第9話 彼女の前に敵は無く彼女の後に敵は無し

 ―ティアマハ―


 よお、と、明鷹がこちらに向かって手を振っている。

 奇妙な場所に気付けば居た。周囲が真っ暗闇の中、いつもの教室の机の周りだけを抜き出してスポットライトを当てて設置した、としか言いようのない場所だ。私は、いつの間にかいつもの場所に座っていて、明鷹もいつもと同じ、私の正面に座っていた。

「明、たか?」

「おう、いつもおなじみ明鷹さんだ。元気そうで何より」

「元気そうって・・・」

 こちらは今しがた撃たれたばかり、・・・・そうだ。私はさっきまで戦って、撃たれたのだ。急いで体を見回す。だが、体のどこにも傷はなく、どころか、服のほつれすら見当たらない。死んで、俗にいうあの世の光景でも見ているのだろうか。

「安心しろよ。あんたは生きてる」

 明鷹が内心を見透かしたように言う。

「ここは、簡単に言っちゃえばあんたの夢の中だ」

「夢・・・、生きてる・・・、ちょっと待ってください。あなたは何を言っているのですか?」

「詳しく説明してやりたいところだが、悪いな。あまり時間がない。夢の中だからな。あんたの目が覚めるまでにはすべて終えなきゃいけないんだ。後は、セシエタにでも聞いてくれ」

 一拍おいて、明鷹は喋り始めた。

「現実の方ではあんたは撃たれた。重症だ。手の施しようがないくらい蜂の巣にされた」

「じゃあ、これは走馬灯とかいう、死ぬ前に見る映像?」

「違うって。夢だって言ったろ? 今言ったばかりなのに、あんたやっぱ馬鹿なの?」

「ばっ・・・!」

 なんという言い草だろうか。こちらはあんな危険な目を犯してまで助けに来たというのに!

「本当に、馬鹿だ。あんたも、命も、シャオもセシエタも夕映さんもガドも。俺なんぞのために命なんかはるなよ。もっと大切にしろよクソが。俺は、いずれこうなるってわかってただろうが」

 怒鳴り散らそうと吸い込んだ息を、声に変換せずにそのまま吐くしかなかった。

「ま、いまさら言ったってしょうがねえやな。話を戻すぞ。あんたは死にかけてた。救うには、『欲渦』の中で蓄積されてたエネルギーをあんたの『神威装甲』用に変換して流し込み、強制的に起動させるしかなかった。神威装甲の性能の一つには強力な自己再生機能が備わっていたはずだからな」

「神威装甲に、流し込んだ? それって、まさか使えるようになっているってことなんですか?」

 思わぬ形で当初の予定が達成されていた。

「そうか、そこの説明もいるな。まず、あんたがそれを使えなかった理由。それを使うには皇家の遺伝子のほかにもう一つ、魔法使いの素質も必要だったんだ。あんたで何代目か知らねえが、血と一緒に素質も薄まったんだろうね。が、それが功を奏した。欲渦と同じく、神威装甲にも悪趣味な仕掛けが施されていたんだ」

 明鷹が私の目を覗き込んだ。

「神威装甲は絶大な効果を発揮する。たった一人で戦況を覆す力を与える。だが、おかしいと思わないか? それができるなら、帝国は王国を滅ぼせたはずだ。では、その効果は嘘なのか、と言ったらそうでもない。過去に数回、帝国の首都を王国軍が侵攻しているが、そのどれもが神威装甲の所持者によって撃退されている」

 敵を滅ぼす力があるのに、それをしなかった、矛盾。

「ここで過去の記録に目を向けると、奇妙な偶然に気付く。神威装甲を所持していたと思われる、歴代の皇族たちは、神威装甲を使用してから大体二十四時間後に全員死亡している」

「死亡、ですって?」

 ああ、と明鷹は首肯した。

「あんたを検査して理由が分かった。神威装甲は所持者そのものをエネルギー源にする」

「運動するとカロリーが消費される、ようなもの?」

 今度は首を横に振って否定。

「そんな生易しいモノじゃない。所持者が持つすべて、カロリーどころか身体、記憶、感情、心や魂に至るまで、命を丸ごとエネルギーとして捧げるんだ。神威装甲の所持者たちは王国を滅ぼさなかったんじゃない。滅ぼせなかったんだ。その前に自身の体が崩壊してしまうから」

 混乱が私を襲う。自身の胸に手を当てる。得体のしれない何かが、ようやく気づいてもらえて嬉しいのか、奥の方で脈打つ。

「大昔の学者が発見した相対性理論、だったっけ。エネルギーは、質量に光の速さの二乗をかけた量になる。一キロの物質を単純なエネルギーに変換すると、(三×十の八乗)の二乗ジュール。あんたの体重は知らねえが、大体四十から五十キロってとこか。過去の所持者もそんなもんだろうからおよそ四十倍。それに記憶、意志などのメンタル部分もプラスした、膨大なエネルギーがなければ神威装甲は動かないんだよ」

「では、私は結局死ぬのですね?」

 先ほど明鷹がアクセスとか、自己再生機能を起動したとか、そのようなことを言っていた。それは神威装甲の起動を意味し、こうしている間にも体が崩壊しているということではないのか。

 しかし、それも明鷹はあっさり否定した。

「あんたは死なない。結局さ、エネルギー代わりになるなら所持者の命でも何でもいいわけで、つまりそれは、学園の電力でも、欲渦に蓄積されてたエネルギーでもいいわけだ」

 あの停電を思い出す。あれは、神威装甲が起動しようとしてエネルギーを欲したからか。

「そうか、万能の永久機関からなら・・・」

 と言いかけて、あれ、と首を傾げる。明鷹はどうやってエネルギーを流し込んだのだろうか。電流は人型君を経由して取り込んだが。

「どうって、そりゃ、あれだ。口移しだ」

「くちう・・・、え、口移し? それって」

 自分の口に人差し指を当て

「これと」

 嫌でも明鷹の口元がズームアップされる。

「それ?」

「おう」

 私は手近な椅子を全力で放り投げた。椅子の脚が、明鷹の額に直撃する。

「てめえ何しやがる! これでも命の恩人だぞ! 現実だったら死んでたところだ!」

「うるさいうるさい死んでしまえ! 何しやがるはこっちのセリフよこの弩変態が! 意識のない女の唇を奪うってなんつう下種の所業ですか!」

「今更減るもんじゃねえだろうが一回してんだから!」

「あれは事故なんです! 私の中では事故として、ノーカウントとして取り扱われてるんです!」

 ファーストキスはロマンティックなシチュエーションと決めているのだ。これでも乙女なのだ。そこは譲れない。

「だったらこれも無かったことにしろや! 人命救助みたいなもんだマウストゥーマウスなんぞ! 口移しは効率がよかったんだよ体と体液を同時に接触、結合させて接続できるから!」

「結合っ・・・、体液っ・・・接続っ! あなた本当に私に何してくれるんですか! もうやだ最低! ほんっとやだ! 死ねっ死んじゃえ馬鹿明鷹!」

「はっ! ご心配には及ばねえよ! どうせそろそろくたばるだろうからな!」

「あなたまたそんなこと言っ・・・・て・・・・?」

 急速に言葉尻がしぼんでいく。

「あ、明鷹? それ、どうしたのですか?」

 震える指が差したのは明鷹の腕。その先の指から、細かな粒子が舞っている。その粒子の量が増えるのと反比例するように、明鷹の指が徐々に消えていく。まるで粒子に変換されているかのようだ。

「ああ、時間だ」

 その手を見て、明鷹は言った。

「夢の終わりだよ。間もなく夢は覚め、あんたは現実の世界に帰る」

「そんなことはどうでもいい! 私はあなたが消えかけてる理由を聞いてるのです!」

「現実の俺がくたばりかけてんだろうよ。ここはあんたの夢であり、俺の夢でもある。ここに存在する俺は本体から抜け出してきた意識の塊みたいなもんだ。それが消えてきたってことは、そういうことだろ」

 私の焦りに対して、明鷹はそんな取るに足らないこと、と言わんばかりに、どうでもいい口ぶりで言う。

「もともと爆発して全部をきれいさっぱり消滅させるようにプログラムされ、変換されるはずだったエネルギーを、あんたの神威装甲用に無理やり変換しなおして流し込んだんだ。補助の変換機も協力者も得ずに生身一つで、『オリジン化』で曖昧な状態になってるエネルギーを維持しながらな。現実の俺の体が無事なわけねえだろ」

