第8話 最初で最後のキス

―明鷹―


 ドンと突き飛ばされ、治療室内に放り込まれる。この治療室が俺にとって治療室だったためしがない。なぜならここは

【感慨深いだろう?】

 真っ白な部屋の片隅にあるスピーカーから、あんまり聞きたくない人間の声が聞こえた。

【君に欲渦を埋め込んだのが、十年前のこの場所。そして取り出すのもここ。運命を感じないかい?】

 ちょっといらっとするこの喋り口調、忘れもしない、あのイカレた、白衣を着るのもおこがましい狂科学者だ。

【久しぶりだねえ、明鷹。私は会えて嬉しくて涙と女性ホルモンがとめどなく溢れ出してるよ。君の方もそうだろう?】

「悪いね。涙はとうに枯れ果てたんだ。十年前の、この場所で。ついでに、こちらとしては二度とお会いしたくなかったんだよ。プレル」

 正面のマジックミラーを睨む。自分の顔が移る向こう側に、あの女がいる。

【つれないこといわないでくれたまえ。お姉さんと、お互い恥ずかしいくらい細部まで見せ合った仲じゃないか】

「電子顕微鏡で細胞の一つ一つまで細かくな。わざわざ卑猥な言い方をして、純情な美少年を弄ばないでくれねえか?」

 それに、見せたのは主に俺だ。見られ損だ。見てくれは悪くないんだからあの女も見せていいはずだ。

「で、どうすんだ。執刀医はあんたか?」

【当然。君の体を、私以外が触れるなどあり得ない。考えられないね。私たちの間に入ろうとする輩など、全員生きたまま解剖室送りだ】

「結局俺も解剖するだろうが」

【一緒に扱う訳ないじゃないか。他の連中は切ったら終わり。必要な部位だけ取ったらあとは廃棄だ。君に対しては愛がある。髪の毛一本、内臓の一つ一つ、全て愛をこめて丹念に丹念に、傷つけることなく取り出してあげる。隅々まで洗ってあげる。研究が終わったら全て元通りに直して、腐らないように加工して薬品に漬けこんで、ずっと私の研究室に飾ってあげる。永久に愛し続けよう】

 冗談ではなく真面目に言っているんだからすげえよな。昔からぶれない変態だ。

【さて、話は尽きず名残惜しいが、そろそろ仕事に取り掛からせてもらおう。なに、またすぐに会える】

 そうだな。お互い地獄で会えるだろうさ。俺は自分の中のスイッチをオンにした。以前の皇女の検査時にわかった神威装甲にアクセスする方法をアレンジして、自分の意志で欲渦を暴走させる理論を生み出していた。

 この事は、俺にこんなもんを植え込んだあの女も知らないはずだ。あの女が持っている知識は、俺から離せば爆発するってことくらい。死体になっても俺から出さなければ爆発はしねえが、死体はいずれ腐って土に帰る。だから俺は、次の適合者に移植されるか、溜まり溜まったエネルギーを使い切るまで理科室の実験動物みたいに保存されるなんていう、なかなかできないクレイジーな死後が待っている。シャイボーイに耐えられない結末だ。だから、丁重にお断りさせてもらう。

 これまで欲渦に蓄積されたエネルギーを血液に乗せて体を循環させる。血管を魔法陣に見立て、血中の赤血球を文字列として、自分自身を一つの式として魔法を作り出す。

【ああ、一つ言い忘れたのだが】

 いまだ姿を現さないプレルが言う。

【自爆しようとしているなら、止めた方がいい】

 声をあげなかったのは、我ながらよく我慢したと褒めてやりたい。その代償として、鼻の奥の血管が切れた。別の事に気を取られて式が揺らぎ、魔法が暴走したからだ。全身の血管を術の式として扱うのなら、ミスは当然その式に影響する。紙に書かれた式ならばその紙が燃えるか破れるかで、血管なら破損する。

 大きく息を吸うように、溢れそうな血を吞み込む。口の中に血の匂いと味が広がって吐き気がする。

【君の体が傷つくのは見たくない。それに、君が大事にしているクラスメイトは、まだ逃げ切っていないからね】

 馬鹿どもが。笑顔を崩さないまま、奥歯を噛み締める。あいつら、まだこの島に留まってたのか。何をぐずぐずしてやがる。

【どころか、君を助けようと動いているようだよ】

「なんっ・・・ぐ、ぶ」

 今度こそ集中が切れて、エネルギーが本来の意図とは違う形で暴れ出した。体のどこか数か所で出血、多分、胃腸のどっかだ。証拠に口内を血液がせり上がってきた。押さえるも間に合わず、指の隙間から鮮血が零れ落ちる。

【ああ、やはりね。良くないよ。私たちの間で隠し事は良くない】

 ため息交じりにプレルが言う。

【自分の体を一つの術式にする方法だね。皇女を検査したときにヒントがあったか。それをセシエタ君と君とで組みなおした、そんなところだろう?】

 ばかな。つい最近の実験データをどうして持っている?

