第11話


 僕達の学校の完全下校時間は、日没時間や天候によって細やかに設定されており、五月現在、天候晴れの場合、完全下校時間は十八時になる。ただし、部活動や委員会活動など顧問教諭の監督下にある場合に限り、その時間は延長される。


 まあ、僕達の様に部活動をしているわけでも無く、委員会活動をしているわけでも無い生徒は、余程のことが無い限り、この時間に否応無しに下校しなければならない。生徒が下校を安全且つ安心に――と言う学校側の対応なのだから、それは仕方が無いことだ。


「じゃあ、今日はこれまで」


 チャイムの音が今日の試験対策の終わりを告げた。

 と言っても、試験範囲を間違えて勉強していた僕は、勉強をしていなかったも同然なわけだが、天羽が山を張ったノートを手に入れた今の僕なら、もう既に勝利が約束されたと言っても過言ではないだろう。


 そう言えば、どこかで学校に幽霊が居ると言うことを何かから記憶していたような――そんな気がした。それも、極々最近の出来事の中で。懸命に思い出そうと試みるが、それをどこで見たのか、将又聞いたのか、全く思い出すことは出来なかった。


「どうしたの、御門君?」


 天羽は、不思議そうにこちらを見遣る。


「いや、何でも無い」


 ただの気の性だろう、そう思うことにして帰路へ着いた。


「ただいま」


 帰宅した僕へのおかえりなさいと言う返事は無かった。


 まさか、あれほど無闇に出掛けるな、と念を押しておいたのに出掛けに行ったのか。その為だけに、わざわざゲームも買ったと言うのに浪費しただけか――そう思いながら、堅苦しい革靴を脱ぎ、一、二歩進んだ所で、それが目に入って来た。


 部屋で倒れている、ゆんが。


「おい、どうしたッ!」


 僕は慌てて駆け寄り、ゆんを軽く揺すると、直ぐに意識を取り戻した。


「宇宙人から襲撃でもあったのかッ!」

「……」


 ゆんは、口を動かし何かを伝えようとしているらしい。発しようとしている声を聞き逃さないよう、ゆんの口元まで耳を近づけ、よく耳を澄ました。それこそ、どんな音も溢さないように。


 すると。


「腹が……減った……」


 帰宅した僕へ、ゆんからの開口一番の言葉がそれだった。

 心配して損した。


「何じゃ。その如何にも心配して損した、と言わんばかりの目も当てられない様なものを見る目はッ! ぬしは、幼気な宇宙人が倒れておっても、助けてやらんのかやッ! ぬしのその行動一つで地球がひっくり返りんすッ!」


 目も当てられないどころか、目に余る。

 だが、こうなってしまっては、何を言っても仕様がない。どちらかが折れるまで討論をしなければならないのなら、僕が始めから折れてやるのが、一番手っ取り早く、何より一番平和的解決法なのだ。


「はいはい、遅く帰って来た僕が悪かった。今直ぐ晩御飯を作って――」


 僕は言い掛けた所で口を噤んだ。

 部屋のこの状況から、あることが推測出来た。


「なあ、昼御飯に用意しておいた、焼きそばパンとコロッケパンが、ここに置きっぱなしになっているんだが――まさか、御飯を食べるのを忘れるぐらいゲームに夢中になって居たわけじゃあないよな、ゆん?」


 問い詰める僕の目を真っ直ぐ見ようとはしないゆんの目からは、薄らと涙を浮かべているのが見えた。数日前に買ったゲーム。食べ忘れた昼御飯。コングラッチュレーションと表示されたテレビ画面。その答えは、誰の目から見ても明らかだった。


 そろそろ。


「そうじゃ、その通りじゃッ!」


 やっぱり。


「ゲームに夢中になっていた時は、空腹など気にも留めなかったが、ゲームをクリアした途端に思い出したかのように、腹が空いて来てしまったのじゃッ! 気付いた時には、時既に遅し、空腹のあまり、動くことすらままならないこの哀れで、幼気な、わっちを見てカカカ、と笑うが良いッ!」


 一転、開き直るなんて生易しい態度よりも性質の悪い、居直りと言うより逆ギレに近い、太太しい態度を取った。一応、自分に落ち度があることを理解しているだけでも、ましだと言えよう。


「はあ……」


 僕は、一つ溜め息を付く。


「そんなに、このゲーム面白かったのか?」

「最弱の宇宙人が、最強の地球人に戦力ではなく、戦術で挑むと言う、本来なら決して有り得んこの設定は良い。宇宙人が言うんじゃ、間違いない。正にゲームならではじゃ。仮に、宇宙人が地球人にと競ったとしても、まず負けんじゃろうからな。ゲームの中ぐらい地球人が強くても誰も文句は言うまい」


 そう言い、カカカと高笑いをした。

 さっきまで、空腹で動くことすらまま為らなかった癖に、よくこれだけゲームについて雄弁に評価出来るものだ。序でに、宇宙人と地球人がどれだけの差があるかと言う誹謗中傷までする始末。


 まあ、元々ゲームショップで大安売りのワゴンの中で残っていたようなゲームだ。大それた期待はしていなかったが、ゆんがこれだけ楽しそうにしているのなら、このゲームに掛けた五百円と言う値段は、安く付いたようだ。

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