 負荷に耐えられなくなってボロボロになってるよ、と他人事のように言った。

「なんで、そんな、なんだってそんなこと!」

 どうしてだ。どうして私のために、なぜ。

「なんで、と言われてもなぁ」

 私の追及に、明鷹は面倒くさそうに頭をかいた。

「俺なんかより、あんたが生きるべきだと思ったんだ。俺には特に生きるための理由も目的もないけど、あんたにはあるだろう?」

 そう言っている間にも、明鷹の体は光の粒子となって消えていく。

「バカなこと言わないでください! 嘘、嘘ですっ。死ねなんて嘘ですから! 冗談ですから!」

 椅子を蹴倒して立ち上がり、明鷹に駆け寄る。その消えていく体を逃がすまいとして手を伸ばす。差し出した手は、明鷹の体を掴むことかなわず、そのまま後ろにすりぬけた。触れている部分が陽炎のように霞み、消えていく。反射的に腕を引いた。何もしてやれない。私はそこにたたずむことしかできない。

「そんな悲しそうな顔すんなよ。俺のことなんぞ嫌いなんだろう?」

 半分欠けた顔で明鷹は笑った。

「嫌いです・・・。大嫌いです・・・」

 知らず、涙があふれていた。

「このまま死んだらもっと嫌いになります。憎みます。恨みます。だからどうか、死なないで。消えないでください・・・」

 無茶言うなよ、と明鷹は呆れた。呆れたっていい。いつものように人のことを小馬鹿にしたような、ぞんざいな物言いでもいい。もっと長く話してくれるならなんだっていい。だが、返ってきたのは、明鷹の口から出たとは思えない謝罪と、感謝の言葉だった。

「すまん。本当に。色々と、迷惑かけて。あいつらにも代わりに謝っておいてくれ。窮屈な思いさせたなって。同時に、感謝してるって。俺の様などうしようもない馬鹿のことを考えてくれてありがとうって。そんな馬鹿な俺からあんたに、最後にアドバイスだ」

 最後なんて言うな、と言ったつもりだが、くぐもって自分の耳でさえよく聞き取れなかった。

「欲望が尽きることはない。憎しみが消えることはない。だから欲渦は稼働し続ける。だから今この島は、その感情に振り回されているクソどものせいで無茶苦茶になっている」

 けど、と明鷹は言った。

「その感情自体は悪いこっちゃない。人が生来持っているものに、無駄なものなどないからだ。欲望は生きるための糧や向上心に。憎しみは、何かを、誰かを愛していたという証拠に。それを、そこから溢れる力をどのように変換し何のために使うかが肝要じゃないか、と思うわけだ。馬鹿と鋏の使い方と同じだ。だから、俺は馬鹿な皇女を救うために使った」

 明鷹の体はもうすでにない。首から上も、もはや右目のあたりを残すのみだ。

「願わくば、皇女殿下。あんたの内に渦巻く憎しみが、欲望が、またそれらと対になるものが、あなたの持つ感情が、心が、魂が糧となり生まれた力が、あなたの望む結末へと、あなたを導きますように」

 明鷹の全てが粒子となって虚空へ消えた。手を伸ばすも、何も掴めない。二度と、掴むことが出来ない。


 私は目を覚ました。



 ずるり、と、体の上から、何か重たいものがずり落ちる。視線を移すと、明鷹が横たわっていた。全身から血を流していて、着ていた白いシャツや、彼のぼさぼさの白髪が斑に赤く染まっていた。体にかかった負荷が、全身の毛細血管をズタズタにしたのだろう。

 さっきまで見ていたのは夢ではなかった。明鷹は死んだ。私は震える手で、彼を抱き寄せた。冷たい。ピクリともしない。もっと強く抱きしめる。そうすれば彼が返ってくるかもしれないと、温めれば返ってくるかもしれないという風に。

 けれど、彼の瞼は開かない。

「あ、う、ああ」

 嗚咽が漏れた。彼の顔に水滴が落ちる。自分の目から零れ落ちていた。

《目標が死亡した。代わりに、殺したはずの皇女が生きている。指示を願う》

 彼らの無線での会話が耳に届いた。

《作戦を変更。皇女を捕獲し、諏訪明鷹の亡骸とともに持ち帰れ》

《皇女が抵抗した場合は》

《生死は問わない。抵抗した場合は殺せ。ただし、神威装甲の回収だけは忘れるな》

《了解》

 靴音が近づいてくる。奴らの足音だ。私の大切な場所をこんなにも滅茶苦茶にした連中が、私から大切なものを奪おうとしている。

 許さない。

 ドクン、と胸の奥で低く、重い鼓動。それは波となって、全身に広がっていく。

「皇女殿下。ご同行願えますか」

 銃を突きつけながら、一人が言った。

「従っていただけない場合は、ここで死んでいただきますが」

 慇懃無礼な口調。明鷹が死んだことなど何とも思っていない、良心の呵責すらない。いや、彼らにそんなものは存在しない。存在しているというのなら、そもそも大勢の人間を不幸にする戦争の引き金を引こうとは思わない。

 そんな連中に、容赦はしない。

「ゆるさない」

 鼓動が私の意志に応じるが如く、強く早く脈打つ。

「は、今何と?」

 笑い交じりに尋ね返してきた。

「許さない、ですか? はは、聞いたかみんな。許さない、だそうだ。俺たちみんな、極刑だそうだぜ。役立たずの皇女様の命令だ」

 男が囃し立てる。そこかしこから見下したような笑い声が響いた。

「はいはい。許さなくていいから、おとなしくしてくださいね。お仕置きなら後で受けてあげますから」

 一人が私の肩に気安く手を置いた。瞬間、高電流が漏電したかのような炸裂音が弾け、男の指を吹き飛ばした。

「・・・・ひ、ぎぃああああああああああああああああああっ!」

 何が起こったのかわからないうちに、ただ痛覚と体の異常を脳にお届けした。だがさすがは精鋭、叫びながらも一瞬で判断を下したようだ。強化された脚力をもって一足飛びに後退し、痛覚遮断用のアンプルを肩口に突き刺し直接投与する。周りの兵士たちも、パニックになることはなく、すぐさま応戦準備を整え、私たちに向かって斉射した。断続的なフラッシュと火薬の爆ぜる音が数秒間続き、止めとばかりに飛んできたグレネードが爆発して、ようやく攻撃は病んだ。

「嘘、だろ・・・」

 兵士の誰かが呟いた。彼の眼に映っているのは、おそらく無傷の私だ。煙が晴れて、他の兵士たちも絶句していた。私の半径五十センチには透明な壁が生成され、全ての攻撃を無効化していた。

【お目覚めかい、麗しき皇女殿下。我が主】

 頭に響く合成された機械音声。しかしどこか、ふざけた人間味のある喋り方。それは死んだ彼に似ていた。

【我は神威装甲に搭載された戦術サポートAI。名前はまだない。好きに呼んでくれ。諏訪明鷹の意識が我が主に流れ込んだ影響により、彼の人格を少々受け継いだ形になっているので、喋り方に癖があるが、問題はないよな?】

 そういうことか。道理で聞き覚えのある喋り方のはずだ。

【システムの全起動を確認。問題なしのオールグリーン。いつでも行ける】

 行けるとは、どういう意味?

【そのままの意味だよ。忘れたのか? 我はエネルギーが尽きない限り、所持者の意志と知識に応じてどんな武器でも防具でも魔法でも創り所持者を勝利に導く。行けると言ったら、所持者である主が望むまま、どこまでも行けるってことさ】

 それは、この場にいる敵を殲滅する、ということも?

