第16話

「それはさておき、あんたに貸したイヤリング、明日返してちょうだい。あのエメラルドのやつよ」


 私は次の仕事を探す。


 卓子(テーブル)の上には白い蘭を挿した花瓶が置かれているが、まだ花はピンピンしているから、手を出す必要はない。


 灰皿には吸い殻が残っている。


「莎莎(シャシャ)に貸した? バカ! どうしてそういうことをするの!」


 出し抜けに怒鳴り声が響いたので、私は危うく灰皿を落とすところだった。


「明日返さなかったら、あんたの両耳を削ぐわよ」


 蓉姐は氷のごとき声で続ける。


「莎莎にも言っときなさい」


 灰皿を手にしたはいいが、どこにゴミを捨てるべきか分からない。

 と、卓子の下に黒い箱を見付けた。


「明日、あたしが店に出た時、エメラルドのイヤリングが揃ってなかったら、あんたたちの耳で返してもらうって」


 箱の中は既に四半分を古い吸い殻が満たしている。

 萎れて茶色くなった花や空き箱も混じっていた。


 取り敢えず、これがゴミ箱らしいので、灰皿に溜まった吸い殻を新たに捨てる。


 同じ吸い殻でも口紅の跡が赤く付いたのとそうでないのが半々なのは何故だろう?


 流れてきた煙にふと振り向くと、蓉姐は受話器を持ったまま、もう片方の手で煙草をくゆらせていた。


 慌てて空にしたばかりの灰皿を蓉姐の前に供える。


 蓉姐は待ちかねた様に灰皿の上でゆっくりと燃え先を押し潰した。


「耳がない方が、イヤリングしなくていいんだから、あんたたちには安上がりでしょ」


 蓉姐は言うだけ言うと、ガチャリと受話器を置く。


「バカばっかりだわ」


 紅い唇をすぼめて白い煙を吐き出す。


 流れてきた煙にむせかえりそうになるが、必死で堪える。


「何か御用は、」


 私が話し掛けた所で、姐さんはまた受話器を取り上げて、文字盤を回し始めた。


 今度は誰と話す気なんだろう?


 頭の片隅で思いながら、ふとまた卓子に目を落とす。


 掛けられている刺繍入りの布には、端っこに小指の先程の焦げ目があった。

 さっきは灰皿で隠れてていたらしい。


 花瓶をそっと避けて布を取り上げると、私は傍らの包みを開く。

 やっと、このお針道具を使う時が来た。

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