【あまり馬鹿にしないでくれたまえ。それとも私との愛を確かめているのかな? この島は世界で最も工作活動が盛んな島なんだよ? 君たちの情報など筒抜けさ。

 しかし、さすがはセシエタ君だね。検査の日からそう日は立ってないはずなのに、すでにエネルギーを取り出す方法を確立していたか。一つの魔法公式を創り上げるのに一年はかかるんだが。まあ、私の自信作なのだから、それくらいできて当然だな。しかし、イケナイな。あの優しい子は、君がそんなことをするためにその方法を考え出したわけじゃないだろう?】

 あいつは俺をこの欲渦から解放するのに術式を考え出した。定期的に排出することによって、エネルギー蓄積量を減らし、暴走させないため、とか言ってたな。ただまあ、こういう使い道もあるってことは伏せていた。それが仇になった。知っていれば、セシエタからみんなに伝えられたはずなのに。

 ドスンと地面が揺れ、蛍光灯が明滅する。遠くで銃声が断続的に響いている。さっきの振動は爆撃か何かか。

「嘘だろ」

 血を拭い呟く。当初の予定では、全員島から脱出した頃合いが今だ。俺がここに連れてこられてから三時間は経過している。その間に生徒も含めて島民は全て島外へ離脱、緊急避難フローに従っていれば、すでに全員が王国か帝国のどちらかに到着しているはずだった。

 それがどうして、逃げもせず、ましてや俺の救助になど。

【君は知らないようだから教えてあげよう】

 得意そうにプレルが話し始める。

【理事長と彼らの間には契約がなされている。君もご存じの、君の監視する契約と、君がこういう事態になったとき、欲渦を回収するために働くという契約だ】

 なるほど、殺すためか。馬鹿が、それほどまでに欲渦が惜しいか。こんな、争いしか生まねえクソみたいなもののためにか。右手で胸元をわしづかみにする。ここにある、これがいつまでも俺の邪魔をする。腹立たしいことこの上ないな。

 目の前の白い壁に画像が表示される。ご丁寧に状況を教えてくれるらしい。施設側から外に向かって映っている。右手側が赤く染まっているのは、さっきの爆撃で外壁が燃えているせいか。

 施設の前に広がる広大な演習用の森の中から時折フラッシュが灯る。施設側からも流星の様な炎弾と銃弾、榴弾が森の中にぶち込まれ、あたりを焦土に変えている。

【ずいぶんと下手な攻め方だな】

 プレルが誰に聞かせるともなく呟く。

【セシエタ君らしくもない、雑な戦略だ。あの子たちの戦力は、接近戦に強い末永命と遠距離からの狙撃を得意とする『千里眼』シャオ・フィンメル、オールラウンダーであり、ここ天秤島の激戦を生き抜いた経験を持つガドラッド・ウェスト、この三名だ。後は指揮管にセシエタ君と連絡・中継役のテレパシストの高峰夕映のみ。少数でここを攻め、君を奪還するには陽動という手は悪くない。陽動だとわかっていても、あの子たち一人一人はなかなかの脅威だ。地の利もある。どれが本命か迷わせながらじっくり攻めるか、音もなく忍び込むか、手はある。が、それしかないはずだ。それが、見ろ。侵入する攻め手となるべき三人の姿が既に見つかっている】

 プロジェクターが順繰りに切り替わる。この周辺に小型の無人偵察機をばらまいているのか。最新のはレーダー機能もついていて、登録者以外を感知した場合に自己判断で対象に向かって移動・捕捉する。厄介と言えば厄介だが、確かにおかしい。セシエタならその程度の準備は見抜いているはずだ。俺たちも似たようなものを作ったことがあるからだ。

【ガルムは既に三人がいると思しき箇所を包囲しつつある。呆気ないものだ。それとも、君を助けたいあまりに焦ったかな? 愛されているね】

「ふざけんな」

 誰に向けて言ったのか、自分でもよくわからない。該当者が多すぎる。自分も含めて。

【まあ、これも一興かもしれないね。ガルムには、あともう少し時間を潰させたら、ワザとここまで彼らを侵入させるよう指示しよう。そして彼らが見るのは、術後の君だ。さて、一体どんな顔をするのかな?】

 本当に、この女狂ってやがる。そして何がムカつくって、今の俺に打てる手が無いってことだ。切り札はほかならぬ命たちのせいで封じられている。どうする? どうやってあいつらを逃がす? 思考すればするほど泥沼に入っていくような気がして焦り、ますます溺れる。

【さあて、ようやく準備が整った。始めようか】

 マジックミラーの横にある、壁と同色の白いドアが開く。現れたのはくるくるとした癖っ毛のクルクルパーだ。少したれ目な愛嬌のある顔と、白衣越しにもわかるケシカラン不道徳な体つきをした見た目に騙されてはいけない。この女こそ悪名高い帝国の暗部が誇る狂科学者、プレル・ファム。俺にこんなものを移植した張本人だ。大体の後ろ暗い実験にはこの女が関与しているともっぱらの噂。