【軽い軽い。楽勝だよ。主の知識を検索してみたが、優に十通りの勝ち方が引っ掛かった。好きなのを選べよ。タイムアタック用、パーフェクト用、どれでも選び放題だ】

 なら、応えて。あいつらを死んでも後悔し続けるような手段を。あいつらの仲間たちに、二度とふざけたことができないよう恐怖を与える手段を。

【おーらいおーらい。かしこまり。・・・では、行こうぜ。ドレスアップして、ホールでダンスだ】

 赤黒い光が溢れる。見ればそれは、八文字ずつで区切られた規則的な文字列の集合体だ。それが自分の周りを衛星のように円を描いて囲む。これはもしや、魔法の公式か。

【今なら主にも見えるはず。諏訪明鷹の血を取り込み、魔法を使える素養を得たからな】

 文字列が腕といわず、足といわず胴といわず、全身に絡みつく。文字は触れた先から瞬時に溶け、文字列の示したプログラム通りに変貌していく。ややあって完成されたそれは、赤と黒とで形成された、鎧とドレスを足して、物語に出てくる魔獣や悪魔がもつ禍々しさを掛け合わせたような戦装束だった。

【こいつは面白い。過去に起動し顕現した装甲は、総じて真っ白で、天使や戦女神を模したような装甲が多かったけど、まるで正反対だな。欲渦の影響か、はたまた主の感情に応じたかその両方か】

 そんな些細なことは、あいつらを滅ぼせるならどうでもいいことだ。明鷹をそっと横たわらせ、血にまみれた彼の手を胸の上で組ませる。立ち上がり、鎧と同じようにダークレッドに染まってしまった髪を掻き揚げた。

「一方的に通告します」

 足を踏み出す。ひきつった悲鳴とともに、周りの兵士たちが一歩下がる。

「私はあなたたちを許さない。よって、いかなる交渉も、降伏すらも受け付けない」

 彼らを見据える。姿勢を低くする。

「あなたたちがこの世から消えてなくなるまで、私が止まることはない」

 床を蹴った。強化鎧で強化された兵士が反応できない速度で接近する。一番手前の兵士の顔を掴み、そのまま真下へと叩きつけた。加えられた力と強固な床に挟まれて、兵士はあっけなく押しつぶされた。

「う、撃て、殺せっ」

 ようやく、他の兵士たちが私に武器を向けた。だが、遅い。あまりに遅すぎる。銃など、当たらなければ意味がない。簡単に二人目の懐に潜り込み、銃を持つ手を下から跳ね上げた。鉄と一緒に腕もぐにゃりと飴細工のようにへし折れる。無防備になった胴に掌底を叩き込んだ。叩き込まれた兵士はその場で痙攣し、血を吐いて倒れる。

【えげつないな。振動波による内部からの破壊とは】

 一拍おいて降り注ぐ弾丸の雨は、一発たりとて当たらない。かすりもしない。

「馬鹿な! いかに神威装甲であろうと、相手は昨日まで戦いすら知らなかった温室育ちの皇女だぞ! それが、どうしてこんないいようにかき回されるっ」

 弾幕をかいくぐり、そう叫ぶ兵士をすれ違いざまに手のひらを相手の顎に当て、撫でるように一閃させる。移動スピードと腕の力とタイミングによって、兵士の体はその場で独楽のように回転する。回転力を失った独楽が倒れるのと同じ理屈で倒れた相手の体は、絞られた雑巾のようにねじくれ、顔と背中とつま先が同じ方向を向いていた。

【温室育ちの役立たず、そう侮っている間はかすり傷一つ負わせられないだろうなぁ】

 AIは分析し、人が独白するように語る。まるで明鷹が隣にいるかのようだ。

【嘲笑われながらも貴女は鍛え続けた。呆れられながらも学び続けた。無力な皇女にどうして戦う知識が必要なのかと、そんなことよりも淑女の作法を学ぶべきだと家族から、親族から、世間から口酸っぱく、時には嫌味っぽく、厳しく真正面から否定されても、だ。

 遂には見捨てられ、希望すら持たれなくなった。それでも貴女は腐らなかった。俯かなかった。折れなかった。泣きながら、傷つきながら、いろんなものに膝をつかされ、倒され、踏みにじられても、立ち上がった。立ち上がり、一歩ずつ歩いて、ここまで来た】

 接近戦に銃は不向きと見た一人が抜刀。得物は刃渡り30センチ程度の幅の広いナイフだ。突き出されたそれを、半身横にずれてかわし、そのまま接近して腕をからめとった。そのまま腕をへし折りつつ、こちらに銃口を向けていた相手に全力で投げつける。飛翔する肉塊は、肉同士で衝突し、とどまらず、壁へ激突した。へしゃげる音が響き、粉塵が舞いあがる。

【我が肯定しよう。主、貴女は正しかった。歩いてきた道は正しかったのだ。貴女が今まで通ってきた軌跡の全ては、何一つ無駄にならない。積み重なって、繋がって、当たり前の結果を生む】

 敵を屠った私の周囲に、何十本もの光の槍が顕現する。視線を巡らせる。他の連中と武装が若干異なる兵士がこちらに向かって腕を掲げていた。腕に彫られた刺青が淡く発光する。魔法使いだ。自分の肌に公式を彫るのは、余程の自信がなければできない。失敗すれば自分の体を傷つけるからだ。それでも出来るのであれば、発動スピードなどの短縮につながる。この敵は、なかなか優秀な魔法使いのようだ。

 槍の方は資料番号78《雷刃》、文字通り高電圧を刃にして対象を討つ。光速で飛来するため回避は難しく、またかすっただけでも常人なら感電死するので殺傷能力が高い。資料番号12の《写影》で複製したのか。並列処理を要求される魔法の平行起動は難易度が高い。しかもこれは一つの魔法をさらに書き換えている。

 どうしてガルムの部隊に優秀な魔法使いがいるのかは、今はまだはっきりしない。いくつか理由は考えられるが。今はどうでも良いか。どうせ、この世からいなくなる。

「殺った!」

 魔法使いが手をぐっと握りしめる。呼応するように、雷刃が一斉に降り注ぐ。落雷に匹敵する閃光と爆音が轟き、粉塵が舞いあがる。

「手間かけさせ・・・っ!」

 男の勝ち誇った声は途切れる。代わりに吐き出すのは血液交じりの胃液だ。男の胸部には粉塵の切れ間から突き出た私の拳が突き刺さっている。

「雷刃は殺傷力が高く、使う場面・場所を選ばない優れた攻撃用の魔法ですが、それは多用されている、ということ。多用されれば、それだけ研究もされます。対策方法の一つや二つは当然ある。その程度の魔法で、本気で今の私を殺せるとでも?」

 崩れ落ちる敵を見向きする必要はなく、新たな敵を見据える。連中の怯えが伝わってきた。

【貴女の才能と努力は開花した。貴女を嗤っていた誰もが、もう誰も、貴女に敵わない。今この時から間違いなく、貴女は現行最強のヒロインだ】

 膝を曲げ、腰を低く落とし、力を溜め、爆発させた。誰も追いつけない領域へシフトする。

 動く者が私しかいなくなるまで、時間はさほどかからなかった。


 すべての敵を一掃し終えた私は、明鷹のもとへと歩み寄る。先ほどとなんら変わらない、安らかな顔をしていた。怪我の具合から見て、相当苦しんだはずだ。なのになぜ、そんな満足そうな顔をしているのだ。伝説に出てくる、人々の罪を背負って死んだ聖人に、彼が重なって見えた。事実彼は、人々の罪、欲望や憎しみが暴走しないように受け止め続けてきた。誰にも知られず、誰にも感謝されないのに、ずっと一人で、大きすぎる重荷を背負って生きてきたのだ。

 彼に比べて、自分は、一体何なのだ。

 自分を馬鹿にしてきた連中を見返そう、などとちっぽけなプライドのためにこんな所へ出しゃばってきて、少しでも助けになるなら、などと思い上がった結果が、そんな尊い人間を死なせてしまった。

 私は、愚かだった。一体どの口が、彼に向かってこの世界を守りたい、などとのたまったのだろうか。本当にこの世界を守ってきた人間に対して、どれほど見当違いのことを喋っていたのだろうか。利己的で最低な人間などと、何という暴言を吐いてしまったのだろうか。悔いても悔いても、全然足りない。謝ることすら、もう、できないのだ。

「明鷹・・・」

 もう動かない人の名を呼ぶ。受け入れなければならない。認めて、行動しなければならない。私をここへ導いてくれた人たち、彼と同じくらい大切な仲間が、まだ戦っている。せめて、引き継がなければ。彼の思い、意志、使命を引き継がなければならない。それが唯一私にできることだ。

