sleep ship shipping(眠り船の掛算行為)

生体兵器を研究する国があった。国民に検体を提供させ、兵器に改造して敵国へと送る。人型の兵器を造る技術は国を出ることはなかった。そうこうするうちに隣国は滅び、国民を研究で食い潰したその国もそのうちなくなった。

しかし、兵器たちは残った。高いコストのかかる彼らは壊れないよう、死なないよう、元の体の耐用年数を大幅に超えて動くように設計されていた。そうして彼らは生き残ってしまった。


彼ら、とは何であるか。六人からなる生体兵器のコミュニティだ。


まず、刃が居る。刃は刀を裸で持ち歩く癖があった。彼の太刀筋は触れるものほとんどを切り裂くが、それはさしたる脅威ではない。真の脅威は本体だ。

刀など棒状のもので風を起こし、鎌鼬を発生させて相手を切る。切れ味の鈍ることのない、鋭い刀。それが刃の本質だった。

硬い物と無機物を切りたがらないこと、生身のものをなんでも切ってしまうこと、抜身の刃故の高圧的な態度を除けば、まあまあ優秀な武器だった。彼にも苦手なものが存在するが、それは後述する。


次に針子が居る。針子は国に数いるお針子の一人だった。あるとき目をつけられ検体提供対象者になったが、その器用さ故にほとんど改造を施されず暗殺要員となった。彼女の得物は針だ。針に糸を通すような正確さで繰り出される一撃は、相手を床に縫いとめる。

針子は肺に穴を開けることが多かった。彼女は血を見るのが怖かったのだ。


毒姫。彼女は閨房の姫であった。生まれた時から毒に馴染み、高貴な人間を誘惑してはひっそりと蝕んでゆく傾国であった。身体から出る毒が菌を殺すので病気にかからない毒姫だが、性格はひどくぼんやりで、いつも眠たげで覇気のない顔をしていた。それがまた殿方に珍重されるのだからやるせない。

ここにきて、彼女は始めて病気らしいものに罹った。万力に恋をしたのだ。毒姫は日がな一日ぼんやりし、部屋に戻ってはぼんやりを繰り返した。


そいつの名前は万力という。

万力は力持ちだ。柔らかさを感じさせるその身体と腕で相手をしっかりと抱き、内臓を絞り上げて殺す。

万力は適切な愛情表現を知らない。慈しみをこめたハグで人を殺してしまうので迂闊に抱けないのだ。万力は寂しい人生をどうにかしようと何をするでもなくぼんやりと考えていた。それには石が一役買った。小さな石は万力の力を持ってしても砕けることがなかった。万力は石を抱きかかえ、日々を過ごした。


毒舌というのが居る。毒舌は魔術師である。言葉を操り、人を誑かし、最終的に死に至らしめる、言葉の毒製造機だ。彼は皮肉屋で性格が悪かったが、それを除けば概ね優秀な人間だった。身体が普通の人間とほとんど変わらないので不用意に人を殺すということがなかったのも大きい。積極性のまるでない毒舌は、なにをするにも受け身でいることが多かったので協調性のなさが問題になることもあまりなく、そういう意味でも優秀な人間だった。


最後に石がいる。彼は名前通り石のように堅牢な体に、目立たないという特性を持っていた。そのため石は諜報活動に従事していたが、国が滅んだことでその役割もなくなった。なにをするでもなくふらふらしていた石は万力と出会うことで、万力の遊び相手に収まった。これは双方にとって幸運であった。

石は砕けない。その性質のため、力の強い万力や切れものの刃にも害されることなく、集団に馴染んだ。しかしその硬度で逆に刃を傷付けるため、刃から距離を置かれがちなのが不満といえば不満であった。

彼は刃のことを好いていたからだ。


この六人に共通の愛情表現はハグだ。愛と好意と恋愛感情はひと時の抱擁によって成就するというのがこの小さな人間関係における不文律だった。

彼ら彼女らは狭いコミュニティの中、いつか来る、いつ来るともしれぬ、温かな安寧の眠りを待っている。

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銀の指輪 佳原雪 @setsu_yosihara

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