「ずっと会いたかった。こういうのを一日千秋というのかね」

 知るか。こちとら一生お会いしとうなかったわ。

「さあ、ベッドに横になって。なに心配など何一つないよ。お姉さんが全てリードしてあげよう」

 カラカラと彼女の後から台車が続く。電ノコにレーザーメスと、なかなかムードの出る大人のオモチャを揃えてらっしゃって。

「一つ聞きたいんだが、俺から抜いたとして」

「ヌくだなんて、いやらしい。そんな子に育てた覚えはないんだがねぇ」

「言語機能にも異常をきたしてんのかてめえは。でなくて、欲渦のことだよ。俺から取り出したとして、そこからどうする気だ」

「もちろん、有効に使わせていただくよ。そのための公式は君たちが作ってくれていたからね。半分は予定通りこの島を消滅させるために、もう半分は私の研究のために」

「そこまでできるなら、俺を生かしたまま取り出してもらえないかねぇ」

「あっはっは、それは無理というものだよ。君の体と欲渦は完全に一体化しているからね。死んでもらわないと」

 そうかよ。ならば、覚悟を決めるしかないか。

「悪いね、命、シャオ、夕映さん、セシエタ、ガド。俺のために死んでくれ」

「明鷹? ・・・まさか」

 押さえろ、慌てたプレルが指示を出す。ようやくあの女の焦った面が拝めたよ。両隣にいた兵士が俺を組み伏せ、後頭部に銃口を当てる。

「明鷹、できもしないことをするものじゃない。でないと、私は君の綺麗な体に傷をつけてしまう」

「十年前に人を傷物にしておいてよく言うぜ。止めたきゃ殺せ。殺さないと巻き添え喰って全員お陀仏だ。まあ、その場合、途中で止まった公式がどうなるかわからんがねぇ」

「無駄なことはやめたまえ。あの公式は君自身の体を使ったものだ。こんな状況下でまともに出来るはずがない。悪戯に体を傷つけるだけだ」

「どうかな? 今の俺は絶好調、史上最高に切れている。お前らこそ間違えるなよ。主導権は俺が握ってるんだよ。あいつらの生死を頓着しなけりゃ、いつでも切り札は切れるんだ。どうせ開戦の合図は出すんだろ? なら、ここでお前らを巻き添えにすりゃあ、多少は無駄な犠牲が減る」

「はったりだ。君に、そんなことが出来るわけがない」

「はったりかどうか、試すか?」

 戸惑う兵士二人、唇を噛むプレル、完全に、彼女らの意識は俺に向いている。だから、後手に回る。もちろん、俺の目的は欲渦を起動させることじゃない。

 俺の視界、兵士二人とプレル、その背後に、見慣れた小さな箱が浮かんでいた。試験品三号『痴漢撃退用トイボックス』。中身は痴漢が哀れに思えるほどのギミックが仕掛けられている。目を強く閉じ、息を止める。

 瞼の上からでも眼球を焼くかのような閃光が弾ける。驚いた三人が叫ぼうとして、一斉に咳き込む。痴漢撃退用トイボックスの効果は閃光だけではない。中にはカプサイシン的な感じの辛み成分と水分と結合しやすい絡み成分を持った粒子を混ぜ込んである。一度吸い込んだが最後、三時間くらい目、口内、喉などが炎症し、呼吸するたびに火を噴く辛さ、瞬きするたびに目の中の異物感が半端ない代物だ。

 この特殊な粉塵が舞うのは約十秒。それ以上の時間が経過すると、空気中の水分と結合してしまい、空気よりも重くなって落ちてしまう。

 きっかり十秒後、天井から音もなく人影が降ってくる。気配を察したか、兵士の一人が涙ながらに銃口を向けた。だが、その先には既に人影はなく、銃を向けた腕は簡単に払われる。反対に、兵士の顎に小さな掌底が叩き込まれ、あえなく意識を失う。辛みに苦しむ彼にとっては、その方が幸せだろう。影は即座に回転し、反撃を試みようとしたもう一人の首筋にかかとを叩き込み、撃沈させる。流れるような、見事な連続技だ。いつぞやの記憶が蘇り、背筋が凍る。下手すりゃあれを喰らっていたかもしれないのだ。

「そういや、隙を付ければ強化されている兵でも倒せるって言ってたっけ」

 長い金色の髪をなびかせる、その背に向かって俺は声をかけた。

「ええ。この程度なら造作もないことです」

 手首を回しながら、皇女ティアマハ・レガリスが振り返った。

「よく気づいてくれました。あなたのその観察眼の広さは称賛に値します」

「お褒め頂きどうも。そうか、あの三人すら囮か」

「ええ。昨今の監視カメラは高性能すぎる。ある一定の条件を満たす敵を索敵する代わりに、それ以外の熱源、生物反応を無視します」

 強化鎧や身体強化の魔法は、兵士は必ず装備・使用するものだ。両軍でそれがスタンダート化されていると言っていい。だから、監視カメラにはそれを使用している人間を追うように最初からプログラムされていた。使用しない人間のことなど考慮されていないのだ。近代兵器を使用できない皇女が最も潜入に向いているなんて開発者も思いもよらないだろう。