 耳元に手を当て、無線のスイッチを入れる。

《ティア姉ちゃん》

 史上最も幼いであろう指揮官の声に、少しの安心感と、多大なる罪悪感を覚える。

《明鷹、は?》

 当然の問いだった。私は彼を救助しに来たはずだったからだ。それが無様にも失敗し、彼は死んだ。私を助けるためにその身を犠牲にした。伝えようと口を開くも、喉が一気に干上がり、打ち上げられた魚のように口を開閉することしかできない。

《・・・うん。そうか》

 私の沈黙で、彼は全て悟ってしまった。すみません、そう一言伝えるので精一杯だった。なんと情けないことだろうか。

 鼻を啜る音がして、しかし無線から聞こえてきたのは、気丈なる命令だった。

《現状を報告して。すぐに命たちに伝えるから》

 自分も悲しいはずなのに、セシエタは自分の責務を放棄しなかった。切り替え、任務を全うしようとしている。

「明鷹を追っていた分隊の一つと遭遇、応戦し、壊滅させました」

 吟味するような間が開いた。そして、確かめるようにセシエタは問う。

《・・・壊滅、ってことは、姉ちゃんは今現在、神威装甲を装備してるんだね》

「はい。これで、私も戦えます」

 戦いを欲していた。身を焦がすほどの憎しみと怒りは、敵を殲滅するまで収まることはないだろうから。わかった、と言い、セシエタは自分たちの現状を説明する。

《こっちは島東側に広がる演習場で交戦中。個々の能力と地形の利はこっちにある、けど、物量と組織力の差が埋まらない。攻めあぐねて、徐々に押し返されてる》

 たった三人でフィクス・ガルム率いる精鋭部隊を長時間喰いとめているのだ。試験品があるとはいえ、彼ら個々の能力の高さはずば抜けている。明鷹と契約したあの時、彼らの身の安全の保障はいらないと言うわけだ。

《けど、風向きが変わった。今さっきまで、僕らの勝利条件、彼らの勝利条件共に明鷹の確保だったけど、ここからは、向こうはこの島からの脱出。僕らは彼らの脱出の阻止と時間稼ぎになる》

「時間稼ぎ?」

 怪訝に思った私は尋ねた。

《うん。今並行して夕映さんが学園長宛てに連絡したとこ。どうやったのかわかんないけど、帝国と王国の両方から軍隊を出させるって。欲渦が暴走しないなら、後はテロリストを殲滅するだけだからね。一時間後には到着する見込み。連中もその動きを察知したみたい。撤退の気配が見える。だから》

「そういう意味で聞いたのではありません」

 セシエタの言葉を遮って、私は言った。私が聞き返したのは、時間稼ぎがどうして勝利条件になるのか、ではなく、そんなものする必要ないだろう、という意味だ。

「そんなどこの馬とも知れない連中に、私の敵を渡したくありません。彼らは、私が地獄へ送ります」

《姉ちゃん・・・》

 きっと聡明なセシエタは呆れていることだろう。冷静な判断が出来ないとみるかもしれない。けれど、譲れないものは譲れないのだ。ややあって、セシエタが言う。

《僕の指示は変わらない。テロリストたちをこの島に釘付けにすることが最優先。無理に死地に飛び込む必要なんか全然ない》

「セシエタっ」

《けど!》

 言いつのろうとした私は、セシエタの強い語気に阻まれ口を噤む。

《仮に、そう、仮にだよ? あっちが攻めてきたら、防衛線を強引に突破して逃げようとしたら、そうなったら、逃がさないようにするしかないよね?》

 全員の命を預かる彼としては 最大限の譲歩だ。

《偶然彼らの退路のど真ん中に陣取ってしまって戦わざるを得なくなって、まだ援軍が到着していないのなら、姉ちゃんには申し訳ないけれど、彼らと戦ってもらうことになる。援軍が来るまで、そこで彼らを引き付けてもらわないといけない。それが出来る戦力は、現時点で姉ちゃんだけだから》

 願ったり叶ったりだ。口元が歪む。

《とっても危険な任務だよ》

「だから?」

 断る? まさか。ありえないな。

「任務、了解しました。時間稼ぎのために戦いましょう。ただ」

《ただ、何?》

「援軍の見せ場を奪ってしまっても、問題はありませんよね?」

 無茶はしないでね、というお願いは、可能な限り聞くことにした。敵を目の前にして、守れるかどうかの自信はない。けれど、これ以上あの子を悲しませるわけにもいかなかった。明鷹の遺体の回収をお願いし、そこで通信を切った。

窓枠に近寄り、足をかける。水平線の向こう側が、真っ暗闇から徐々に色を帯び始めた。もうすぐ朝が来る。ひどく長かった夜が明ける。背部に飛行ユニットを形成。羽を水平方向に広げ、ブースターを起動。

「行ってきます。どうか、見ていてください」

 後ろで眠る彼に声をかける。振り返るのは、これで最後だ。視線を前へ戻し、瑠璃色の空へと飛び出した。


 島を上空から見下ろす。暗闇の中、チカチカと星のように瞬く。光は東へとわずかずつだが移動している。

 この暗闇の中、命、シャオ、ガドの三人の動きを把握しながら進めているのは、監視カメラの恩恵だろう。陽動が必要なくなった今、カメラの映像は三人の不利にしか働かない。しかも、別働隊が三人の索敵範囲外へ抜け出している。そのまま包囲するのか、脱出するのかは知らないが、奴らの有利に働いているのなら、まずはあのカメラの排除を優先する。

【排除よりも、良い方法がある】

 人間臭いAIが提案してきた。自分の思考に勝手に知識が流れ込む。方法の概要だ。

【ちょっとその無線機、借りるよ?】

 ガガッと一瞬ニュータイプに雑音が入り

【あー、テステス。こんばんは。聞こえてますかぁ?】

《え、何?》

《何だこのくそ忙しい時に!》

《誰? ティアさんじゃないの?》

《嘘、テレパスの周波乗っ取られた?》

 戸惑いの声が同時に上がる。

《神威装甲の、戦術サポートAIだね?》

 ただ一人、セシエタは正解を見抜いた。

【ご明察。我は神威装甲に搭載されたAI。名前はまだない。すまんが、勝手に無線機を使わせてもらっている。君たちに提案があってね】

【そうさ。奴らを一網打尽にする方法だ】


 わらわらと海岸に黒い影が現れる。フィクス・ガルムが率いる第五大隊、その中でも彼と共に行動してきた親衛隊だろう。一人が、海面に向かって何度かライトを明滅させる。

 海面が割れ、水面に巨大な潜水艇が姿を現した。彼らは隠密性の高い潜水艇をもって、島に潜入していたのだ。

 森の中からまた一団が這い出してきた。その中に今回の首謀者、フィクス・ガルムがいた。武器は持たずに先頭を行く彼に付き従うように、他の兵士たちが続く。

 潜水艇が接岸。砂の上にタラップが伸びる。海岸にいた影が、次々と乗船していく。ガルムも乗り込もうとして、タラップの半ばでふとその足を止めた。周囲を見渡し、そして上空を見上げた。さすが、と言っておこう。歴戦の戦士の勘とやらが働いたか。

「退避!」

 彼の命令と共にアラームが発報。だが

「遅い」

 ステルス機能を解除し、上空三千メートルに現れたのは全長二十メートルに及ぶ長大な杭。私はその天辺に手を添え、ブースターを最大出力に設定した。そのまま真下へ急降下する。ブースターの加速を手に入れた杭は自由落下速度をはるかに上回る速さで真下の潜水艇を目指す。

 AIとセシエタが推測した通りだ。島に潜入するには空路か海路しかない。そして、最も隠密性に優れているとすれば海中の移動、潜水艇の可能性が極めて高い。ならば逃げる時もそれを使うだろう。なぜなら、島の全ての交通手段は島外退避のせいで全て使用されている。自分たちの物を使うしかない。

 AIが提示した作戦は簡単だ。一か所に集めて、叩く。ただそれだけだ。

 敵はもうここには用はないのだから、あとは逃げるだけ。急がなければ、両国から軍が派遣される。幸い、命たちの位置はカメラからの情報で把握できている。負けることはないが、倒すのに時間がかかりそうな連中を相手に時間を浪費するよりも、撤退した方が得策だ。敵はそう考える。時間が経てば経つほどそう考える。逃げてしまえば、命たちに追ってくる手段はない。

