第15話

 冷やかな笑いを浮かべたまま、蓉姐は静かにカチャリと受話器を繋がれた装置の上に戻した。


 一呼吸置くと、今度は笑いの消えた顔でまた受話器を取り上げて、装置の文字盤を指先で素早く回す。


「もしもし? 達哥(ダーにいさん)? 蓉蓉(ロンロン)です」


 蓉姐は今度は仔猫じみた声を出した。


「今日はお休みをいただきましたけど、明日は一番で出ます」


 何か意外な物にぶつかった風に片眉を逆立てる。


「あら、私が達哥を騙したことがあって?」


 間髪を入れずに続ける。


「今、薇薇(ウェイウェイ)は出てますか? 急いであの子をお願いします」


 それから暫くは沈黙していたが、蓉姐は舌打ちして受話器を叩きつけた。


「おっそいんだよ、馬鹿どもが!」


 蓉姐は鋭い目をこちらに向けると、長椅子から身を起こした。


「あんたね、ボヤッと突っ立ってないで、」


 言い掛けた所で電話が鳴り出す。


 蓉姐は思案げに腕組みしていたが、五回目が鳴り終わった所で受話器を取った。


「もしもし?」


 真綿(まわた)に針を含んだ声だ。


「あんた、李(リー)のジジイにうちの番号、勝手に教えたでしょ」


 蓉姐は、靴の高い踵で床を音高く踏み鳴らした。


「どの李かって? ほら、あの紡績の工場持ってるとか自慢してたハゲよ!」


 取り敢えず、この人が電話している間に何かした方が良さそうだ。


 掃除、お茶だし、繕い物……。


 考えあぐねながら、改めて部屋を眺め回す。


 小花模様の壁紙に彩られた洋風の部屋。


 長椅子と電話の他にある家具と言えば、まず卓子(テーブル)に一人掛けの籐椅子。


 正面には窓があって、また一方の壁には暖炉が取り付けてある。


 今はむしろ少し暑い気がするから、取り敢えず向こうの窓を開けようか?


 ここは三階だそうだから、泥棒に入られる心配もあるまい。


 私が窓際に歩み寄った所で金切り声が飛ぶ。


「あんた、その様子だとあちこちにうちの番号を言い触らしてるのね!」


 窓を開けるのはやめにした。

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