「な、ゲホッ、皇女、だとっゴホッ」

 予想外の人物の登場に、涙目でプレルがわめき、咳き込む。ああ、喋ると余計辛いぞ。経験者は語る、だ。

「おや、何か不都合でも?」

 倒れ伏した二人の兵の身柄を拘束しながら皇女は言う。

「調査が足りないんじゃないですか? 地下のクラスには私も編入されていました。彼らの任務も知っています。私はそれに協力しただけです」

 プレルも昏倒させ、手際よく縛り上げていく。やだ、何でこの人こんな手際良いの? 経験者?

「いやいやいや、おかしいから。何で協力してんの。何をおいでなすってんの」

 何を当然の義務みたいに言いやがって。真っ先に逃げるべき人間だろうが。

「俺があんたを隠したのは、一緒に連れて行かれるのを防ぐためなんだよ。あんたを逃がすためなんだよ。どうしてこんな中枢にまで来ちゃうの。馬鹿なの? ねえ、馬鹿なんでしょ?」

「明鷹」

 笑顔で歩み寄ってきて

「五月蠅い」

 脳天にげんこつが落ちてきた。目の前で星が飛ぶって比喩でも何でもなく存在するのか。痛い。マジ痛い。脳震盪レベルだ。

「あなたの都合など知ったことではないですし、そんなことは余計なお世話です。逃がすため? 恩着せがましいやつですね。そんなこと頼んだ覚えはありません」

 うずくまる俺に、彼女はさらに言う。

「死ぬ、つもりだったんですか?」

 俺は答えない。そんなつもりはない。が、別にかまわない程度には自分の命は軽視していた。いずれこういう時がくるのはわかっていたからだ。何年もそういう心持ちだと、いつお迎えが来ても良いような心構えが出来てしまうものだ。

 沈黙を皇女は肯定と受け取ったようだ。

「ふざけないでくださいよ。皆さんがどんな思いであなたを助けに来たと思ってるんですか」

「知るか。それこそ頼んだ覚えはありません」

 ぷいとあさっての方向を見た俺の胸もとへ細い腕が二本伸びてきた。胸倉を掴まれ、強引に立たされる。勢いのあまり、ゴッ、と額と額が衝突した。真正面に、人の顔をまっすぐ見てくる皇女がいた。直視できなくて、目をそらす。今までの何よりも彼女が恐ろしく感じた。だから、言葉を防壁のように並び立てる。

「唯一品がそんなに惜しいかよ。こんな、争いの種にしかならないクソみたいなもんが。戦争が恐ろしいかよ。どうせ遅かれ早かれ戦争は起きるぜ。ガルムみたいな連中はまだまだいる。無駄なんだよ。全部全部、無駄だったんだよ」

 俺の十年は無駄、確かにガルムの言うとおりだ。モラトリアム的な時間を、誰も彼もが無駄に過ごした。俺がこんなものを埋め込まれたのも無駄なら、それに付き合った命たちの行動も全部無駄だ。

「斜に構えるのもいい加減にしろこの甘ったれたクソガキが!」

 耳元で怒声が爆発した。

「私の行動の価値は私が決めます。あなたごときに決められる筋合いはありません。命も、シャオも、夕映さんも、セシエタも、ガド先生も、皆さん同じことを言うはずです。何が唯一品が惜しいか、ですか。何が戦争が怖いか、ですか。悟ったように偉そうなこと言うんじゃありません。そんなもの、惜しくもなければ怖くなどあるものか。私たちが恐れ、惜しんだのは、あなたがいなくなることなんです。あなたの存在なんですよ、明鷹!」

 何度も彼女は俺を揺さぶる。

「あなたが認めなくたって、他のみんなは、一応私も含めてあなたのことを認めています。私たちが我慢ならないのは、私たちが認めているあなたを、あなた自身が認めていないことです」

 ようやく彼女は手を離した。

「何カッコつけて、一人で悩んだり苦しんだり戦ったり諦めたりしてるんですか。大変なら言ってください。何も言わないで察しろなんて無理です。そういう人が理解してくれるだろうだなんて甘い期待をしているところがガキなんです」