 包囲網を振り切り、海岸線へ脱出した敵は、すぐさま移動手段を呼び寄せるだろう。たとえ歴戦の兵士でも、逃げ切った後なら一瞬の気を緩めるはずだ。ほっとして、警戒心が鈍る。家に帰ってきたらホッとするのと同じだ。常在戦場なぞ、人間の集中力ではほぼ不可能に等しい。気は張るときに張り、抜くときに抜かねば参ってしまうからだ。そして、移動手段である潜水艇が、予想通り姿を現す。順次乗り込んでいくだろう。通路の細い乗り物に。

 全て、セシエタの予定通りに動いてくれた。わざと開けた退路が、獲物を潜水艇という巨大な袋小路へと誘う。

「行けぇっ!」

 目標まであと百数十メートルあたりで杭を押し出す。最後の加速を得て、約二百八十トンの塊が秒速三百メートルの速度で潜水艇中央に突き刺さった。水圧と水中戦闘に耐える強度を持つ外壁が大した抵抗もなく紙のように突き破られた。衝撃で船体がくの字に折れ曲がり、炎と黒煙を吐き出しながら大破する。

 爆発から逃れた一団が、こちらに気付き、銃口を向けていた。降下の勢いそのままにそこへ突っ込む。飛んでくる銃弾を躱し、魔法を防ぎ、まず目の前の一人を踏みつぶして着地する。周囲へ散会した敵からの反撃を、前面に作成、展開した衝撃吸収型シールドで防御。敵の砲弾の威力を相殺し、吸収。それを受けきれずに損傷した箇所にあてて自動で修復する機能を持つ。神威装甲オリジナル試験品一番、名付けて『アバドン』だ。

 しのぎながら、アバドンの構成を書き換える。それまで取り込み続けてきた銃弾をそっくりそのままその方向にお返しするためのサブオプション『矛盾』と命名。盾と矛どちらが優れているか、ではない。何物をも通さない盾はそのまま相手を切り崩す矛となるという斬新な解釈付き。吸収量が一定以上になると、アバドンはガラスが割れるように砕け散った。それを見た敵は好機とばかりに攻勢に転じようとする。これから攻撃しようというのだから、防御は幾分おろそかになる。砕けたアバドンの欠片が、空中に静止、大小の欠片全てが銃口に形を変える。

「お返しです。撃て!」

 何百もの銃口が火を噴く。全面百二十度の全てが嵐の圏内だ。後ろに聳える木々もろとも粉砕した。

 全弾撃ち尽くした矛盾が消滅する。目の前に広がるのは穴だらけの風景だ。地面にも、人にも、全てが等しく弾痕が刻まれている。そんな中、無傷な人間が一人、私の前に現れた。仲間が死んだというのに顔色一つ変えずそこに佇んでいる。

「後は、あなただけです。フィクス・ガルム隊長」

「その声、ティアマハ皇女か。その姿は・・・まさか神威装甲か? 使えないはずではなかったのか。それに、貴方は先ほど死んだと、部下から連絡があったのだが」

「死ぬはずでした。けれど少々未練がありまして」

「未練?」

「ええ。さみしがり屋なものですから、共に黄泉路を歩く方がいてくれればな、と」

「そんなもの、いくらでも用立ててやったものを。この作戦が成功していれば、すぐに何千人もの王国民を貴方の伴として旅立たせることが出来たのに」

「申し出はありがたいのですが、私が指名する一人で充分です」

 静かに、緊張が高まる。

「伺っても?」

「何か?」

「ガルム隊長。欲渦の暴走は開戦の合図でもある、そのことはご存じなのですよね?」

「無論。そのための今回の作戦だ」

「何故です?」

「何故、とは?」

「戦争を起こして、あなたは何を得るのです? 失うことの方が多いではないですか。多くの兵士が戦地に赴き、殺し合い、傷つき、倒れていく。残された遺族は深い悲しみに沈み、そして、敵に憎しみを募らせる。積もった憎しみは容易に引き金を引き、相手の憎しみを買う。お互いが最後の一人になるまで戦い続けることになるでしょう。それでも、戦争を起こすメリットとはなんですか」

 問うと、ガルムは心底うんざりしたように、肩をすくめた。

「くだらない。物事の上っ面しか見ない子どもの意見だ。貴方は、人類のこれまでの進歩を、幼稚な倫理観だけで否定している」

「幼稚、ですか」

「そうだ。人類史をひも解いてみれば簡単にわかることだ。戦争は、人が生きるためにもなくてはならないものだ。理由は三つある。

 まず一つ。人類の進化は、常に戦争と共にあった。強大な敵を倒すために、人類は知恵を絞り、武器を作り続けた。そうやって創り上げられた兵器から派生したものが、世の中に普及し、生活を豊かにしている」

「確かに否定はできません。車などの動力機関はもそうですし、戦争で失った四肢の代わりとなる義手などもそうです。他にも、丈夫な合金は災害に強い建築素材に、伸縮性のある繊維は衣服に、転用された技術をあげればきりがありません」

「二つ目、これは、人類をこの星に住まう生態系の一部として考えた場合だ。人はどうして争うのか、これは、我々の遺伝子に闘争という、人口を調整するための因子が組み込まれているからに他ならない。食物連鎖のピラミッドが、増えすぎた一つの階層を調整するために他の階層が増減するように、人は、この星の資源を食いつぶさないように無意識のうちに調整するよう仕組まれているのだ」

「資源に限りがあるのは事実です。だから節約する。工夫する。とても信じることなどできない考えですが、誰も肯定も否定も証明したわけではないし、もしかしたら調整する機能を持っているのかもしれない」

 ガルムが提示した二つの理由を鑑みる。

「それでも、私は戦争が必要だとは思えません」

 結論は、やはり同じだ。争うことが宿命など、進化するために争うなど、私は信じない。

「一つ目の理由は、逆の場合もあります。新しい発見を兵器に転用したというケースがあります。いえ、むしろそちらの方が多いのではないでしょうか。新しい発明を兵器にもちいる、という人類の悪癖こそが戦争につながったのではないでしょうか。

 二つ目の、因子の件ですが、それは私たちの存在で強く否定されます。ご先祖様たちは、資源を失いつつあった母星を離れ、宇宙を後悔することを選びました。自分と同じように資源を消費する他人を滅ぼす道よりも、新しい資源を探しに行くことを選んだのです。その子孫である我々が、闘争の因子に操られるはずがない。仮に在ったとしても、全ての生物が持つ、子孫を増やそうという強い因子がそれを上回るでしょう」

「平行線、だな。これ以上の議論は無意味だ」

「そうですね。・・・ああ、すみません。話の腰を折ってしまいました。まだ、三つ目の理由を聞いてませんでしたね」

「三つ目か。私にとっては、これがもっとも大きな理由となるだろう」

 大きく息を吸い、陶酔した様な面持ちでガルムは言った。

「趣味だ」

「・・・なんですって?」

「趣味、そう言った。私は、我々のような人種は、戦いが好きで好きで仕方ないのだ。襲いくる敵からか弱き人々を守り、称賛を浴びるのが好きだ。強大な敵を仲間と共に打ち破り、栄光を讃えあうのが好きだ。雑魚が群れをなして戦いを挑んでくるのが、それを蹴散らすのが好きだ。逃げ惑う敵の足を、腕を、腹を順に撃ち、苦痛に喘ぎながら命乞いをする奴らの額に風穴を開け、恐怖に歪んだ最高のデスマスクを作るのが好きだ。連中が守ってきたものを目の前でぐちゃぐちゃにして踏みにじり、屈辱を味あわせるのが好きだ。人が、人で無くなる、只のゴミと化す瞬間がたまらなく好きだ。そして、そんなことをしても許される自分がたまらなく大好きだ。我々には、それが出来る力と権利がある。戦争という時代の中では我々は英雄だからだ。だがそれも、敵がいなければ始まらない。停戦などされては、我々の趣味が奪われてしまうではないか」

「だから、戦争を望む、と」

 うん。良くわかった。この目の前にいるのは、私とは別種の何かだ。

「ふふ、ふふふ、ふは、ははははは、あはっあっはっはっ」

 そう納得したら、腹の底から笑いが込み上げてきた。

「あは、はひ、ははは、ああ、良かった」

「何がおかしい。何が良かったというのだ」

 固い口調でガルムが言う。

「いや、実はですね。ここに来るまでにすでにあなたの部隊を一つ潰し、また、潜水艇もぶっ壊しちゃったじゃないですか。今も一部隊排除しましたし。幾らなんでもやりすぎたかな、と少しだけ、ほんのちょっとだけ後悔してたんですよ。けど、その心配はいらなかったな、と思いまして。ええ」

