第20話

 名家の名を傷付けないようにすることや、世間体のことだけを考える。一方で、髪型の違い以外で姉妹の見分けも付けられない――そんな親が居るなんて、僕にはその人間性を信じられない。


「そして、私は気付いた。次期頭首となる私は、まだ両親に怒られるだけであっても、一応構って貰えた。けれど、頭首になるわけでは無い妹は、自由に育てられていたのではなく、愛情を注がれることも無く、ただ放って置かれていただけなのだと。だから、私は学校へ行くことを止め、修行にその日々を費やした」

「修行?」

「そう。頭首になる為の修行。だけど、私の目的は頭首になることじゃなかった。私の目的、それは――陽景を口寄せし、謝ること。たった一言で良いから、謝りたかった。ただのそれだけの為に、私は今までを生きて来た」


 まさか。


「あの一年前の魔法陣みたいな模様は――」


 夏目陽向は、静かに頷いた。


「口寄せを行ったその日は、失敗だと思っていた。けれど、数日後、学校での授業中に陽景は現れた。私は、不覚にも驚いた。自分で口寄せをしておいて、それを信じることが出来なかった。嘘だ、そんなはずが無い――そう思った矢先、陽景だと思っていたそれは、見たことも無い化け物へと姿を変えた。それが、その生意気な子供が言うところの思い込み。いえ、思わせ込みとでも言うべきなのかもしれないわね」

「誰が生意気な子供じゃッ!」

「落ち着け、ゆん。話が進まなくなる」


 白地に太太しい態度を取りながらも、ゆんは黙り込む。


「私は、とんでもない化け物を口寄せしてしまった。私には、その責任を取る義務がある。だから、化け物と戦った。来る日も、来る日も。その結果、大勢の人間を敵に回そうとも、私は戦った」


 それじゃあ、夏目陽向はたった一人で、孤独に戦い続けていたと言うのか。その理由を知る人は、誰も居ないと言うのに。僕達は、変な奴だと思っていた。不気味だとさえ思っていた。


 けれど、真実はそうでは無かった。


「お姉ちゃん」


 その声に慌てて夏目陽向は振り返る。

「陽景……なの?」


 どうやら、夏目陽向の目にも夏目陽景の姿が映っているらしい。


「ごめんね、お姉ちゃん。ずっと、一人で辛い思いさせて」

「違う。謝らなきゃいけないのは、私の方。私は、陽景が何もしていないと勘違いして憎んで、夏目家の宿命から逃げる為に陽景の名前を使った卑怯者なんだからッ! 陽景は謝らないでッ!」


 陽景は、首を左右に振る。


「それは、私だって同じだよ。お姉ちゃん一人に全部を背負い込ませて、何もしてあげられなかった。だから、私はあの日、お姉ちゃんの変わりになろうとした。お母さんに私も見て欲しいって言う、私のただの我儘で。だから、あの日、罰が当たっちゃったんだよ」

「陽景……」

「お姉ちゃん。私はね、嬉しかったんだよ。お姉ちゃんの妹になれて。だから、夏目家に生まれたことを悔やまないで。私が事故で亡くなったことを悔やまないで。お姉ちゃんは、私にとって、たった一人のお姉ちゃんなんだから」


 夏目陽向は、涙を流していた。

 そんな夏目陽向を夏目陽景はそっと包み込むように抱きしめる。


「う、うう……」


 それは、全ての苦しみから解放された涙なのだろう。

 たった一人で周囲からは避けられ、仲間も作らず、事情を知る者もいない。本当の意味での一人。孤立しながらも、孤高に弧忠を夏目陽向は、孤独でそれらを貫き通したのだ。


 いや、本当は一人じゃなかったのかも知れない。

 何故なら――二人が涙を流しながら抱き合うこの姿を見れば、一目で分かる。妹である夏目陽景は、誰よりもずっと身近で、姉である夏目陽向を見守り続けてきたのだから。


 すると、夏目陽景の体は光り輝き始めた。


 ドラマやアニメ、マンガの世界であるものと同じであるならば、それは別れの合図なのだろう。この世界で夏目陽景として姿を保てる限界。成仏して、在るべき場所に帰ることになるのだろう。


「ごめんね、お姉ちゃん。もう時間みたい」

「嫌だ、嫌だ、嫌だ。私の――私達の思いは、やっと、ちゃんと通じたのよ。これからだったのによ。話したいことだってまだ、何も話していないのよ。まだ、何も……。こんなのってあんまり……」

「お姉ちゃんが我儘言うなんて、子供みたい」


 夏目陽景は、優しく笑う。


「そうよ。私は、あの日から時が止まったままなのよ」

「だから、だよ。お姉ちゃんは私に縛られることも無く、夏目家に縛られることも無く、お姉ちゃんのやりたいよう生きて欲しい。それが私からの最後のお願い。あと――ありがとう、お姉ちゃん」


 そう一言残し、夏目陽景は消えて逝った。


「陽景……、陽景……、陽景……。ありがとう……」


 夏目陽向は、陽景と言うその名前を繰り返しながら、ただただその場で泣き続けていた。幽霊が出ると言う噂話から始まった奇妙な事件は――こうして、静かに幕を降ろしたのだった。

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