 別に理解してもらおうなんて

「理解してもらおうなんて思ってない、なんてひねくれてるところがガキなんです」

 ・・・先回りされた。

「愚かなあなたに皆から伝言です。『我々は諏訪明鷹が大嫌いだ』」

「嫌いなんかい!」

 思わず返してしまった。

「どうして好かれてると?」

 憐れみの目で皇女が俺を見る。止めろ。そんな目で見るな。好かれているとは思っちゃいないが、こうはっきり言われるとなんかこう、イラッとするな。

「続けます。『だから、君が死を願うなら、我々はとことん邪魔をする。絶対に逃がさない』だそうです」

 絶対逃がさない、か。あいつらにそう言われると、逃げ切れる気がしないな。

「あと、これは余談ですが。あなたから一定距離を離れてしまうと、彼らは死にます」

「はぁ?!」

 物騒な余談もあったもんだ。

「何だよそれ、聞いてねえぞ!」

「やはり知りませんでしたか。学園長が取引の時に彼らに発信機を埋め込んだそうです。あなたから半径十キロ離れると、毒が流れ出す仕掛けだそうです」

 あのおっさん、本当にやることがえげつないな。

 しかしこれで、このままここにいるわけにはいかなくなった。生死は問わず、あいつらにこの身を確保してもらう必要がある。留まっていては、いずれ皇女の侵入もばれる。

「行くしかねえのか」

「そうです。あなたに拒否権などあるわけがない」

 予定通り、って顔した皇女がムカつくが、言い争っている場合でもない。頭を切り替える。

「脱出ルートは?」

「屋上と地下の二種類。や、待ってください」

 耳元に手を当てた。髪の隙間からのぞくのは『ニュータイプ』か。

「まずいですね。私の侵入がばれました。一階から分離した一個分隊が戻ってきます」

「地下ルートは自然消滅か」

 残るは屋上からの脱出。

「試験品十五番『即席マット』があります。三十メートル、十階建ての建物相当以下の高さであれば衝撃を吸収しきれると聞いております」

「紐なしバンジー用だな。まったく、こんな安全性の疑わしいもん誰が作ったんだか」

「明鷹が率先して作ったと聞いてますが」

 そうだっけ? 試験品は失敗も含めて三十品くらいある。どれに着手したかなんて覚えてない。

「ともかく行こうか。俺もあいつらが大嫌いだ。だから、直接会って文句言ってやる」

「ぜひそうしてください」

 新たな決意を胸に、通路へ飛び出した。


 この施設は面積が学園校舎と同じくらいの広さで凹型、中層から東館と西館に分かれている。そして最上階は二つの館をつなぐ形で大フロアが存在している。治療室は東寄りの施設中層に位置するので、そのまま東館側から上に向かうルートを取ることになった。

 俺もここに来るのは十年ぶりで、施設の内部構造なんぞ覚えていない。が、皇女はというと、迷うそぶりすら見せずに通路を曲がり部屋を横切り階段を駆け上がる。頭の中に最短ルートが入っているようだ。

「皇女のたしなみです」

 こともなげにそう言った。しかも、しかもだ。こっちはだんだん息が切れてきているのに、皇女はバテるどころか、通路や階段の所々に足止め用のトラップをはりながら俺よりも早く先へ進む。本当にこの人皇女なんだろうか。レディが身に着けるべき教養に、間違ってもダミートラップと本物のトラップを掛け合わせる高等技術なんてないはずだ。

「明鷹、もっと急いでください。身体強化くらい使えないんですか?」

「うるせ、え。習ったろうが。魔法は、準備もいるし、向き不向きが、あんだよ。帝国だって、向き不向き、役職役割ごとに使用する強化鎧、変わってくるだろうが」

 人がぜえぜえ言ってる時に説明させんな。ただでさえ吐血して体中痛いんだ。

「それでも基礎部分は同じはずですけど。斥候だろうが突撃兵だろうが機装兵だろうが衛生兵だろうが」

 基礎鍛錬をさぼってばかりいるからですよ、と手厳しいことをのたまった。

「これが終わったら、明鷹は基礎から鍛錬を行うべきです。ずっと引きこもってるから、そんな軟弱になるのです。私がばっちり鍛えなおしてあげます」

 なんとなく生き生きした表情だ。この女サドっ気がありか。くそ、ここぞとばかりに好き勝手言いやがって。

 俺たちが螺旋階段最上段に辿り着いたころ、階下から、破裂音が響いた。誰かがトラップに引っかかったらしい。

「まずいですね。あれは中層あたりに事前に仕掛けておいたクレイモアです。大分差を狭められてます。仕方ありません」

 ポケットから、どうやって入っていたのか疑いたくなるほどの火薬類が出てきた。

「仕方ない。明鷹」

「はいはいはいはい! 休む暇もねえ!」

 ここまで接近されたらトラップなど無用とばかりに、皇女は持っていた爆発物を全て階下に投げた。こっちは爆発するまでに通り急いで分厚いドアへ取り付き、開ける。後ろから走ってきた彼女と、最上階フロアに転がり込む。扉を閉じた瞬間、一層激しい爆発音と壁の崩壊音が轟く。

「これで、こっち側から追跡されることはないでしょう」

「あんた、見かけによらずデンジャラスなのな」

「これくらいしないと逃げられないからですよ。人を危ない人みたいに言わないでください」

 最上階フロアは、十年前、二国間で条約を結んだ時に使用したホールだ。当時の椅子やら机やらが適当に端に寄せられて積み上げられている。中央で一本だけ突き出ている台座だけが当時のままだ。あの上で停戦条約を聴診したらしいが、今では埃のかぶったただの大理石に成り果てている。結局調印式やらなんやらやったが、只のお飾りだったということをこの打ち捨てられた部屋が示している。