 だから、と私は続ける。

「心置きなく叩き潰せるなと。良心の呵責を覚えることなどなかったなと。そう思ったら嬉しくなってしまって」

「叩き潰す、だと?」

 挑発的に、口の端を歪めてガルムが言う。

「言うじゃないか。おもちゃが使えるようになって楽しいか? いい気になるなよ。その程度で、幾多の戦場を駆けた」

「あ、自慢は結構です。過去の栄光にしがみついたキチガイどもの話なんて聞いてたら耳が腐ります。早速、始めましょうか」

 脳内を知識と記憶が疾駆する。中心にある神威装甲が出力を上げ、全身に力が漲る。

「これが、私の最初で最後の戦争です」


 先手を打つ。ガルムが彼の力の象徴である特殊な強化鎧を、起動させる前にすべてを終わらせる。砂地を爆発させた踏込みで一気に距離を詰める。先ほど倒した敵と同じく、ガルムも反応できないまま倒すつもりだった。

 到達までのほんの刹那の時間。その間に嫌な予感が走った。推進力をねじ伏せ、真横に飛ぶ。

「良い反応だ。あのまま突っ込んでいたら跡形もなく消滅していたぞ」

 ガルムの前面、私が通過しようとしていた場所が大きくえぐれ、ジュウジュウと音を立てている。嫌な臭いが漂い鼻が曲がりそうだ。その匂いを、ガルムは嫌がるどころか鼻腔を大きく広げて胸いっっぱいに吸い込む。

「この良さが分からんかな。ものが溶けて消滅していくときの匂いだよ」

 ガルムの体が上昇した。彼の足元から、巨大な質量が砂をかき分けて現れる。

四本の腕と四本足を持つ、ガルムの強化鎧だ。あのロボットもどきを強化鎧の範疇に入れていいかどうかはさておき。四本の腕の内、二本の腕の先から煙が上がっている。高出力のレーザーが発射されたため、砂が融解したのだ。

「数多の敵兵を薙ぎ払い、数多の敵陣を焼き払った『ヴォイドアーク』の力、思い知るがいい」

 胸の装甲が開くと、そこにガルムが乗り込む。文字通り命を吹き込まれたヴォイドアークが咆哮する。

【なるほど、あれがヴォイドアーク、フィクス・ガルムの強さの秘訣か】

 感心してる場合じゃない。あれをこれから倒すのだ。

ヴォイドアークが腕の一本をこちらに向けた。腕が縦に真っ二つに割れ、その間に電流が流れる。考える間もなく再び横へ逃げる。砂地を削り海を一瞬割るほどの勢いで何かが飛んで行った。

【レールガンだ。あの割れた腕の間に磁界を発生させて弾丸を発射している】

 余計な解説はいいから倒し方を解説してくれ。

【さて、戦艦級の高出力エンジン二基、装甲は炭素超硬合金の三枚重ね、兵装はレーザー砲四門にさっきのレールガン、頭部にある過電粒子砲、重機銃二丁に小型のパックミサイルを両脇に三十二発分。歩く兵器庫みたいなやつだな。機動力は乗用車程度だが、神威装甲の我のように戦術をサポートする機能がついているな。さっき主の動きを反応できたことから見てかなり早い。飛来する銃弾を察知してシールドを展開する程度には早いと推測できる。ま、どのみち生半可な銃弾など装甲に傷一つつけられやしないだろうけどな。あの装甲を貫くには、少々骨が折れるぞ】

 それでもやるしかないだろう。もしかして、出来ないの?

【愚問だな。主、我が言葉忘れたか? 神威装甲は主の意志が望み知識が導くまま、戦うためのありとあらゆるものを創り出す】

 背部ユニットが変形、翼部をパージ。外れた部品は次の兵器へと生まれ変わらせる。翼の大きさ分だけの、小型のホーミングミサイルを生成。発射されたミサイルは一度上空へ舞い上がり反転、ターゲットに向かって降下する。位置エネルギーによって貫通力を高められたミサイルがヴォイドアークに降り注ぐ。小規模な爆発が、それでも車一台が大破炎上するくらいのものが何発も起こる。

『その程度の攻撃が、このヴォイドアークに通じるものか!』

 爆炎をかき分け、砲口が突き出た。だがその先に私はいない。

『いない?』

「ここです」

 砲口の真下に移動していた。ここまで接近すればおいそれと撃たれまい。さっきの爆撃はただの目くらまし、損害を与えられるとは考えちゃいない。

 炎が上がるラインに、足裏でスタンプするように踏み込む。準備されていた公式が発動、半径一メートル圏内の酸素を喰い尽くす。私とヴォイドアークの間にあった炎の壁が失われる。右手に新たに兵器を生成。そこにあるのは単分子の薄さの刃だ。

「刀剣類は、あまり得意ではないのです、が!」

 一閃させる。左腕と一緒に砲門が二つ、半ばから切り飛ばされた。

【どれほど固くとも分子と分子の隙間に刃が通れば物は切れる。理論上は、現存する物質で切れないものはない】

「もうひとぉつ!」

 返す刀で足の一本を切り落とす。バランスを崩したヴォイドアークがこっちに向かって倒れ込んでくる。

 中心が見えた。そこに、ガルムも乗っているはず。その場所へむけて突きを放つ。自慢の装甲だが、その隙間を縫っているかのような容易さで刃は通った。

「やったか?」

 あまりに討ち取った手ごたえが無くて不安になる。

【・・・いや、まだだ! 下がれ主!】

 AIが叫ぶ。退避行動に移る前に、右側から衝撃。砂浜を何度もバウンドしながら吹っ飛んだ。受け身を取り、砂地を抉りながら両足で踏ん張る。緊急展開された盾にヒビが細かく入っている。この盾が無ければ、その衝撃を生身で全て受けていたことになったのだと肝が冷える。

 だが、本当に驚いたのは敵の姿を再度確認したときだ。ヴォイドアークは私を殴り飛ばした姿勢でいた。左手が降りぬいた状態、もう一本は荷電粒子砲の形状を取っていた。

「切り飛ばしたはずの腕が、再生している?」

 また目の前で、失った足が根元から《生えた》。

『その通り。惜しかったな』

 ガルムが答える。

『貴様らだけが、二つの国の技術を操れると思うな。我らにも、魔法と技術の融合した兵器がいくつか用意できている』

「王国の民は敵ではなかったのですか?」

『それ以上に、平和が敵だったのだ。王国にも敵ながらあっぱれな憂国の戦士がいた。彼らは我々と接触を図り、互いの技術を密かに交換、共同にて道具の開発を行っていた。その内のこれがそうだ。我がヴォイドアークの弱点は燃料の消費が激しいこと。しかし、『錬金』の公式を応用することで大気中の塵をエネルギーに変換することが出来る。もはや無限のエネルギーは唯一品だけの特許ではないのだ。しかも『錬金』はエネルギーだけではなく、消費した弾薬から、今のように失われた手足、砲台もこの通り、再生することが出来る!』

 しかし、それだけでは説明がつかないことがある。ヴォイドアークが再生することはわかった。だが、中のガルムは生身のはずだ。さっきの攻撃は確実に装甲を貫き、ガルムに傷を負わせたはず。

【いや、そうでもないようだ】

 AIが告げる。

【負傷してはいない。今の声を分析しても、息が荒い等、負傷している要素が聞き取れない】

 じゃあ、神威装甲みたいに自己治癒能力を高めて再生したってこと?

【違う。今、音声だけでなく光学、空間把握魔法を用いた科学・魔法の各種センサーであいつを調べているが、その気配どころか、ガルム本体が見当たらない】

 見当たらないってどういうこと? まさか、ラジコンみたいに遠くで操ってるってこと?

【それはない。さっき中に入るまでは間違いなく本人は存在した】

 どういうこと? 私にわかるように説明してもらえる?

【ガルムの生身は存在しないが、ガルム自体はそこにいる】

 ヴォイドアークを見据える。

「まさか」

『そのまさかが、正解だ』

 私の表情を見て、ガルムが自慢げに言う。

『ヴォイドアークのもう一つの弱点は、これ自体が強化鎧であるゆえに、この中の私は生身であるという事だった。今さっきのように、中にまで届くような攻撃をされると危なかった。しかし、魔法はその弱点を克服させてくれた。『転生』を取り入れることで、私はこのヴォイドアークと一体化したのだ』

 有機物と無機物の融合だと? そんなことが可能なのか?

