第21話

事件から数日後。

 夏目陽向は、学校へ登校して来た。


 当然、夏目陽向が学校へ登校して来たと言うことに対するクラスのざわめきや動揺、不安、不信感と言う感情が蔓延していた。そう、皆また何かをしでかすのではないかと、気が気で無いのだ。


 夏目陽向は、出席確認する担任を他所に、教卓の前へと歩み、深々と礼をし謝罪した。


「今まで、申しわけありませんでした。私は、幽霊に憑り憑かれていて自分でも良く分からない言動を取ってしまいました。今はもう大丈夫です。だから、もう一度、宜しくお願いします」


 そう言った、静寂の後。


 誰かが一人笑い始めたのをきっかけにクラス中、笑い声が響き渡った。けれど、僕は皆のようには笑えなかった。それが、冗談でも何でも無いと知っているからだ。それを無かったことにしてはいけない、真実だと知っているからだ。


 だから、僕だけはそれを忘れないでいたいと思う。

 夏目陽向にとって、これからがとても大変になる筈だ。

 と言うのも、今までが今までだったのだ。


 皆の誤解を解くのには、時間が掛かるかもしれない。けれど、夏目陽向は一人で居ることを選ばなかった。その意思が本人にあるのなら、きっと友達だっていくらでも出来るだろう。


 失った時間だって、きっと取り戻すことが出来るはずだ。

 ただ、僕はそれとは別に一つ気になったことがあった。

 それは、夏目陽向が本当の名前を言わなかったことだ。


 その日の放課後のこと。


「私は、夏目陽向らしく、夏目陽景と言う名と共に、歩んで行く――私がそう決めたの。やりたいように、誰にも縛られることも無く、私がそう決めた。だから、それを私以外の誰にも否定させない。絶対に。文句ある?」


 だから僕は、


「無えよ」


 そう一言だけ言った。


 夏目陽向は、険しい道を歩むことを自らの意思で決めたのだ。それを僕なんかが横からとやかく言うことでは無いのだ。ここからやっと、夏目陽向らしく生きていけるのだから。


 その時、夏目陽向が小さく笑ったような気がした。ここでそんなことを聞くのは無粋なのだろうけれど、僕は思わず聞いてしまったのだ。聞かなければ良かったと後悔するのは、そう時間は掛からなかった。


「もしかして今、笑ったか?」


 そして、瞬時にその表情は険しいものとなる。


「何を言っているのか分からないのだけど。確かに、言われてみれば、一周回って面白可笑しいわね、あなたの顔。だんだん、面白可笑し過ぎて気持ち悪くて吐き気がするわ」


 真顔で、こうも惜しみなく棘のある言い方を出来るものなんだな。一周回って感心するレベルだ。これが、夏目陽向らしさなのだろうか。ここで、余計なことを言ってはさらに追い打ちを食らうのは目に見える。


「そうかよ」


 そう言って、逃げる去るようにその場を後にした。

 いや、ようにではなく、逃げたのだ。


 そして、事件はそれだけでは終わらなかった。


 その更に一週間後のこと。

 中間テストが返却されたのだ。

 その結果というもの、なんと全ての教科において平均点越えどころか、学年上位クラスの成績を修めてしまったのだ。おかげで、担任教師や、クラスの皆から、実はやれば出来るのに今までやって来なかった、と言うレッテルを張られることとなった。


 そもそも、僕は天羽のノートで勉強すると言う、半ば反則的な行為をしただけだと言うのに、恰も自分の力で、こんなに高い得点を取っただなんて思われたく無い。僕にはそれを弁解出来る言葉を持ち合わせていなかった。


 しかし、今回どこかの誰かさんの言う通り、見事に名前を書き忘れるという初歩的なミスを犯し、全科目零点と言う悲惨な結果と共に、中間テストを終えることとなったのだ。


 ちょっと、待てよ。


 天羽からノートを借りた時確か、得して損取れ大作戦とか言ってたよな。まさか、天羽はこの状況を予知していたんじゃないのか。全てどうなるのか分かった上で、僕にノートを貸したんじゃないのか。


 そんなことを考えながら、天羽の方へ目線をやる。

 すると、天羽は微笑みながら小さくピースをし、口パクで言う。


 大成功。


 嘘だろ、おい。

 やっぱり、天羽には――適わないな。

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月と電波とスタンガン @shiinanona

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