 感傷に耽っていると、遠くから古いエアコンの室外機みたいな音がした。

「どうかしました?」

「いや、何か室外機みたいな音が」

「室外機? エアコンなんて稼働しては・・・」

 そこまで言って、ハッと、何かに気付いた皇女。南側の窓に張り付き、そしてすぐさま慌ててダッシュでリターンしてきた。その間も、音は徐々に大きくなっていく。

「お、おい。どう」

「隠れて!」

 彼女の背後、ガラスの向こう側から、強い光が入り込んだ。暴風がガラスを叩く。対地攻撃飛行艇だと! 連中、どうやってそんなもんまで持ち込んだんだよ。おかしい、島の防衛設備だってザルじゃない。さすがに気づくはずだ。まさか

「隠れてって言ってるのに!」

 思考は彼女の叫び声とタックルによって妨げられた。一本の支柱の裏に身を隠す。そのすぐ後、ガラスが砕け散り、部屋中に弾痕が穿たれる。高級な木材でつくられた家具が破片をばらまきながら廃材へと変わっていく。

「油断しました。あんなものまで持っているとは」

「こっちだって想定外だよ! あんなもん学園の許可なしに入れられるわけ・・・」

 言葉を途中で吞み込んだ。隣にいる彼女の腹部から木片が突き出していたのだ。

「ばっ・・・か、馬っ鹿野郎! 大丈夫か!?」

「大丈夫なわけないでしょう。腹部に穴が開いてるんですよ。でも、あなたでも心配ぐらいできるのですね」

 弱々しい笑みを浮かべる。白い顔がただでさえ青白くなっていく。

「ふざけてる場合か! クソがっ」

 夕映さんほどではないにせよ、医療魔法の心得がある。今使わずにいつ使う。溢れた鮮血もこの際都合がいい。

「ちと痛むが我慢しろよ」

シャツの袖を破り、左手の人差し指と中指に何重にも巻きつけ、ぐっと力を入れて握る。それを彼女の口に突っ込み、右手で鰹節みたいな木片を握る。そして、一気に引き抜く。

彼女のくぐもった絶叫が布の隙間から漏れ、指に十数キロの加圧がかかる。食いちぎられる、そう思った。その程度の損傷なんぞましな方だ。痛みは強引に無視。人差し指で溢れている血をすくい、中空に公式を並び立てる。公式が空気に溶け込み、成分を書き換える。傷口付近の半径三十センチ圏内を除菌する。次に求める『結果』は破損した太い血管の補修。変換用代替物は流れてくる血液。わざと少し血液を溜めてから、そこに自分の指を浸す。

「『錬成』起動。生成する体組織は臨機応変モード。本来あるべき体内の構成配置を脳より自動ダウンロード開始。更新、実行」

 溢れていた血液の欠片が書き換えられ、一瞬何物でもない純粋なエネルギー体になる。全ての物質の起源である『オリジン化』を確認。そこから公式に従い再構成されていく。千切れた端から内膜、中膜、外膜を順に生成されていく。植物が成長していくように、千切れた血管の端から新しい管が伸び、反対側とつながる。出血が止まったことを確認。修復箇所は間違えてないはず。夕映さん直伝、人の治癒力に便乗治療だ。もとに戻ろうとしている力を利用すれば、体の方が指示を出すからそれに従っていけばいい。失われた血は取り戻せないが、これ以上の失血は無いだろう。ぎりぎり大丈夫な失血量のはずだ。後は他の細胞の治癒を促進させる。

 皮膚までふさがったところで、左手に彼女の手が添えられた。ゆっくりと口から手を引き抜く。ぬらり、と血と唾液の混ざった糸が引く。

「すみません・・・指・・・」

「千切れてねえから大丈夫だ。いいから黙ってろ。傷は塞いだ。動けるか?」

「何とか。ただ、これでは不用意に動けません」

 外でホバリングしている飛空艇が邪魔だ。反対側の窓から逃げようにも、そのためには一度この柱から出て、飛行艇の射線上に出ることになる。

「明鷹」

 どうするか考えていると、皇女が長方形型の手のひらサイズの箱『即席マット』を手渡してきた。どういうつもりかと問いただす前に、すっくと立ち上がった。あれだけの失血の後に立ち上がったものだから壁に手を付き、息も絶え絶えの状態だ。

