第14話

「あら、李(リー)さん?」


 行ってみると、蓉姐は翡翠緑の旗袍の背を見せて、一人で話していた。


「お久し振りですね!」


 ピカピカ光る、黒い銚子(ちょうし)じみた物を片手に持ったまま、上ずった声を出す。


「でも、どうしてうちの番号をご存知なの?」


 これが「電話」というやつだ。


 私は田舎で聞いた噂話を思い出す。


 遠くに離れた相手ともすぐ近くにいる様に話せる道具だそうだ。


「薇薇(ウェイウェイ)が? オホホ、嫌ね、あの子ったらお喋りだから……。いえ、いいんですよ、李さんなら」


 甘やかな声で話す一方で、白い指は、手にした受話器と卓上の装置を繋ぐ渦巻き状の紐を弄(もてあそ)ぶ。


「あら、香港(ホンコン)にいらしたんですか? いいですわねえ」


 蓉姐は口の端で笑うと、だるそうに傍の長椅子に腰掛けた。


「李さん、このところ、すっかりお見えにならないから、私たち、お見限りされたんじゃないかって噂してたんですの」


 蓉姐は緑色の目をにいっと細めたまま、今度は長椅子の上に寝そべって頬杖をつく。


 実際、いかにもふかふかと柔らかそうな洋風の長椅子は、座るより寝転がる方に適して見えた。


「近い内に店にいらして香港のお土産話を聞かせて下さいね。今度、新しい子も入りますし、」


 蓉姐が急にちらりと目を向けたので、私はまた自分が場違いな真似をしでかしたのかとビクつく。


 しかし、蓉姐は片手で受話器の紐を弄くりつつ、冷たい笑いを浮かべると、蜜の如く甘い声で囁いた。


「私たち皆で李さんをお待ちしてますから、きっといらしてね。これは私との、や・く・そ・く」

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