【理論上は可能だ。魔法は生物も機械も関係なく欠片で構成されている。パズルと同じだ。欠片の形が合致すればはまる。おそらくコックピット内を液体で満たし、搭乗者であるガルムをそこで欠片単位で分解。そして再構築したのだ】

 生半可な攻撃は再生し、すでに人としての弱点、心臓や脳を破壊することが出来ないことになる。

『これまでこの装甲を破る人間などどこにもいなかった。皇女、光栄に思え。貴方が私に刃を届かせた最初の一人だ。だが、それだけだ。もはや私は死すら超越した。たとえ神威装甲であろうとも、私を倒すことはできん。さらに!』

 ヴォイドアークが飛んだ。着陸先は、轟々といまだ燃え続ける潜水艇。その舳先。

『見るがいい! これが、ヴォイドアークに追加された新しい力だ!』

 ヴォイドアークの腕が潜水艇の甲板へ突き刺さった。突き刺さった部分から、光の筋が何本も船体に走る。あの光の筋は、公式だろうか。

【そうだ。大量の公式が流れ込んでいる。なるほど、そういう事か】

 なにかわかったの?

【さっき主がドレスアップしたときと同じだ。奴は破損した潜水艇に『検知』を流し、流用できる部分を検索。おそらく次は】

 AIの言葉の途中で、潜水艇が大小さまざまなパーツに分離した。分離したパーツは変形し、あるものは腕に、あるものは足に、あるものは胴体になった。これこそまさか、だ。私は、こういう場面を見たことがある。主に子ども向けのアニメーションでだ。

 ヴォイドアークを中心に、各種パーツが結合していく。私の目の前で、それは堂々と顕現した。

『他の兵器を取り込み、力に変える。唯一品すら超えたこの究極の力、受けてみるがいい!』

 優に三十メートルを超える巨大ロボットが腕を振り降ろす。そのなんてことない動作すら脅威になる。なんせさっきまででさえ大人と子どもくらいの体格差だったのが、今や象と蟻レベルだ。

「くそっ」

 悪態を吐きながら飛び退る。さっきまで自分がいた場所が一撃で陥没する。

『くくく、どこまで逃げきれるかな?』

 ロボットの顔がこっちを向いた。もしかして、これもか?

【間違いないだろう。あの巨人がガルム本体だ】

『そら、さっきまでの威勢はどうしたぁ!』

 肩と腰に付いている各種砲口が一斉にこっちを向いた。その巨大な一門だけでヴォイドアークが持っていた全ての火力を上回る。

【緊急回避行動】

 背中のブースターが起動し、上空に舞い上がる。その下を莫大な熱量が通り過ぎて行った。あんなの防ぎようがない。

【油断するな主、前だ!】

顔を上げると、視界一杯の黒い手の平が迫ってきた。捕まったら握りつぶされてしまう。

「このっ」

 紙一重で躱す。腕に着地。腕伝いに接近する。

【右斜め前からもう一本接近中!】

 まるで虫を追い払うように、もう一本の手が襲い掛かってくる。その下をすれすれで潜り抜けた。

「生成して。切れ味の鋭い長い刃を!」

【了解】

 私の声に応え、その手に長さ三メートルほどの大剣が生成される。ロボットの肩口付近でその剣を振りぬく。腕が駄目なら首だ。振りぬいた大剣は、狙い通りロボットの首を落とす。これで・・・

『無駄だ!』

 ホッとしたのもつかの間、首が無いのにロボットの腕が私を打ち据えた。叩き落とされ、何度も地面をバウンドしてようやく止まった。防御したにもかかわらず、全身の骨がばらばらになったかのようだ。口の中の血を吐き出す。

【損傷率十五パーセント。修復まで十秒】

 普通なら死んでいた怪我を、神威装甲の自己再生能力が瞬く間に修復していく。

『まったく、鬱陶しい羽虫めが』

 落ちた首を巨神がボールのように拾い、元の位置に押し付けた。押し付けた部分から再生が開始され、元の状態へと戻る。

『無駄なあがきだ。この体の全てが私の心臓であり脳だ。一部分を切り落としたとて、意味はない。反対に皇女、そっちはどうだ? 初めての装甲だが、エネルギー残量は大丈夫か?』

 エネルギー残量だと? 踏ん張って立ち上がろうとしたところで、立ちくらみを起こしたかのように視界が一瞬暗転する。すぐに復旧したが、その事象はガルムの言っていることを肯定していた。

『初めて強化鎧を使う者がよく陥るのだが、出力の調節に慣れていないから、ずっと最大出力で稼働させて、エネルギー切れを起こす。そして神威装甲は、この世で最も燃費が悪い鎧だ。時間切れが近いんじゃないか?』

 そこんとこ、どうなの?

【この出力で行くと、後三十分で使い切るな】

 反対に、相手はエネルギー切れの心配のない不死身の敵か。

『皇女、貴方に最初から勝ち目などなかったのだ』

 あの高笑いが癇に障るが、黙らせる手だてがない。首を落としてもだめ、心臓もなければ脳もない。弱点が無い。あれを倒すには、一体どうしたらいい? 方法は、ないのか?

【あると言えばある】

 悲観的になりそうだった私にAIが告げる。

【再三言うようだが、神威装甲は所持者である主の知識と意志で武器も魔法も創られる。それは、既存の物だけにとどまらず、理論上だけの物も然り】

 人が想像できることは、他人も大体想像できる。明鷹はそう言っていた。ならばこれは、人が想像できるものを創造できるということだ。

【再生し続けるのならば、再生しないようにすればいい。ただ】

 ただ、何? 問題の一つ二つ増えたところで困難なことに変わりはしない。

【これから作る兵装は完全に主オリジナルだ。今までは既存の設計図や理論、それらの組み合わせだったからすぐに生成できた。けれど、これは無い所から創り始める。当然時間がかかる】

 その間、敵の猛攻を躱し続けなければならない、という事?

【可能であれば、出来るだけ動き回らないでほしい。全出力を生成に注ぎ込みたいところだ】

 ちなみに、創り終わるまでの推定時間は?

【五、いや、三分だ】

 三分間、神威装甲の力を使わずに躱し続ければいいの?

【ああ。かなり無茶な注文だが】

 確かに無茶だ。神威装甲の装備をもってして、かろうじて躱し続けられているのだ。生身でどこまでやれるか・・・。

『じゃあ、僕らが時間を稼ごう』

 突如イヤホンが繋がったかと思うと、ロボットの足が脛のあたりで斜めに《ずれた》。

『な、にぃ!』

 バランスを崩したロボットが転倒し、盛大な水しぶきと土煙を上げる。

 目を疑ったのは私も同じだ。ガルムが自慢していた装甲の厚さは伊達ではない。通常の兵器では傷一つつけられなかったのだ。

「そんなに驚かなくても。ティアさんだってさっき出来てたじゃない」

 ゆらりと影のように、命が現れた。その手には一振りの剣。

「これでも剣術には少し覚えがあってね。あの程度の装甲なら問題ないよ」

「問題ないって・・・」

『猪口才な!』

 倒れたままロボットがこちらに砲口を向けた。

『死ぃ・・・ガァ!』

 発車直前、砲口が破裂する。爆発で、ロボットは再び倒れる。何が起こったのかさっぱりわからない。突然暴発したのだ。

「すみません、遅くなりました」

 後ろの森から、シャオとガドが現れる。シャオの持つライフルの先から細い煙が上がっていた。まさかあの距離から、しかもまだ砂煙が舞う中で、発車直前の砲そのものを撃ちぬいたのか? なんという腕前と度胸だ。