「私が敵の目を引き付けます。頭がよそを向いたら、そのまま逆方向の窓に向かって走ってください」

 耳を疑った。

「引き付けるって・・・無茶だ! わかってんのか! 死んでもおかしくない出血量だったんだぞ!」

「敵の目的はあなたです。あなたさえ逃げ切れば私たちの勝ちです」

「馬鹿言うな最後に死ぬのが皇族の役目だろうがっ! お前それ死亡フラグだからな! それ言った奴は大体次の話で華々しく散るんだよ!」

「それも本望です。戦争を阻止したなど、この上ない名誉です」

「名誉で腹が膨れるか!」

「私にとっては! これまで蔑まれてきた私と、帝国の威信にとっては、それで保たれる平和のためなら。本望なんです」

 青白い顔で叫ぶ。本気かてめえ。いや、ここまで来て冗談は言うまい。それに、俺はこの女が冗談を言ったところを見たことが無い。どこまでも愚直な馬鹿野郎だ。

「わかった」

「では・・・」

「ちげえ、勘違いすんな。あんたの覚悟はわかったってこった。付き合ってやる。とことんまでやってやるともさ」

 視線を巡らせる。おあつらえ向きのものが見つかった。そう、こういうところにはあるもんだ。

「どうする気です?」

「決まってんだろ。あの邪魔な飛行艇を落とす」

「勝算はあるのですか? 申し訳ないのですが爆薬は先ほど使い切りました。あとはハンドガンが二丁です」

「充分だ。王国の魔法は帝国の兵器より利便性は劣るが、現地調達して応用が利くということをこの場を借りてレクチャーしてやる」

 作戦は変わらない。皇女が飛空艇の気を引く。その間に、俺は部屋の片隅に置いてある観葉植物に辿り着く。幸いなことに、世話の手間を減らすために放っておいても大丈夫なサンスベリア改良種。鉢植えも太陽光で稼働し、空気中の水分を吸収して鉢の中の水分を半永久的に一定量保ち続けるタイプだ。つまり、あの植物はまだ生きている。

「合図したら、隣の支柱まで走れ。後は何とかしてやる」

「信用してますよ」

「はン、初めてだな、俺にそんなこと言ったのは」

「むせび泣いて喜んでいただいて結構ですよ?」

「後にしとくよ。・・・カウント開始。3、2、1」

「行きます」

 何の躊躇もなく皇女が一足先に支柱から飛び出す。彼女の足跡をたどるように床がはじけ飛ぶ。

 機首が彼女の方を向く。遅れて俺は目的に向かって走る。飛空艇がこっちに向き直るまでの時間は数秒。

「『転生』起動、対象はサンスベリア、事後結果は縄文杉」

 手で触れ、サンスベリアを構成する欠片を書き換える。先ほどは人体の神経や血管、筋線維など細かい部分を作りなおすために手間も時間もかかったが、今回はもっと単純だ。以前あったものを同じように再現する『錬成』よりも、違うものを新しく作り直す『転生』の方が公式も簡単で時間もかからない。しかも同じ植物だ。基礎構成が同じだから書き換える範囲も少なくて済む。まだ枯れていないことも幸いした。枯れていると、内部の欠片の配置が大分変わってしまうからだ。サンスベリアが、触れている箇所から変貌を開始する。

「変更開始。終了まで二秒」

 その間に鉢を横倒しにし、まるで大砲で照準を定めるようにして、枝の先端を飛行艇に向ける。支柱の影の彼女を狙っていた銃口が、ゆっくりとこっちを振り返る。

「遅え。『芽を出せ、根を張れ、大きくなあれ』」

 王国の子どもが最初に覚える基礎魔法の一つ『生育』。大昔、それこそ帝国の連中が先祖と呼ぶ連中がこの星に来る前からあった、最も古い魔法。その名の通り植物の生育を促す魔法だ。王国の誰もがこの魔法で練習する。文字ではなく言葉なのもそれが理由だ。文字の羅列と音声の振動による書き換えを頭ではなく体で理解する。ただし、注意点として、この呪文に関しては声量が書き換え範囲、どれだけの植物をどこまで成長するかを大まかに決定する。つまり大きな声をだしてたった一本の植物のために呪文を唱えると

 爆発的な成長を見せた縄文杉が一直線に太い幹を伸ばす。泡を食った操舵手と砲撃手がドアを開けて飛び降りた。無人となった飛空艇を縄文杉の先端が貫く。一拍おいて飛空艇は爆発炎上する。

 つまり、こうなる。ただ、栄養が決定的に不足するので、急な成長を遂げた植物はすぐに枯れてしまうが。

「これが、魔法ですか」

 腹部を押さえながら、よたよたと皇女が近寄ってきた。

「おう。他にもあんたの腹をふさいだのもそうだ」

「とりあえず、大丈夫ですか」

「・・・ギリOK」

 急激な成長をしたもんだから、俺も巻き込まれて潰されそうになっていた。これはちょっと想定外だ。

「ずいぶん可愛らしい呪文なんですね」

「子どもが最初に覚える奴だからな。でも、これには音声で起動する魔法の基礎全てが入ってる。音階、音量、文字の羅列数に固有振動数、口の動き、全て理にかなってるんだよ。・・・これが終わったら、教えてやる」

「え?」

 皇女が目を丸くした。

「魔法をこれから覚えようっていう子どもが、魔法の公式とか、欠片とかの概念を持ってるわけねえだろ。最初はそんな理屈より、この呪文を覚えさせられるんだ。体で覚えるんさ」

