第16話
化け物。
夏目陽景は、あの少女を化け物と言ったか。確かに、幽霊も広義の意味では化け物なのかもしれないが、僕に見えていたものと、夏目陽景に見えていたものに相違があるかのような――そんな雰囲気を伺わせた。
「感じの悪い奴じゃな」
ゆんは、棘のある言い方をする。
ただ、僕はその言葉を肯定とも否定と、そのどちらをもすることは出来なかった。なぜなら、僕は彼女がどういった人間なのか、余りに知らなな過ぎるからだ。
「取り敢えず、今日のところはもう帰ろう」
何より、色んなことがあり過ぎて疲れていた。
僕は、その場をさっさと後にし、倒れ込むように眠りに着いた。
そして、翌日。
「今日は、いつも以上に集中力がないわね」
天羽の声に、僕はペン回しを止めた。
今日も天羽と中間テスト対策に一緒に勉強をしていたのだが、どうも昨日のことが頭から離れない性か――いや、いつもそんなに集中出来ていないのだが、いつも以上に集中出来ていなかった。
「なあ、天羽」
「何? 分からない問題でもあった?」
「いや、そうじゃなくて――」
「そうじゃないなら、何?」
駄目元だった。
「同じクラスに居る夏目陽景って、覚えているか?」
「夏目さん? 覚えてるも何も、私と夏目さんは幼稚園も小学校も同じよ? なんなら、中学校も高校も同じだし」
これは、意外だった。
「まあ、夏目さんは小学校に入学してから直ぐにあまり学校へ来なくなっちゃったから、深く交流があったとはあまり言えないかもしれないけど、それでも幼馴染であることには違いないかな」
「そうだったのか」
「えっと、知っててそれを私に聞いて来たんじゃないの?」
「いや、全く」
世間は狭いものだ。
「で、夏目さんがどうかしたの?」
「夏目陽景には、姉妹は居るのか?」
「うん、居たよ。お姉さんが。名前は、夏目陽向さんって言って、とても元気で明るい人ったかな。いつも皆の中心に居る様な人だったわ」
「ちょっと、待ってくれ。居た? 居るじゃなくて?」
何かが可笑しい。
「そう、居た。私が――天羽さんもだけど、小学校一年生の時に事故で亡くなったの。それが理由で、あまり学校へ来なくなっちゃったのよね。でも、高校に進学したら偶然、夏目さんと同じ学校で、びっくりしちゃった。まあ、他にも色々と、だけど」
天羽は、付け足す様にそう言った。
「昔はね、今みたいな荒々しい感じじゃなかったんだ。お姉さんの後にくっ付いて行く様な大人しいタイプだったんだけどね。お姉さんが亡くなってからは、夏目さんは別人の様に変わってしまったわ」
夏目陽景には、姉が居た。
その姉は、既に亡くなっていた。
名前は、夏目陽向。
ぼんやりとだが、見えてきた。
僕の推測が正しければ、恐らく。
「その夏目陽向さんが亡くなった場所って分かるか?」
「場所? ちょっと、待ってて」
そう言うと、天羽は席から立ち上がり、書籍の検索をする為のパソコンへと向かって行き、何かキーワードを打ち込み、目当ての本が見つかったのか、本棚の奥へと消えて行った。
暫くすると、何冊かの本を手に、先程まで居た席まで戻って来た。
「それは?」
「地図と新聞のスクラップ」
天羽はスクラップを手際良く捲り、ある記事でその手を止めた。
「ここが、当時の新聞記事」
そこには、活発化した前線の影響により突発的且つ局所的な集中豪雨が発生した。水遊びをしていたと思われる小学生二名が、急激な水位上昇により流され、うち一名は他の民間人によって救助されたが、もう一名が死亡した。
川の流路形状が複雑に入り組んでおり、その入り組んだ川のどこからも氾濫していたことが、今回起きた事故の最大の原因であったと推測される。
今回の事故を受け、支川や瀬切れしていた川を埋め立て、主要経路の拡大、堤防の補強することを氾濫防止策として提案されることとなった。
そう書かれていた。
「これが、当時の地図で、これが今現在の地図よ」
天羽が開いた当時の地図は、確かに河川が入り組み、まるで土地に根付くように河川が広がっていた。それが、ものの十年と言う月日で、大きな幹の様な主流が一本となっているのが理解出来た。
「それで、こことここが――」
天羽の指差すその場所は、やはり。
「今と昔の事故現場」
昔の地図では川だったその場所は今、現在――僕達の通う学校へと変わっていた。
「地図じゃ分かりにくいと思うけど、当時は今ほど道が舗装されていなくてね、雨が降る度に、道が泥濘んで大変だったんだ。その記事には書いないけど、事故を受けて、同時に道の舗装も工事の計画の内に入れられたのよ」
つまり、夏目陽向の死亡事故を受けた市区町村の働き掛けで、主流の拡大、支川や瀬切れしていた川を埋め立て、道の舗装などの改修工事を行なった結果、出来上がったのが、僕達の通っている学校だと言うわけだ。
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