「おう、何だありゃ。悪のロボットか?」

 嬉しそうにガドが言う。この局面で楽しめるなんて、この人はどこかおかしいんじゃないだろうか。

「さて、ティア君」

「は、はい」

 突然名前を呼ばれた。

「君とAIとの会話、俺たちも聞いていた。時間が必要なんだな?」

「え、ええ。三分あれば、あのロボットを倒す兵装が創れます」

 正確には後二分三十秒だがな、とAIが言った。好機と見て、生成を始めていたらしい。

「なら、俺たちがその時間を稼ぐ。君はここで役目に専念してくれ」

 ニッとガドが笑い、肩にグレネードランチャーを担ぐ。

「露払いは任せてください」

 シャオがライフルのボルトを引く。薬きょうが吐き出され、新しい弾丸がセットされた。

『おのれ、貴様ら、私の部下たちはどうした。貴様らはしんがりを務めていた部下たちと交戦していたはずだ!』

「部下? ああ。あの人たちのことか。うん。とりあえずは、僕たちがここにいるのが何よりの証拠ってことで。彼らはもう、ここにはこれないよ?」

 命が言う。

「後はあんただけだ。さ、選手交代。次は僕らが相手になるよ」

 命の姿が掻き消える。一拍ののち、ロボットの手首が落ちた。すさまじいほどの速さと鋭さだ。まるで彼自身が鎌鼬になったかのようだ。神威装甲で加速した私の動きを捕らえていたロボットですら、命を捕らえることが出来ないでいる。

『く、鬱陶しい!』

 しかし敵もさるもの、失った傍から再生し、命を追う。

「危ない!」

「させるかよ」

 ガドがグレネードを発射。命とロボットとの間で炸裂、激しい光が暗闇を打ち消す。閃光弾だ。ロボットが苦しみ、まるで目を押さえるような仕草をする。

「はっはぁ。たとえ不死身になろうが、人だった時の感覚を持ったままなら効果ありさ」

 そう言ってガドもまた、ロボットの方へ駆けていく。

「こちらの心配は無用です」

 シャオが私の肩にやさしく手を置いた。

「あなたは、あなたにしかできないことを」

そう言って彼女も参戦していく。

 シャオの手が置かれていた場所が熱い。これは何だ。この内から溢れる熱い感情は。

【信頼ってやつじゃないのか?】

 信頼。これがそうか。

【主も信頼しろ。我らが仕事を終えるまで、彼女たちは必ずや時間を稼ぐ。だから主もこっちに集中しろ】

 目の前で、命が四方八方に飛び回りかく乱する。シャオが的確な狙撃で相手の攻撃を封じ込める。ガドがその二人をサポートし、敵のチャンスを潰す。素晴らしい連携だ。あれを見せられて信頼できない、心配だという方がおかしい。

【良いぞ。主の感情が、意志が、神威装甲に力を与えている】

 体内を循環するエネルギーが少しずつ形を成す。私の意志と知識を取り込んで、最適の兵装を創り出す。


 目の前では激戦が繰り広げられていた。ガルムの意識を私から遠ざけるために、三人は必死に戦い続けていた。爆風を浴びて吹き飛んでも、命は歯を食いしばって立ち上がった。伸びてきた巨腕に少しひっかけられただけでシャオの鎧が紙のようにボロボロに千切れた。それでも本人は危険を顧みることなく、表情一つ変えずに挑み続けた。そんな二人を支え、時に庇うガドは、額と右腕、背中から血を流して、それでも不敵に笑って見せた。

 今までの人生よりも、今の三分の方が長く感じた。

【完成だ】

 両腕にいつの間にか真っ白なガントレットが装着されていた。洗練された流線形のフォルムには一切の汚れが無く、それ自体がうっすらと光を放っている。

【対不死者兵装、ってところか。そのガントレットの中にはただ一つの魔法、触れたもの全てを無で侵食する最悪の魔法が封じ込められている。注意点は一回使うごとに莫大なエネルギーを喰うから気を付けろ】

 具体的には、私はこれを何回撃てる?

【そうだな。かの欲渦のエネルギーをもってして、五回が限度だな。それ以上は使うな】

 充分だ。私は走り出す。

『む、皇女か!』

 真っ先に私に気付いたのはガルムだった。

『性懲りもなく、無駄にあがきに来たか!』

 ちょこまか逃げ回る命たちを相手にするのに疲れたのか、一直線に向かってくる私に狙いを定めた。

「ちょ、ティアさん! 正面からなんて無茶な!」

 命が制止する。

『潰れろ』

 巨大な拳が眼前に迫る。それに対して、避けるでもなく、私は自らの拳を真正面から叩きつけた。

 一瞬の拮抗。私の拳とガルムの拳の接地面から、光の線が幾重も走る。線は互いに交差し絡みあい、紋様を描く。そして、分解が始まる。そこに在るモノを無かったことにする。魔法の公式も科学の粋も区別なく消滅させていく。キラキラと破片をばらまきながら、ガルムの腕が崩壊していく。

『な、にぃ!』

 ガルムが初めて恐怖心をあらわにした。その間も崩壊する範囲はどんどん広がっていく。

『何だ、何なのだそれは! 再生が利かぬ! どんな兵器だ、どんな魔法だ! 皇女、貴様一体何をした!』

 もうすでに肘まで消えた腕をもう片方の腕で引きちぎり、投げ捨てた。腕の残骸は空中で跡形もなく消え去った。

『なんなのだそれはぁぁぁあああああっ!』

 狂乱したのか、ガルムは雄叫びを上げながら、残った腕を振り降ろした。その腕も、先ほどの腕と同じような末路を辿る。今度は、肩口からその腕をパージして難を逃れた。

『嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ! これは最強の兵器のはずだ。唯一品すら上回る、究極の力のはずだ。それを操る私は、世界最強の、最高の、英雄のはずだ! 全てを凌駕する進化した人類のはずだ! どうして貴様のような出来損いの力が私を追いつめる、最強を上回る!』

「勘違いも甚だしいです」

 怒りが込み上げる。

「この力は、本物の英雄から授けられたものです。己の命を賭して世界を守り続け、私を救ってくれた男の魂です。危険を顧みず、時間を稼いでくれた仲間たちとの絆です」

 飛び上がり右足を砕く。膝からつま先と付け根に向かって蜘蛛の巣状に光の線が広がって、ガラスのように砕け散った。

「最強? 究極? 嗤わせないでください。そんな殻に閉じこもって、安全なところからしか攻撃できない臆病者が英雄を語るな」

 すかさず左足も撃つ。

『ひ、や、止めろ。来るな!』

 足をもがれた胴体が、ゆっくりと落下してくる。

「あなたみたいな三下に、彼らが守ってきたこの世界を好き勝手させてたまるものか!」

『来るなぁあああああっ』

 拳が当たる瞬間、胴体が割れ、中からヴォイドアークが飛び出した。胴体は消滅したが、本体が無事なら意味はない。すぐに他の残骸を取り入れて別の体を作ってしまう。ここで決着を付けねばならない。

【ちぃ、逃げる気か。利口なことにスラスターをつけているようだ。このままでは脱出されるぞ!】

 AIが悪態をつくが、しかしそうはならなかった。二発の銃撃が、スラスターを撃った。煙を吹きながらヴォイドアークが落下してくる。視線を巡らせると、サムズアップのシャオとガドがいた。二人に感謝し、私は落下地点へと走る。

【・・・主、もう主は五発撃った。それ以上は危険だと警告はしたな。これ以上の使用は】

 持ち主の命をエネルギーにする、でしょう?

【そうだ。良いのか?】

 構わない。どうせ拾った命だ。あの腐れ外道を地獄へ送れるなら安いものだ。

【・・・・それじゃあ、困るんだよな】

 姿は見えないのに、なぜかAIが笑った気がした。

【大丈夫、あとはこいつを使え】

 私の中に、新たなエネルギーが流れ込んでくる。一緒に、どこかの映像が走馬灯のように駆け巡る。私の記憶にこんな映像は無い。

【諏訪明鷹の記憶と感情だ。予備電源みたいなもんだ。こいつを使え。十数年分もありゃ、一発ぐらい余分に撃てるだろ。どうせ初めての神威装甲でエネルギー配分もできずにかっつかつになるだろうと思って予備をストックしといたんだよ】

 記憶は巡る。小さいころの、家族全員で過ごした幸せだったころの記憶。欲渦を埋め込まれたときの苦しみの記憶。それから命やシャオたちに出会ってからこれまでの生活の記憶。全てが光となって消え、拳に集まっていく。本当に、自分の全てを捧げて私を助けてくれたのだ。

 最後まで、最後まで本当に、すごい男だ。

 ありがとう。

「これで、終わりだ!」


 天秤島で起こった戦後最大の騒乱は、こうして幕を閉じた。

 

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