 我ながら、らしくないことを言っている。彼女から顔を背け、すでに枯れてしまった縄文杉がぶち抜いた窓に向かう。

「宜しくお願いしますよ。ぜひ」

 背後から、そんな殊勝な声がかけられた。気恥ずかしくなって、無理やり話題を変える。

「さて、逃げるぞ。皇女、準備は・・・」

 振り返る。視界が捉える違和感。正体は、俺たちがこのフロアに入った反対側のドアが開いていること。

「皇女ぉっ!」

 答えを出す前に叫ぶ。気づいた彼女は振り向き様銃を抜く。

 発砲音が三つ。四つ。

 ゆっくりと、皇女は仰向けに倒れていく。血の線を空中に描きながら、どう、と倒れる。

「ちっくしょうが!」

 公式を描き、縄文杉に触れる。『分解』起動。枯れた植物、死んだ動物が最後にはバクテリアなどによって分解され土に帰るように、縄文杉を一瞬で土に帰る。次に破壊された窓から吹き込む風に『流動』を溶け込ませ、指向性を持たせる。狙うは今創り上げた土の山だ。ただでさえ強く吹き込む風をストローみたいな細さで一点に注ぐ。爆発にも似た突風が吹き荒れ、土を巻き上げ砂塵となり、視界を隠す。思惑通り、出てこようとした連中が顔を腕で覆う。その隙に倒れた皇女を抱え、また支柱に逃げ込む。

 彼女の体を検め、目を背けた。銃弾は胸に二発、腹に一発。素人目にも助かる見込みはなかった。

「あ、き・・・」

 ゴボリと口から血塊を吐き出しながら、皇女が何かを呟いた。

「喋んな! 今すぐ治す!」

 無理だ、と頭の中では理解していた。こんなもの、俺どころか凄腕の医者でも治療魔法の使い手でも無理だ。それでもやらなければ、方法を模索するしかなかった。

「死ぬな。絶対に死ぬな!」

 傷口を手でふさぐ。内部を『検索』、彼女の傷口をスキャンする。傷口は大きいわけじゃないが、太い血管が切れている。肺にも穴が開いていた。さっきと同じ方法を使う? 却下だ。腹でさえあんなに大変だったんだ。体の中央部の複雑な箇所を、彼女が死ぬまでに復元できるわけがない。だいたい血液が少なすぎる。

 もがく俺の頬を、冷たい手が触れた。

「逃げて・・・ください・・・」

「黙ってろっつったろ!」

「明、鷹っ」

 死の間際にして、彼女の眼は力強く、俺を射抜く。

「生きて・・・」

 そして、彼女の手は落ちた。瞼は、ゆっくりと閉じられていく。

「駄目だ、死ぬな、死ぬなって言ったろうが! 教えてやるっつってんだろ! 人の厚意を無にすんな! おい、おい!」

 感情が溢れる。ずっと封じてきた何かが、溢れて、思考と理性を奪おうとする。こんなにクソみたいな世界ならば滅びろと、俺の中の欲渦が叫ぶ。この世の全ての憎しみが溢れかえろうとしている。真っ赤に視界が染まる。心拍数が高まり、血液を比率三倍の速度で循環する。終わりの公式が体内を巡る。過去の遺産、繁栄を築いた連中の叡智の結晶、唯一品が起動する。


 唯一品だと?


「まだだ!」

 真っ赤な視界に光が射す。クリアな思考と理性が激情をコントロールする。くっくっく、あるじゃないか。起死回生、全てを覆すほどの強力なカードがここに二つも!

 体内をめぐるエネルギーの奔流に手を加える。全ての起源、何にでもなりうる万能の『オリジン化』まで変換。破滅に向かうエネルギーが、徐々に書き換えられていく。プツ、と嫌な音を立てて腕の血管が破れた。体がエネルギーの循環に耐え切れなくなっている。

「さて、後は」

 皇女のそばに屈みこむ。その細いおとがいに手を当て、口を開ける。

「光栄に思えよ。俺の最初で最後のキスだ」

 小さな口に、自分の口を重ねる。舌を滑り込ませ、彼女の舌と絡める。唾液と血液が混じり合う。

アクセス確認。神経ネットワークに接続完了。『人型君』とやってることは同じだ。今度は、ピンポイントで彼女の中に眠るあれを起こせばいい。あとは、あっちが勝手に気づく。

 ふいに、彼女の体が痙攣した。

 ・・・来た!

 全てを吞み込まれる感覚。全身の力が奪われる。さっきまで暴れまわっていたエネルギーが、出口を見つけたように一気に流れ込んでいく。その急激な流れに体は耐えられず、腕だけではなく、足、胴、頭からも出血していくのが分かる。多分内部はもっとひどいことになっているはずだ。だが、そんなことはもうどうでも良い。痛みももはや感じない。

初めて感謝してやるよ。さあ、コンセプト通りの働きをしやがれ。

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