気づかなかったな私。


見ると、アヴィルがため息をつき頭を抱えていた。


『何か?』


「・・・いや、本当に君って変わってるね。」


『褒め言葉として受け取っておくね。ありがとう・・・あ、ベッド借りまーす。』


「それに最初より随分警戒心がなくなったね?どうしたの?」


『そりゃあ・・・アヴィルが理不尽な危ない奴じゃないってわかったし、意外と優しかったから?』


「・・・ふーん、そう思ってくれてるんだ。・・・ま、とりあえず成功かな。」


───小声で呟かれたアヴィルの不穏な独り言は私には届かなかった。


『え?なんか言った?』


「いいや、何も。あ、ベッドならお好きにどうぞ。」


『よっしゃあ。』


言いながらてくてくてく、とベッドの方へと歩く。

早くあのふかふかベッドにダイブしたい。ふかふかしたい───とさっきから我慢できなかったのだ。


ベッドはもう目前、よし楽しむぞという時にふと、違和感を感じた。ベッドじゃない、自分にだ。


───なんで、もう、

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